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顔ハメ看板部へようこそ!  作者: 伊藤テル


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【06 商店街へ】

・【06 商店街へ】


 この高校は都会圏ではなく、郊外にある高校だが、高校の周りはそれなりに賑わっている。

 高校からすぐで目的地の商店街には着いた。

 天井はアーケードになっていて、雨が降っていても、傘無しで歩ける亀本商店街。

 ここには昔ながらの八百屋さんや魚屋さん、肉屋さんなど、一通りのお店が揃っている。

 肉屋さんではコロッケも売っているので、ここで買い食いして帰る生徒も多いという話だ。

 そう、まさに来栖先輩のように。

「デカいコロッケ買ったぞーっ!」

 と言ってコロッケを天にかざす来栖先輩。

 勇者の剣のように掲げている。本当に大きいコロッケ一個。

 理人くんは不満げに、 

「ちょっとぉん、来栖先輩ぃ! 自分だけズルぃぃいい!」

 すると来栖先輩は間をたっぷりとってから、こう言った。

「いやいや……これはコロッケを四つ買うよりもリーズナブルなんだ」

 理人くんはハッとした表情をしながら、

「……ということはぁんっ!」

 来栖先輩は理人くんの心持ちを察したように頷いて、

「みんなで食べようぜ!」

「やったぁん!」

 と理人くんが言うと即座に、来栖先輩の持っているコロッケにかじりついた。

 いや理人くんと来栖先輩の顔、近すぎでしょ。

 来栖先輩は嬉しそうに、

「理人が噛んだらコロッケの香りがよりしてきたなぁ! うまそう!」

 と言ってから、コロッケを食べた。

 理人くんと違い、ボロボロと衣を服にこぼす来栖先輩、小三男子で確定だ。

 その服についた衣をパンパンと優しく叩いて払う大場先輩、何だかんだで仲良いなぁ。

 来栖先輩は満面の笑みで、

「陣はあとでいいだろ。ほらっ、イチロー、オマエも食べるんだ!」

 と言って、ズイッとコロッケを僕の口元に差し出してくださった。

 自分で持とうとすると、

「大丈夫、大丈夫、俺が持ってるから」

 と来栖先輩が言って、そういうことでも無いのにな、と思いつつ、おそるおそるコロッケを口にした。

 別にコロッケに怯えているわけではない。こうやって食べることに全く慣れていないからだ。

 こんな感じで食べ物を食べ合う友達なんて、できたことなかったから、僕は本当におそるおそるコロッケに口をつけた。

 その様子を見ていた理人くんはこう言った。

「な~んかぁ、イチロー、エロぃねぇん!」

 そう言われて口に含んだコロッケを吹き出しそうになった僕。

 なんとか飲みこんで、急いでツッコんだ。

「どういうことですかっ! 全然普通ですよ!」

 理人くんはニヤニヤしながら、

「ぃやだって、そのゆっくり食べるところが煽情的じゃなぁぃ! 猫なイチローがチロッと食べるところ、可愛ぃぃぃい!」

「そう思うのは、オマエだけだ、理人」

 そう大場先輩は言いながら残り半分以上あったコロッケを、一口で全部食べた。

 来栖先輩は目を丸くしながら、

「いや陣! オマエ! おごらなくていいとか言ってたくせに、めっちゃ食うじゃん!」

 大場先輩は全く意に返さないような態度で、

「そこに、コロッケが、あったから」

 僕はつい、

「そんな山があったから登ったみたいに言わないでくださいよ!」

 とツッコむように言うと、大場先輩はハハッと笑ってから、

「悪い、悪い、次はオレ、パスでいい」

 来栖先輩はムキーッといった感じに、

「そりゃそうだよ! 俺はイチローと理人におごるんだからな!」

 なんとかツッコミした勢いで誤魔化したけども、僕の食べ方が煽情的て!

 確かにおそるおそるゆっくり食べて、ちょっと変だったけども!

 う~、恥ずかしいなぁ……。

 すると理人くんから、

「なになにぃ? イチロー、顔赤ぃ! 可愛ぃ!」

 と言いながら抱きつかれて、さらに多分顔が赤くなった。というかきっと耳まで赤くなった。

 大場先輩は制すように、

「理人、あんまり、イチローを、からかうな」

 でも理人くんは甘えるような声で、

「ぃやだって可愛すぎだしぃ!」

 と言って今度は頬ずりをしてきたので、僕はたまらず、

「そんな理人くん、そんなこと言ったら中性的な理人くんのほうが全然可愛いじゃん……」

 と妬み半分で吐き捨てると、理人くんはニコッとしながら、

「そうぃう不意はズルぃからぁん」

 と言って僕から離れたと思ったら、額を人差し指で、とんっと突いてきた。

 どうやら理人くんも少し顔が赤くなったので、やり返せて良かった。

 そんなやり取りを一切気にしないのが、あの、小三男子でお馴染みの来栖先輩だ。

 今度は同じ肉屋さんで、メンチカツを買っていた。

 いや全然進まないな! ずっと肉屋さんの前ばっか!

