【04 ゴキゲンな来栖先輩】
・
・【04 ゴキゲンな来栖先輩】
・
部活動や高校に馴染んできたある日、部室でそれぞれやるべきことをしている時に来栖先輩がニコニコしながら、
「商店街へ行く前に予習をしておくかっ」
と僕の肩に手を置いて言った。
商店街……と僕は昨日あったことを脳内で反芻した。
昨日、商店街のとあるお店から依頼があり、新しく顔ハメ看板を作ることになった。
よって現在僕と理人くんは基本的なイラストの勉強をし、大場先輩は新しく顔ハメ看板を作るにあたって、大体の予算や計画を練っていた。
来栖先輩も漫画を模写をしていたみたいだけども、いつの間にか立ち上がって僕の隣まできていた。
基本的に僕は理人くんと、来栖先輩と大場先輩がそれぞれ席をくっつけて座って、来栖先輩と大場先輩の席が僕や理人くんの席より後方だ。
一回、四人で長方形に机を寄せ合う案もあったが、来栖先輩が喋ってばかりになってしまうため、今はこういう形になっている。
理人くん的にも、勉強する時は目の前に人の顔が無いほうが良いと言っていた。
いや脳内での反芻はこのくらいにして、
「予習って何ですか?」
と僕が小首を傾げながら言うと、理人くんは分かったみたいな感じで、
「あぁん、私にもヤったヤツねぇー」
やったヤツ? これから何かするのだろうか、ちょっと怖いなぁ。
……と思っていたが別に何も怖がるようなことではなかった。
ウキウキで小躍りしながら歩く来栖先輩についていく僕。
時折、小躍りを優先して立ち止まる来栖先輩。
僕はつい、
「歩くだけでゴキゲンですねっ」
と言うと、来栖先輩はサムアップしながら、
「歩くということはゴキゲンな行為だからな!」
「いやただの移動じゃないんですか?」
「いやいや、歩くということは前進するということだからな。気分が乗っている証拠だ!」
と来栖先輩はその場でツイストのような動きをし始めた。
僕は少々呆れながら、
「……それはまあ分かりましたが、それなら歩きましょうよ。いつまで小躍りを優先しているんですか」
「これは小躍りじゃなくて、ツイスト・ダンスというヤツだぞ! フ~!」
「ツイスト・ダンスだとは思いましたが、その小さな動きはまさに小躍りですよっ、ツイストのようなものです」
「小ツイストに妥協してやろう! 小ツイスト、小ツイスト、フ~!」
なんて話の進まない先輩なんだ……!
年下の子供と一緒に歩いているみたいだ。
身長は僕より15cm以上高いし、赤髪に染めていてどう考えても中学生じゃないけども。
周りの他の生徒は僕らを見て、若干笑っているような気がする。
「ちょっと来栖先輩、多分ですけども他の人から笑われていますよっ」
「ハハハッ、本望だっ」
「器が大きいですね、これはもうただただ器が大きいですね」
「さすがに受け身の時に笑われたら悲しくてシュンとしてしまうが、自分が主導で動いている時に笑われるのはギフトのようなものだっ」
とニカッと笑った来栖先輩。
いや!