 大場先輩も気付いていて、

「来栖、せめて、次の、和菓子屋さんで、買え」

 来栖先輩は駄々っ子のような声で、

「いいじゃん! まだまだしょっぱい気分なんだよっ!」

 と言いながらゴキゲンにメンチカツを上下に激しく振っている。

 シェイクしないといけない食べ物のように振っていて、こんなに小三男子丸出しの年上がいたなんて。

 振ることにより若干メンチカツの衣を飛び散らかし、メンチカツの衣が髪の毛にも飛んでいた。

 まるで砂まみれの小三男子だ、未だに砂遊びにいるほうの小三男子だ。

 普通の小三男子よりもまだ幼いほうの、その砂遊びは低学年用ですよ、と先生から注意されるほうの小三男子だ。

 そして来栖先輩は誰にも相談することなく、そのメンチカツにソースを掛けた。

 すると理人くんが絶句するような顔で、

「あぁん! 来栖先輩ぃ! ソース掛けたぁっ! そういうのは相談して下さぃよぉっ!」

 来栖先輩は妙に冷静に、

「いやメンチカツにはソースだろ、肉、甘い、甘い、旨いだろ」

 ここはツッコまないと、と、

「味の表現がちょっと雑ですよっ! というか、しょっぱい気分じゃないんですかっ」

 来栖先輩は何故か大場先輩のように落ち着いた声で、

「でもメンチカツにはソースだから、俺の気分とかどうとかじゃない、それは決まり事だから」

 反比例するように僕はつい大きな声を出してしまい、

「そんな決まり事無いですよ! 全然来栖先輩の気分を優先させていいですよ!」

 とツッコむと、来栖先輩は嬉しそうに、

「じゃあソースの気分!」

 と言って小躍りし始めた。

 大場先輩が呆れるように、

「イチロー、まるで、馬鹿と、話している、みたいだろ。そう、馬鹿なんだ」

 来栖先輩はムカッといった表情で、

「馬鹿じゃない! 天才肌!」

 大場先輩はフッと控えめに笑ってから、

「そんな”努力”して、何が、天才肌だ」

 来栖先輩は「ちょっ」と言いかけたが、その大場先輩の言葉を飲みこんで微笑み合った。

 仲良いなぁ、この二人も。

 雰囲気の良い部活に入れて良かったなぁ、と、ほっこりしていると、理人くんが僕に対して、

「イチローぅ、イチローぅ、今からぁメンチカツ食べるところぅ、見ててねぇ」

 と、いつもより甘ったるく、かつ、優しく言ってきたので、何なんだろうと思った。

 言われた通り、理人くんのほうをじっと見ていると、来栖先輩の持っているメンチカツにゆっくり近付き、僕側の横顔の髪をかきあげて、僕に理人くんの顔がより見えやすくすると、メンチカツのソースへ、舌をペロリと出し、メンチカツをねぶるようにしてから、ゆっくりメンチカツをかじって一言。

「煽情的のやり返しぃー」

 何だか見てるこっちが恥ずかしくなるような! というか見てるこっちが激しくなるようなっ!

 ……って! 表現すると変だな! いやいやななななななんだ、理人くん! 理人くんったらっ!

「理人くんっ! なななっ、一体なななにさぁぁあああっ!」

 とつい動揺丸出しで叫んでしまうと、

「あぁん、顔真っ赤にしてるぅ、可愛ぃ」

 笑っている理人くんに僕は、

「そもそも最初の僕も煽情的じゃないし! やり返すって何さっ!」

「だってぇ、やられっ放しはぁ、サガじゃなぃしぃ」

「まずやってないんだって! 何もやっていない! 普通の食事だったから!」

 と言ったところで来栖先輩が割って入ってきて、

「いいや! センジョウ的だったぞ!」

 まさか来栖先輩までこんなことを言い出すなんて思わなかったので、僕はすごく驚いてしまった。

 いやそうだ、小三男子と思わせておいて来栖先輩は年上だ。いろんな経験をしていて、いろいろ思うのだろう。

 というか今の煽情的はどっち? 僕が? 理人くんが?

 来栖先輩はどっちのことを言って、それに対してどう思ったのだろうか。

 すると来栖先輩はメンチカツを掴んでいないほうの拳を強く握って力説するように、

「買い食いの食べ合いは戦場だ! 男の戦だぁっ!」

 そっちのセンジョウ(戦場)だと思っていました……。

 僕は勿論、理人くんも、その場で固まってしまった。

 あんなに攻めてアツアツだった理人くんさえも、氷漬けにされたように固めるとは。

 すごい先輩過ぎる。

 大場先輩が溜息つきながら、

「まあ、早く、メンチカツ、食べて、隣の、和菓子屋さんに、行くぞ」

 この流れをぶった切ってくださって本当に感謝。

 いや本当にぶった切ったのは来栖先輩だけども。

 来栖先輩は元気に、

「というわけで、はい! イチロー! メンチカツ食べていいぞ!」

 と言って笑顔で差し出てくださったメンチカツを普通にモグモグ食べると、理人くんが、

「ああやったあともぉ、普通に食べてくれるなんてぇん! イチロー大好きぃ!」

 と言われた時に、そう言えば、理人くんがやたらねぶったあとのメンチカツだったということを思い出した。

 でも、

「僕は別にあまり気にしないほうだからさっ」

 と言うと、理人くんが急にモジモジしつつも、近付いてきて、

「イチローってぇ、結構オトナじゃぁん……」

 と耳元で囁いて不敵に微笑んできたので、それには何だか照れてしまった。

 というか照れるでしょう、オトナなんて言われたら。言われたことないよ、そんなの。

 理人くんは時折よく分からなくなるなぁ、と思っていると、ある意味もっと分からない人が喋り出した。

「メンチカツはうまい! 完食! だけど何故かソースが少なかったなぁ!」

 来栖先輩だ。

 僕は普通に、

「いやそれは理人くんが舐めたからですよ!」

 とツッコむと、来栖先輩はハッとしてから、

「そうか! というかそうだったのか! 確認を怠ってしまった! ソース追加しようっと」

 と言って、店のソース容器を手に取った来栖先輩。

 でも肝心のメンチカツはもう自分で食べ終えている。

 どうやって、というかどこにソースを追加するんだろうと思って見ていると、メンチカツを包んでいる持ち手の紙にソースを垂らし始めた。

 僕は慌てて、

「ちょっと来栖先輩! 紙でも食べるんですかっ! ヤギですかっ!」

 とツッコむと、来栖先輩はうんうん頷きながら、

「そうそう、フワァァァァアアンってヤギじゃないわ! ノリツッコミさせるな!」

「えっ! 今の鳴き声なんですかっ! ヤギってメェェエエですよ!」

「それはただの聞こえ方の問題だろ!」

 そ、そうかな……フワァァアアンみたいに聞こえたけども、来栖先輩にはそう聞こえているのかな、何か怖いなぁ……。

 来栖先輩は掴んでいないほうの手の人差し指だけを立たせて、

「紙にソースを染み込ませて……チュパチュパ吸う!」

 と、まるでライフハック紹介のように言って、ソースの染み込んだ紙を口より上に持ってきて、まるで大きな一本のカニのむき身を食べるかのように首を斜め上にし、ソースの染み込んだ紙を持ち手のほうから吸い出した。

 何だこの光景は……小三男子だと思ってきたが、まるでこれはもう乳幼児だ。

 僕も理人くんも、ついに大場先輩も固まってしまい、来栖先輩が満足するまでずっとその光景を黙って見ていた。

 これは本来部活動の時間だ。

 野球部はグラウンドの外を走り、サッカー部はパス練習をし、吹奏楽部は自分のパートの練習を一人でやっている時間帯だ。

 それと同じ時間帯に一体僕たちは何を見ているのだろうか。

「うまい! 紙もうまいわ!」

 満面の笑みの来栖先輩。

 誰も何も言わない空間。

 勿論、お肉屋さんも見ていたが、お肉屋さんだって何も言わない。

 大場先輩も開いた口が塞がらない。

 理人くんは本当に一番固まっていて、一切動かない。

 どうやら一番頭が動いているのは僕らしい。

 だから何か喋らないと、

「メンチカツの、脂もまあ、染み込んでいますからね……」

 来栖先輩は目を皿にしてから、

「そういうことかぁっ! イチローは何でも分かるな! 最高!」

 最高と言われてこんなに悲しくなることってあるんですね……。

 僕はまあとこんなこと一度もしたことないけども、柏手一発叩いてから、

「じゃ、じゃあ。大場先輩の言っていた、和菓子屋さんに行ってみましょう」

 と言うと、来栖先輩は嬉しそうに、

「そうそう! おっと! イチローと理人はストップ! 隣の和菓子屋さんには何があるでしょうかっ?」

 出た! 来栖先輩の長引くクイズ!

 でも大場先輩の言っている感じから察するに大体分かった。

 というかやっとここまで来た。

 これが楽しみだったんだから、

「顔ハメ看板があるんですよね!」

 来栖先輩は僕のことを指差しながら、

「すごいぞ! イチロー! 天才だ!」

「じゃあ早速見させて下さい! それが楽しみだったんですから!」

 僕の台詞に、より気分が高揚しているような表情を浮かべる来栖先輩。

 いやこういう笑顔ならずっと見ていたいですけども。

 大場先輩のほうを見ると、大場先輩もニコッと微笑んで嬉しそうだった。

「じゃあ、せーので見に行くぞ! わぁぁああ!」

 と言って、ダッシュして和菓子屋の前に走っていった来栖先輩。

 いや『せーの』はっ!