「そんな授かった才能みたいな言い方されても!」
「まあ確かにこのあともやることはあるのだから、そろそろ倉庫に行くかな……おっと! ネタバレ! ネタバレ! 聞かなかったことにして!」
あわあわ慌てながら、手を細かく振る仕草はちょっと女子っぽい。可愛い先輩だな。本当に年下みたい。
というか倉庫に行くのか、ということは。
僕は頷きながら、
「今まで作った顔ハメ看板を見せてくれるということですね」
「聞かなかったことにしてってば! イジワルだなぁ! イチローはっ!」
「いやもう、そう考えてしまいますよ、それは。でも楽しみです。どんな顔ハメ看板を作っているのか知りたいですっ」
そう言うと、来栖先輩は僕の頭をくしゃくしゃに撫でながら、
「可愛い反応をするな! 後輩よ!」
と言ってニッコリ笑った。いや来栖先輩のほうが可愛い反応なんですけども。
時折また小躍りストップがありつつ、倉庫に着いた。
別棟の中庭にプレハブ小屋が建ってあって、その中に入っているらしい。
「まあほとんどは無くなっているんだけどなっ」
そう言いながら倉庫の中に入っていった来栖先輩。
僕は純粋に気になったことを聞くことにした。
「何でほとんど無くなっているんですか?」
来栖先輩は小屋の中のモノを動かしながら、
「まず第一に作ったモノは皆、依頼主に渡してしまう」
「確かにそれはそうですね、でも逆に倉庫にある状態の顔ハメ看板はどういったものなんですか?」
「学校の行事で作ったモノだな」
「……? それなら全部残っていてもおかしくないんじゃないんですか、それとも、あんまり学校用には作っていないんですか?」
何故か掠れ笑いをしてから来栖先輩は、
「いやいや結構作るよ」
「じゃあ何で」
「まあその話はあとにして……これが去年の卒業式用に作った顔ハメ看板だ」
それは胴上げされている制服の生徒の顔ハメ看板だった。
画のカメラを上空に設定し、胴上げされている人を上から撮影しているような看板にすることにより、顔を横にせず、正面にハメるだけで胴上げされているように見せられる顔ハメ看板だった。
何気ない構図かもしれないが、これを一から描くって何気にすごいような気がする。
実際この構図の写真って、実際にはドローンでもない限り、撮れないわけだし。
僕はワクワクしながら、
「この構図って、どうやって作ったんですか?」
「フフッ! 知りたい? やっぱり知りたいっ?」
出た! 来栖先輩のマウントとりたくて必死な感じ! 言いたがり坊やの感じ!
「知りたいです!」
ここを細かくツッコんでいくと、絶対長引くので、素直に聞くことにした。
実際聞きたいし。
すると来栖先輩は語尾をあげるように、
「画を描く時に参考にするモノって何だと思う?」
まさかの長引くパターン! 自ら長引くようにタクトを振るうとは!
そしてこの来栖先輩の笑顔! 目を輝かせ、トークを楽しむ感じ!
まあ答えよう。
「写真ですか?」
「ブブー! 俺たちは油絵の人ではありません!」
「何ですかその言い方! 画家を言い換えた言葉ですかっ!」
「そうそう、画家。さすがに画家じゃない!」
僕は言葉尻を言う感じになってしまうことは重々承知で、つい、
「”さすがに”の使い方、多分間違っていますよ!」
とマンキンのツッコミをあげてしまうと、来栖先輩は少しムッとしながら、
「そんな言葉の使い方は自由だろ! 俺から発する言葉は全て俺のモノだろ!」
「いやでも分かりづらいという部分はあるじゃないですかっ」
「そこは汲み取り式で」
「汲み取り式って何ですか! 昭和の時代のお手洗いですか!」
「……いや、それは分からない」
あっ、知識に差が……と、いう感じが顔に出ていたのだろう。
来栖先輩はスンと真顔になりながら、
「決して知識に差があるわけではない、イチローがマイナーなこと知っているだけ」
たまにいるなぁ、自分の知っていることは常識で、知らないことはマイナーなだけと言い張る人。
もしかしたら、いつもなら腹が立つ人だなぁ、と思ってしまうかもしれないけども、日常の来栖先輩を見ていると、もう、そうは思わなくなるなぁ。