 僕と理人くんと大場先輩はゆっくり和菓子屋さんのほうへ歩いていったのだが、店の前で今度は来栖先輩が固まっていた。

「どうしたんですか、来栖先輩」

 と僕が声を掛けると、来栖先輩が叫んだ。

「無い!」

 ザワッとした。

 全員ザワッとした。

 というか無いということは壊されたということか……。

 今にも泣き出しそうな声で来栖先輩が、

「ちょっと高橋さん! 俺たちの顔ハメ看板はどうしたんですかぁっ!」

 と言いながら、和菓子屋さんの入り口を開けた。

 本当に喜怒哀楽が激しい。怒りが出たらコンプリートだな。いやまああのソース紙チュパチュパには、こっちが怒りそうになったけども

 その高橋さんと言われた和菓子屋さんの店主が、

「あらぁ、イケメン部のお二人ねぇ」

 まさしく和服美人といったような、柔らかい印象の女性がこちらに向かって微笑んだ。

 来栖先輩がオーバーに手をブンブン振りながら、

「高橋さん! イケメン部じゃないです! ハメ部です!」

 大場先輩も冷静な口調で、

「顔ハメ看板部、略して、ハメ部、ということです」

 高橋さんという女性の店主は笑いながら、

「ハメ部で分かるわよ、もぅ! 何回も顔ハメ看板作ってもらってるものっ!」

 何回も、ということは一つではないということか。

 でもお店の玄関先にも、お店の中にも一枚も顔ハメ看板は無い。

 綺麗に和菓子がディスプレーされていて、ちょっとしたイートインスペースを和で飾ってあり、すごく目が行き届いていることは分かるけども、肝心の顔ハメ看板は無い。

 やっぱり壊してしまったということなのだろうか。

 大場先輩は少し落ち込んでいる声で、

「無い、ということは、そういうこと、ですか」

 その声とは反比例するように、高橋さんはハイテンションで、

「……って! ヤだ! イケメン部に新しい子たちが入っているじゃない! どういうことっ?」

 どういうことって、まずこっちが聞きたいんだけどもなぁ。

 すると理人くんはニコニコしながら、

「どうもぉ、イケメン部のぉ、理人ですぅ、よろしくお願いしますねぇん」

 と言い出して、何か”慣れている”感じがした。

 でもそりゃそうだよなぁ、理人くんはイケメンって言われ慣れているよなぁ。

 高橋さんは頬に手を当てながら、

「あら中性的でカワイイ! まるで女の子みたいねぇ!」

 理人くんはスッスッスッと高橋さんに徐々に寄っていき、

「こんな美人の可愛いお姉様からぁ、そう言われるとぉ、いっぱい甘えたくなっちゃうなぁん」

 理人くんは本当に距離が近い人だなぁ。初対面の人にあそこまで距離を詰めて甘えている。

 つい何度も脳内で反芻してしまうけども、実際容姿が良いということを言われ慣れているから、またこうやってできるのだろうなぁ。

 で、僕はそのついでで、イケメン部の中にいるから、まとめて言われただけの存在、と思った刹那、高橋さんが明るく、

「そこの君も! 猫顔でカワイイ!」

 ……ん?

「撫でたくなっちゃう! こっち来て!」

 ……えっ。

 なんと僕のほうを見ながら手招きしている高橋さん。

 い、いや、

「ぼ、僕ですか?」

「君しかいないじゃないのっ! やっぱりハメ部はイケメン部ねぇっ!」

 そんな、い、言われ慣れて、いない……とドギマギしてしまうと、大場先輩に背中をとんとんと叩かれて、

「イチロー、自己紹介、しなさい」

 そうだ、まず自己紹介しなきゃ。

「えっと、あの、平井一郎って言います。よろしくお願いします」

「まあ! 真面目で良い子! 撫でたい! 撫でたい! こっちこっち!」

 と言われ、一瞬躊躇したけども、ここは意を決して近付くぞ、と思ったその時、いつの間にか和菓子屋さんの女性から離れていた理人くんに腕を引っ張られて、

「イチローはぁ、私のなのぉん!」

 と言いながら僕の頭をくしゃくしゃ撫でてきたので、最初ビックリしたが、その撫で方が妙に心地良くて、その手を払おうとは思わなかった。

 そんな僕を見て、高橋さんは、

「あら仲良いのねぇっ、嫉妬しちゃうっ」

 と言って妖艶に笑った。

 本当は顔ハメ看板のほうが気になって気になって仕方ないはずなのに、そう”仲良い”と言われたことを気にした。

 僕なんかが理人くんと仲が良いなんて、おこがましいんじゃないかな、と。

 そんなことを考えていると、一足先に来栖先輩が本題を口にした。

「そうだ! 高橋さん! 顔ハメ看板はどこにいったんですか!」

 高橋さんはフフッと笑ってから、

「あぁ、それねぇ、それはいつも通りよぉ」

 大場先輩は少し落胆しているように、

「ということは、やはり、そういう、ことですね」

 この感じから察するに、やっぱり壊されたということか、と思ったところで、来栖先輩が、

「佐藤さんが持っていってしまったということかぁ」

 ……ん? 僕は思っていることをそのまま聞くことにした。

「佐藤さんって、誰ですか? どういうことですか?」

 大場先輩が僕のほうを向いて、

「佐藤さんは、この和菓子屋さんに、来る、人なんだが、新しい顔ハメ看板を、見つける度に、持って、帰ってしまう、人なんだ」

 高橋さんはうんうん頷きながら、

「大体年に二回ねぇ、やって来るんだよねぇ」

 来栖先輩は嬉しさと悔しさ半々の顔で、

「いやぁ! 気に入ってくれるのは嬉しいけどさ! もっと長く使ってほしかったなぁ、とは思うんだよなぁっ!」

 高橋さんはペコリと頭をさげてから、

「ゴメンねぇ、佐藤さんすごく熱心に欲しいって言うんだものっ」

 来栖先輩はサムアップしながら、

「いやいや! また作りますから!」

 高橋さんは、

「そう! 嬉しいわ! でもちょっと懸念があって……」

 と急に不穏な空気が流れ、一体どうしたのだろうと思っていると、高橋さんが少しおどろおどろしく語り出した。

「佐藤さんが持っていったのは一ヶ月前なの、でもイケメン部の二人が気付いたのは今日でしょ……もっとたくさんこの店に遊びに来なさい!」

 来栖先輩は慌てて頭を素早くさげながら、

「すみません! 最近ちょっと忙しくて!」

 大場先輩は少し言いづらそうに、

「それに、遊びに、来ると、タダで、お菓子を、下さるので、それが、申し訳、無くて」

 高橋さんは頬を膨らませながら、

「そんなことは気にしないでよ! ホント陣くんは真面目なんだから! まっ! それがカワイイんだけどねっ!」

 と言われて照れてしまった大場先輩。確かに大場先輩も可愛い。

 そんなことを思ったところで高橋さんがキャピッと笑ってから、

「じゃあまた適当に私をカワイく描いた顔ハメ看板よろしくねっ!」

 僕はつい反射で、

「可愛く描くと言っても、顔ハメ看板なので、穴が開いてしまうんじゃないんですか?」

 と聞いてしまうと、高橋さんはキャッキャッしながら、

「もう! イチローくん! 私の顔に穴を開けるわけないじゃないのっ!」

 大場先輩が説明するように、

「前回は、高橋さんが、持っている、おまんじゅうが、たくさん入った、桶の中央に、穴を、開けたんだ」

 僕は驚いてしまい、

「おまんじゅうがたくさん入った桶に穴ですかっ!」

 と大きな声を出してしまうと、大場先輩は冷静に頷いてから、

「そう、おまんじゅうの、気持ちに、なって、顔を、出せる」

 高橋さんは上機嫌そうに、

「それも私に持たれているおまんじゅうの気持ちね!」

 人間の顔以外にも穴が開いている顔ハメ看板を作っているとは聞いていたけども、本当にそんな顔ハメ看板を作っているんだなぁ。

 実際にハメ部の人たち以外から聞くと実感する。