普段の感じが年上と思えないくらい可愛いから。
よし、本筋に戻そう。
「いやでは言葉の話はいいとして、参考にするモノって何なんですか?」
「それだっ!」
「……えっ? どれですかっ?」
「いや違う! だけどそう! 参考にするモノをイチローに教えれば俺が偉ぶれる!」
「何に対して”それだ”と言っているんですかっ、完全に分かりづらいですよ」
「それだ……は、参考にするモノを教えれば偉ぶれる、の、それだ、だ」
と自分の喋っていることを咀嚼するように頷きながらそう言った来栖先輩。
ここはもう、
「ハッキリ教えて下さい」
と言うと、来栖先輩は上機嫌に天に人差し指を掲げて、
「いやいや! シンキング・タイム! スタート! フ~!」
そう「フ~!」「フ~!」言いながら小躍りを始めた来栖先輩。
それを『いや大場先輩と理人くん、暇していないかな、大丈夫かな』と思って見ていた。
「ハイ! シンキング・タイム終了! 正解は漫画でしたーっ!」
あっ、シンキング・タイム後にもう一答しないといけないのかなと思ったら、すぐ正解を言うんだ。
「そう言えばいつも漫画を模写してますもんね、僕たち」
「そうそう! 漫画を見れば変わった構図の書き方がまんま描いてあるからな! 画の勉強は全部漫画からやるんだ! あくまで顔ハメ看板は画だからな! 画で気持ち良いラインを学ぶんだ!」
確かに合理的だと思う。顔ハメ看板は画、だから画を参考にすれば、良い画の描き方が分かるというわけだ。
写実的に合っていることよりも、画の気持ち良さを優先したほうが良い顔ハメ看板になるということか。
正直漫画のほうが好きだから漫画を模写していると思っていたけども、ちゃんとした理由があったんだ。
「それは合理的ですねっ!」
こう、僕は元気に言ったつもりだったが、来栖先輩の頭上には疑問符がもっこり浮かんでいることが丸見えだった。
もしや合理的という言葉も自信が無いのか……えっ、じゃあどうやって言い換えよう、いやまあとにかく、
「……すごい発想ですね! 僕は全然考えつかなかったです!」
「……! だろう! すごいだろ! すごいだろ!」
そう言って僕の手を握ってブンブン振る感じはまさに子供だ。
「ところで、この画って誰が描いているんですか」
と僕が質問すると、来栖先輩は目を見開き、テンションマックスといった感じに、
「知りたいか! 知りたいだろうな! あぁもう教えてやるよ! すぐに! 俺ぇぇぇええええ!」
言いたさが炸裂した来栖先輩。
というか、そうか、来栖先輩かぁ……って!
「えぇぇぇぇええええええええ! 来栖先輩が描いているんですかぁぁぁぁぁああああ!」
今日一というか、今まで長く学校生活をしてきたが、僕の学校史上、一番大きな声が出た。
「そんな驚くなよ……らしさ全開だっただろ?」
と照れながら、鼻のあたりをポリポリと掻きながら、自慢げに言った。
「いやすごいです! 来栖先輩! 来栖先輩にこんな良い所あったんですね!」
……と言ったあとに気付いた。完全に失礼なことを言ってしまった、と。
いつも意味無く動いている来栖先輩も今は完全に固まってしまっている。ヤバイ!
「あっ! あの! また新たに良い所が見つかったみたいな意味ですっ!」
「……」
何かボソっと言っている。
あの元気な来栖先輩がボソボソと何か言っている。
僕はおそるおそる、
「あの、何て、言ってるのでしょうか……」
「……他は……」
「他、というのは?」
「……他に良い所は? ……元々あった良い所は?」
哀しげと無表情の合間みたいな顔でそう聞いてくる来栖先輩。
声から自信の無さがありありと伝わり、本当に音が細い。
僕は慌てて、
「それは勿論! 声が大きくて!」
「……」
「カッコ良くて憧れます!」
「……うん」
「何だかんだで仕切る能力がすごいですし!」
「……何だかんだ、か……」
と普段気にしないようなところにも引っ掛かるようになってしまっている来栖先輩。
これはヤバイと思って、つい「うっ!」と言ってしまうと、来栖先輩はじとっとした目でこちらを伺っている。
早く次の言葉を言わなければ!
「あの! そして! そして周りを元気ハツラツにさせるところですっ!」
「……周りを、元気ハツラツに……?」
「はい! 来栖先輩の周りは常に笑顔で溢れているじゃないですかっ!」
「……だよなっ!」
急に笑顔になったところが逆に怖かったが、どうやら本当に喜んでくれているらしい。
またさっきのように小躍りをし、ゴキゲンに「フ~!」と言い始めたので多分大丈夫だ。
来栖先輩はまたハイテンションで、
「だよな! 俺の周りって笑顔ばかりだよな! だから俺も笑顔だーっ!」
こんな小三男子のような年上の男性っているんだなぁ、と思った。
あとは、そうそう、
「他の顔ハメ看板も見たいです! 来栖先輩の素晴らしい画を見たいです!」
「よしっ! じゃあ部室戻ってバッグ持って、商店街へ行くかっ!」
……えっ? 他の顔ハメ看板は? どういうこと? という気持ちで、
「あ、あの、他の顔ハメ看板は、どこですか?」
「だから商店街へ行くと俺たちの作った顔ハメ看板が結構あるんだよ!」
「いっ、いや、学校用のヤツって無いんですか……」
何でもう無いんだろうかと下手に伺うように聞くと、みるみる来栖先輩の顔が戦々恐々といったような表情に変わっていった。
いや喜怒哀楽激しいなっ。
でもどうして。
すると来栖先輩は肩を落としながら、
「いやっ……それがさぁ……もう、無いんだよね……」
何だか落ち込んでいるような気もする。
もしかすると、
「捨てちゃったんですか?」
「ううん、捨てられちゃうんだよね……」
お母さんに目一杯叱られた小三男子のような表情を浮かべる来栖先輩。
というかもうこれ絶対お気に入りのオモチャ捨てられた小三男子だ。
とは言え、捨てられるってどういうこと? という感じで、
「顔ハメ看板を捨てられてしまうんですか?」
「そう。というか壊されるんだ」
それって、顔ハメ看板部、略してハメ部が、よその生徒からはハメ部ではなくハブられているからかっ。
そんな、学校全体でイジメられているのか! ハメ部はっ!
僕は憤りを隠せず、
「大丈夫ですか!」
と大きな声で言ってしまうと、来栖先輩は制止のポーズをしつつ、顔を優しく横に振り、
「顔ハメ看板って普通の看板みたいな扱いを受けて、何気なく壊されるんだよね」
「……何気なく、壊される?」
と僕がそのままオウム返ししてしまうと、来栖先輩は妙に落ち着いた声で、
「そう、何気なく壊されるの。でも実際顔ハメ看板ってそういう扱いなんだよね、世間的にも。前にお店の依頼で作ったヤツもお店の人に『かさばるから捨てた』と笑いながら言われた時があってねぇ……」
確かに顔ハメ看板ってめちゃくちゃ大事にされているというイメージは一切無い。
むしろ観光地の隅っこに、ボロボロの状態で放置されているイメージがある。
そうか、そういうことか、今まで作った人がいる、という視点が僕には無かった。
でもこうやって作っている人たちと触れ合うことによって、その顔ハメ看板に魂を吹き込んだ人がいる、ということが分かり、大事にするモノだと今は思うようになっているというわけか。
僕は深呼吸してから、同調するように、
「確かに、観光地の端っこで倒れているモノとかありますよね」
すると来栖先輩が悔しそうに、
「そうなんだよ! 結局たかが顔ハメ看板なんだよ! でもされど顔ハメ看板なんだ……!」
相変わらず喜怒哀楽の激しい人だけども、確かに作っている人間からしたら悔しいだろうなぁ。
ちょっとした間、次に口を開いたのも来栖先輩だった。
「でもね、一過性の祭りでもいいんだ、と思う部分もあるんだ」
落ち着いた声でそう喋り出した。
「どういうことですか?」
と僕が聞くと、来栖先輩は小屋の窓から外のほうを見ながら、
「所詮賑やかしでもいいような気もするんだ、その一瞬を賑やかせればいい、顔ハメ看板って花火なんだ。夜空に笑顔が咲き誇るか、地上に笑顔が咲き誇るか、それだけの違いだ」
そう言って明らかにカッコつけた来栖先輩。
本当に喜怒哀楽がすごいな、この人。
喜怒哀楽という四つの感情では言葉が足りないな、この人には。
でも、
「そう思えるってすごいと思います。僕だったらやっぱり主張したくなっちゃいますもん。なのに一瞬の賑やかしでも良いと思えるなんて、オトナだと思います」
僕のこの言葉に頬を赤くした来栖先輩。
照れが最高潮になったのか、急に走り出し、
「早く! 早く! 部室に行くぞ! まだ商店街に残ってる顔ハメ看板いっぱい自慢するからな!」
と言って、去ってしまった。
”オトナ”と言われて一番喜ぶあたり、完全に”子供”だと思った。