 やっぱりそれなら実物が見たいけども、もしかすると佐藤さんという人は、高橋さんが描かれた看板が欲しくて、顔ハメ看板をもらっていくのかもしれないなぁ。

 高橋さんは楽しそうに、

「イチローくんや理人くんにも顔ハメしてほしかったなぁ! まあ佐藤さんは私のこと好きすぎるからね!」

 あっ、顔ハメ看板をもらっていく理由ってやっぱりそうなんだ。

 ということは、

「じゃあ高橋さんが描かれていない顔ハメ看板を作れば、持っていかれないということですか?」

 と僕が質問すると、高橋さんは首をブンブン横に振ってから、

「それだと面白味が無いじゃないのっ! 私がこのお店の象徴なんだから私がいないとね!」

 理人くんは大笑いしながら、

「高橋さぁんってぇ、自信満々ぅ!」

 高橋さんはサムアップしながら、

「そりゃそうよっ! 店を構えている商売は自信満々じゃなきゃねっ!」

 理人くんは少し高橋さんのほうへすり寄りながら、

「私もぉ、その自信満々の秘訣をぉ、教えて欲しいなぁん」

 高橋さんはウフフと笑ってから、

「あら理人くん、イチローくんへの”それ”を見ていると私が教えることなんて無さそうだけどもっ?」

 理人くんはバンザイしながら、

「じゃあ太鼓判ってことですねぇん!」

 高橋さんは矢継ぎ早に、

「でもやり過ぎはイチローくんに迷惑かもねぇっ?」

 理人くんは何故か鼻で笑ってから、

「別にぃっ」

 と笑顔で会話しているんだけども、何故かちょっとバチバチしているような気がする。

 とはいえ、理人くんは高橋さんとあんなに距離を詰めて、すごいなぁ、もう仲良くなったんだなぁ。

 大場先輩は自分のペースで、

「じゃあ、おまんじゅうを、四個、下さい」

 来栖先輩が即座に、

「おっ! 陣! おごりか!」

 大場先輩は深く頷きながら、

「せっかく、だしな」

 と言ったところで高橋さんが手で制止のポーズをとってから、

「残念! 陣くん! 正解は私が四人へおごりでしたぁっ!」

 そう言って、大場先輩のお金を頑なに受け取らず、おまんじゅうが入った袋を来栖先輩に渡した。

 袋はビニール袋なので、中に入っている個数を確認できるわけだけども、明らかに五個入っている。

 それに対して来栖先輩がツッコむように、

「いやいや! 高橋さん! おまんじゅう一個多いですよ! 幽霊でも見えているんですか! 四人です! 四人!」

 まともにツッコんだと思ったら、やけに怖いたとえをするなぁ、と思っていると、高橋さんは僕にウィンクしてから、

「この一個は、イチローくんにあげてねっ」

 と言ったところまでは見たんだけども、急に目の前が暗くなった。

 というか目の周りが温かい。

「幽霊ぃ! 幽霊がいたからぁ! イチローは見ちゃダメぇん!」

 どうやら理人くんが手で、僕を目隠ししているらしい。

 高橋さんがちょっと不満そうな声で、

「ちょっと理人くん、幽霊って私、亡くなるほどおばあさんじゃないんだけどもっ」

 理人くんはちょっと語気を強めに、

「ハハハハぁーあッ、色白で美人という意味ですよぉ」

 実際どんな感じで喋り合っているかは表情が見えないから分からないけども、きっと仲良さげに喋っているのだろうな、羨ましい。

 和菓子屋さんから出て、来栖先輩が背中を反って、腕を上げて、伸びをしながらこう言った。

「なんとか顔ハメ看板の実物を見せたいなぁ、この近くだとあとはどこかな、陣」

「全部、覚えておけ。メインストリート、からは、離れるが、脇に逸れた、ところに、カフェ・オーセキが、ある」

 来栖先輩は大きく頷いてから、

「あのお洒落なお店ね! で、値段が高すぎてビックリしたところ! まだ飾ってくれているかなぁ!」

 僕がふと、

「あんまり、行かないんですか? そのカフェ・オーセキさんには」

 大場先輩はう~んと唸ってから、

「なんせ、高い、からな。気軽に、寄れない、怖さが、ある」

 来栖先輩が被せるように、

「高いんだよなぁ、あそこは! お肉屋さんならソースなんてタダだからなっ!」

 僕はここは訂正したほうがいいと思ってすぐに、

「いやあれは一応メンチカツを食べているからというわけで……」

 と言ったところで、理人くんが僕と腕を組んできて、

「お洒落なカフェぇ……いいわぁん、イチローと一緒に行きたぃぃい!」

 この距離の近さは見習いたいなぁ。まあなかなかコミュ障な僕には難しい所だけども。

 でもこうやって来てくれることは本当に嬉しい。だからって来てくれるだけじゃダメだということは分かっている。

 自分からもアクションを起こせればいいんだけども、やっぱりなんというかちょっとしたトラウマもあって、そういうことができない、なんて記憶を反芻している暇なんてなく、即座に来栖先輩が、

「じゃあカフェ・オーセキに行くか! ただ見に来たってだけでも多分大丈夫だろ!」

 大場先輩も同調するように、

「まあ、今日は、後輩が、一緒だからな」

 来栖先輩は拳にチカラを込めながら、

「なんせカフェ・オーセキの顔ハメ看板は結構超大作だったからなぁ! 見てほしくてたまらない!」

 そう言う顔ハメ看板って一体どんなんなんだろうか。純粋にとても楽しみだ。

 商店街のメインストリートから脇に逸れたところ、ちょっとディープな雰囲気が漂う呑み屋街というイメージだ。

 しかし今は夕方前なので、まだ賑わってはいないが、きっと夜になると、こういうネオンの看板が光り出すのだろう。

「ぃつか夜にぃ、二人でこういうとこっ、歩きたぃねぇん」

 と僕の顔に顔を寄せて、甘えてきた理人くん。

 少しドキッとしてしまった。やっぱりこういう友達と距離が近い感じって慣れていないからなぁ。

 こういうところでドキッとしてしまう自分が情けない。

 大場先輩はコホンと一息ついてから、

「二人で、こういう、呑み屋街を、歩くのは、高校、卒業してから、にしろよ。いらん、疑いが、かかる、可能性が、ある」

 理人くんは「えぇーぇ!」と声をあげてから、

「休みの日とかしたぃぃぃい!」

 大場先輩は毅然とした態度で、

「高校、停学に、なるぞ」

 理人くんはげんなりしながら、

「それは困るぅぅん」

 そんな会話をしていると、カフェ・オーセキと描かれている……と思われるお店の前に来た。

 いやもう字からお洒落過ぎて、そう読むのかどうか自信が無い。

 僕がポツリと、

「店先には、無いですね」

 と呟くと、それにピクッと反応した来栖先輩は、この不安を払拭するような大きな声で、

「よっしゃ! 顔ハメ看板見に行くぞ!」

 と言ったが、どう考えてもお洒落なお店の前で叫ぶようなことじゃない。

 そしてその声に釣られて、お店の人が外に出てきた。

「顔ハメ看板とか言っていたからもしやと思ったが、来栖くんじゃないか、おっ、大場くんもいるね」

 アゴヒゲをこれもまたお洒落に蓄え、レンズ部分に色が付いた眼鏡をかけた最高潮にお洒落なお店の人が出てきた。

 大場先輩が深々と頭をさげてから、

「大関さん、お久しぶりです。今日は、もし、あれば、顔ハメ看板を、後輩に、見せたいと思い、来ました」

 大場先輩の”もし、あれば”に相当の不安を感じてしまった。

 やっぱり壊されやすいものなんだなぁ。

 お店の人はアゴヒゲを触りながら、

「あぁ、あれね。今は顔ハメ出来る状況じゃないけども、置いてあるよ」

 その台詞に一瞬微妙な空気が流れたが、その”置いてある”という言葉に来栖先輩と大場先輩は安堵したみたいだ。

 僕たちはカフェ・オーセキのお店の人……というか大関さんに連れられて、お店の中に入っていった。

 お店のテーブルがいっぱいあるところで立ち止まり、大関さんが、

「ほら、ここにあるよ」

 来栖先輩は指差しつつも、僕と理人くんの顔を交互に見ながら、

「本当だ! あった! これこれ! これ俺たちが作ったんだよ!」

 大場先輩も感慨深げに、

「まだ、あったのか、懐かしいな」

 と言っているわけだけども、正直いや、どこですか、という気持ち。目の前にはテーブル、あとは何だろう、壁側にはお洒落を強調するオブジェとしての樽があるけども。

 いや、よく見ると、この樽には画が描かれている。少しグラフティ・アートのような感じで、お洒落な鷹の画が描かれている。いやでもどこにも穴開いていないしな、これじゃないのか、じゃあ上か? 上を見ても美しいシャンデリアがあるだけで、穴なんて開いていない。

 理人くんはたまらずといった感じに、

「もうぅ! どこにあるんですかぁん!」

 大関さんがハハッと笑ってから、

「ゴメン、ゴメン、初めて見た後輩さんには分からないね。この樽の中にある箱をどかすと……」

 箱をどかすと、なんと、樽の側面には穴が開いてあったのだ。

 よくよくその樽全体を見ると、丸々全部あるわけではなく、樽を仮面にするかのように、丸みを帯びた部分の半分だけが置かれていて、後ろから顔が出せるようになっていたのだ。

 僕はつい大きな声で、

「これが顔ハメ看板ですかっ!」

 来栖先輩は自慢げに、

「そう! 本物の樽を使った顔ハメ看板だっ!」

 驚愕だった。まさか自分で用意した板ではなく、本物の樽を顔ハメ看板にしてしまうとは。

 今までの顔ハメ看板の常識が崩れ去ったような気がした。いや別に今まで顔ハメ看板の常識をそもそも持っていたわけではないけども。

 それでもこれはすごい、芸術は爆発だ、というが、これはかなりの爆発力だと思う。その樽に描かれた画自体も素晴らしい。このドレスコードに合った鷹が睨みを利かせている画に僕は心を奪われて、

「鷹の迫力がすごいです……カッコイイ……」

 そう言うとこれ以上無いくらい来栖先輩はニヤケて、何かしていないといられないらしく、手をぶらぶらさせたり、髪の毛を少しかいたりと、照れているリアクション全部乗せしていた。

 いやでも実際すごい、これは本当にすごい……という語彙消失。

 理人くんも羨望の眼差しで大場先輩へ、

「これを切るとぃぅか、くり抜くのって大変ですよねぇん!」

 大場先輩は思いに馳せるように、

「樽を、くり抜くのは、大変だったな」

 理人くんの興奮は止まらないようで、

「確かにぃこれはすごぃですよねぇん! 樽って一枚板じゃなぃから大変ですよねぇん! しかもぉ! 穴の周りがツルツルぅ! 大場先輩のホスピタリティが詰まってぃますねぇん!」

 大場先輩は少し恥ずかしそうに、

「まあ、木が、ギザギザじゃ、痛いからな」

 どうやら理人くんは穴などの細工のほうが気になるようだ。

 今は一緒にデザインの勉強をしているけども、もしかしたら理人くんは加工メインになるかもしれないなぁ。

 カフェ・オーセキを出た僕と理人くんはホクホク顔だ。すごく良いモノを見れたからだ。いや褒められた来栖先輩も大場先輩もホクホク顔だった。

 しかし「本番は、ここから、だ」と大場先輩が気を引き締めるような面持ちで言って、僕たちの顔を見てから、

「よし、じゃあ、そろそろ、依頼主の、ところへ、行って、しっかり、イメージを、聞き出すか」

 来栖先輩はガッツポーズしながら、

「いやもうこんな良い気分なら帰ろうか!」

 大場先輩は呆れるように、

「いや、行くんだよ。今日が、約束の日、だから」

 来栖先輩は拳にチカラを込めて、

「じゃあもうひと踏ん張り行きますか!」

 大場先輩は即、

「いや、まだ、何も、頑張って、いないだろ。ただ、褒められた、だけだろ」

 理人くんはウキウキといった感じで、

「ついにこれからぁ、ハメ部の本格始動ですねぇん! 楽しみぃ!」

 来栖先輩はうんと深く頷いてから、

「じゃあ行くか! よしっ! 行くことにします!」

 大場先輩は食い気味に、

「だから、最初から、行くんだよ」

 僕は気になっていることを普通に質問してみることにした。

「ところで、依頼したお店屋さんは何屋さんなんですか?」

 すると何故か来栖先輩は勿論、大場先輩も黙った。

 黙ったというか唸っているような感じだ。

 僕は沈黙を待てず、

「いやどうしたんですか?」

 と聞くと、大場先輩が唸り声をあげてから、

「それがな……分からないんだ、まだ」

 僕は少々不安な気持ちになって、

「分からないって、何ですか……」

 理人くんも同じように、

「どういうぅ、ことですかぁん」

 来栖先輩も歯切れが悪く、

「それがなぁ、良いベニヤ板をもらいに行っている時に、急に話しかけられてさ。オマエたち顔ハメ部だろ、って?」

 僕は相槌を打つように、

「知っている人ですか?」

 大場先輩は首を横に振って、

「いや、全然。このへんでは、見ない人だ」

 来栖先輩は斜め上を傾げるように見ながら、

「今度新しくお店を始めるから、作ってくれって言われて」

 大場先輩も自信無さそうに、

「地図と、店名と、やって来てほしい日と、時間を、教えられて」

 来栖先輩と大場先輩が口々に、

「だから全然俺たちも実際は用意とか出来なくてさ! もうぶっつけ本番だよ!」

「計画表は、書いたものの、実際、見当が、付かなくてな、いつも程度に、掛かるお金を、計算していた、だけなんだ」

 そんなことがあるのか……一体何屋さんなんだろうなぁ……。

 緊張なのか、少し疲れたのか、気付いたら僕たち四人は無言で歩いていた。

 時折、来栖先輩と大場先輩がコソコソ話しているが、基本的には歩くだけだ。

 あとは理人くんが急に僕の頬を突いてきたり、肩を叩いたりしてイタズラしては、ムフフッと妖艶に微笑むだけ。

 ところで一体いつ着くのだろうか、そんなに遠いところなら自転車を用意すれば良かった、とか思っていると、来栖先輩と大場先輩が同時に大きな唸り声を上げた。

 僕はビックリしてしまい、

「どうしたんですか!」

 と大声を出してしまうと、大場先輩が後ろ頭を掻きながら、

「いや、それが、なんというか……まあ……」

 来栖先輩もちょっとどもりながら、

「調子が悪いというかぁ、別に全然ダメなわけじゃないんだけどなぁ、惜しいんだけどなぁ」

 と妙に歯切れが悪い。

 一体どうしたのだろうか。

「本当にぃ、どうしたんですかぁ……」

 と心配そうに息を呑む理人くん。

 僕も何だか嫌な予感がして心臓が高鳴る。

 大場先輩が小さな声で、

「それが、なぁ……」

 と言ったところで来栖先輩が語気を強めて、

「いやもうハッキリ言おう! 陣!」

「そうだ、な……」

 ちょっとした沈黙のあと、来栖先輩がすごい速度で頭をさげてから、

「地図が全然読めませんでしたっ!」

「全く、分からないんだ……」

 その時に僕は気付いた。

 この道、さっきも来た道だって。

 僕はあわあわしつつも、

「ぇっ、えっ、とぉ……じゃあ、なかなか着かないのは地図が読めず、ぐるぐる歩いていたということですか?」

 来栖先輩は手を合わせてゴメンのポーズで、

「ゴメン! そういうことだっ!」

 大場先輩も申し訳無さそうに、

「情けない、すまない」

 理人くんは僕を見ながら、

「何それぇ! 歩き疲れたぁん! 罰としてイチローぅ!」

 と言ってきたので、僕はつい焦りながら、

「いやいや! 何で僕が罰を受けるんですか!」

 すると理人くんは少し悩むような顔をしながら、

「……イチローはっ! 小さくてぇ、猫みたいでぇ、可愛いからぁん……大場先輩ぃ! おんぶしてくださぃ!」

 そう言うと、大場先輩の背中に飛びついた。その姿が猫みたいだ。

 大場先輩は困惑しながら、

「おいおい、理人は、まあまあ、筋肉が、あって、重いから、イチローと、違って、ちょっと、デカい」

「重ぃとか言っちゃダメぇ! もう絶対ぃ降りなぃ!」

 今回は距離の近さよりも、理人くんって筋肉があるんだ、という事実にちょっと驚いた。

 中性的でまるで女子みたいだから、なんとなく体がやわやわなのかな、と思っていたけど。

 確かに思い返すと、理人くんに抱きつかれた時とか、ちょっとゴツゴツしていたかもしれない。

「で! どうするんだよっ!」

 と、まるで誰かのせいのようにツッコんだ来栖先輩。

 というかそうか、来栖先輩も大場先輩も地図が読めないのか。

 意外な一面に少しホッコリしてしまった。

 ……いや違う、もしやその渡された地図が下手過ぎて読めないのでは。

 そう思い、その地図を僕に読ませてもらったら……着いた。

 『えぇぇぇええええええ!』と叫んでしまいそうなくらい簡単に着いた。

 地図はめちゃくちゃ分かりやすく描いていて、画も巧く、全く迷わなかった。

 あの時、地図が読めないという意外な一面に少しホッコリしたが、ここまで読めないとなるとちょっと違うな。

 でもまあ何でも出来そうな先輩方にも、苦手な一面はあるんだ。そりゃそうだ、同じ人間だもんな、と無理やり納得させた。

 いやでもここまで地図が読めないとは……。


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