表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
顔ハメ看板部へようこそ!  作者: 伊藤テル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/19

【15 旅移動中】

・【15 旅移動中】


 車窓の風景はどんどん流れていく。

 来栖先輩と大場先輩が窓を開けているため、風が流れてくるわけだけども、涼しくて気持ち良い。まだ六月下旬だけある。

 時刻は午前八時を越えたところ、今から最初の目的地に行けばちょうど午前九時で施設が開いているという寸法だ。

 すると来栖先輩が唐突に、

「まず最初に行くところはどこだ! サンダル脱いでやろうかっ!」

 僕はすぐに、

「何をセットに言っているんですかっ、サンダルくらいもう勝手に脱げばいいですよっ」

 来栖先輩はめっちゃ楽しそうに、

「でもカッコイイサンダルだからなぁっ!」

 僕はすかさず、

「いやもう好きにしてくださいよっ、そこはもう大人なので好きにしてくださいよっ」

 一瞬来栖先輩が黙ったと思ったら、少し小声から徐々に大きな声を出してきた。

「あれ? 俺って大人か……? やったぜ! カッコイイヤツらの仲間入りだぁっ!」

 大場先輩が矢継ぎ早に、

「いや、来栖は、全然、大人じゃない、小学生だ」

 理人くんも同調するように、

「来栖先輩は本当に親戚の男子みたぃで可愛ぃん!」

 菅沼先輩も頷きながら、

「イチローに勝るところは実際の年齢しかない」

 結構みんな来栖先輩のこと子供だと思っているみたいだ。

 まあ僕も心の中では小三男子だと思っているからなぁ。

 でもそう言われてこう返すところが、やっぱり来栖先輩だなぁ、と思う。

「若々しい感性って言われると照れるなぁ! 良い画をいくらでも描くからな! 任せろ! 先輩だから!」

 菅沼先輩が即、

「だから先輩じゃないって話をしているんだよ」

 来栖先輩は豪快に笑いながら、

「いや菅沼! 俺は先輩だぞ! ハッハッハ! 菅沼が急に冗談を言うとビックリするな! サンダル脱ぐわっ!」

 僕はすぐに、

「何ツッコミみたいにサンダル脱ぐということを言っているんですかっ」

 菅沼先輩が呆れるように、

「いやもういいわ、イチロー。そんなことよりもこのオヤツを食べるといい」

 そう言って茎わかめを渡してくれた菅沼先輩。

 僕はその茎わかめを理人くんと分けた。

 理人くんはニヤリと笑ってから、

「茎わかめもおぃしぃけども、私はイチローのぬるぬるした茎も食べたぃなぁ」

 そう言って舌をチロリと出した理人くん。

 いや、

「僕にぬるぬるした茎と言える部分無いよ! 水生生物じゃないよ!」

「実はあるくせにぃっ」

「無いよ! ムツゴロウの一種じゃないよ!」

 理人くんも時折、エッジの利いた冗談を言うなぁ。

 大場先輩は改めてといった感じに、

「さて、最初に、行く、ところだが、白鹿山の、麓の、弥生展示館へ、行くぞ」

 僕は相槌を打つように、

「そこそこ車移動しますね」

 大場先輩はそのまま続ける。

「そこから、どんどん、月野温泉郷の、ほうへ、戻っていく、という、コースだ」

「車窓から面白い看板あるといいですね」

 と僕がなんとなくそう言うと、菅沼先輩が喋り出した。

「白鹿山の近くはゴルフ場があるが、その通り道に結構変な看板というかオブジェがあったような」

 すると来栖先輩がツッコむように、

「菅沼! お布施という言葉濁らせすぎだろ! 噛みすぎだって!」

 僕は即座に、

「いや多分お布施じゃなくてオブジェです! 正しくオブジェと発音したんです!」

 大場先輩は少し笑ってから、

「逆に、お布施、という、言葉、よく、知っていたな」

 来栖先輩はちょっと怒るように、

「お布施は分かるわぁっ! 寺に板ガムをあげるヤツだろ! 板ガムを! 粒ガムはマナー違反なんだよなぁっ!」

 僕はすかさず、

「いやガムじゃないです!」

 でも来栖先輩は何故か自信満々に、

「だから板ガムな! 粒ガムじゃなくて!」

 僕は少し強めに、

「いやどっちのガムも違いますけども! 何で逆に粒ガムはダメという考え方なんですか!」

 来栖先輩は説明するように、

「粒ガムはコロコロ転がって、すぐ床に挟まるから良くないというのを聞いたことがある」

 僕は語気を強めて、

「きっとそれローカル・ルールです! どっかの家庭の話です! お布施はどっちにしろガムは禁止です!」

 来栖先輩はビックリするように、

「お布施ガム禁っ?」

 僕は強めに、

「そんな言い方しないですよ! お布施はお金を納めることです!」

 来栖先輩はドヒャーみたいな横顔をしてから、

「お金ってそんな生々しいだろ! 寺に生々しさは似つかわしくないだろ!」

 僕は迷わずツッコむ。

「いや結構お寺って生々しいものですから!」

 大場先輩は大笑いしてから、

「その、ツッコミも、なかなか、手厳しいな」

 理人くんは微笑みながら、

「私はイチローの生々しぃところをさわりたぁぃん!」

 僕はすぐに、

「僕には生々しいところないですから!」

 菅沼先輩は否定するような声で、

「でもイチローは美術部員の前で俺のことをケンチンと呼んだ、Sの生々しさがある」

 僕は軽く会釈しながら、

「いやそれはちょっとしたミスでした! すみません!」

 するとラッシーさんが大声で、

「いいぜ! いいぜ! 全員ケンチンと呼べばいいぜ!」

 菅沼先輩がピシャリと、

「ラッシー。それはめっちゃ嫌だから推奨しないでくれ」

 すると理人くんが楽しそうに、

「じゃあ私がイチローのこと、イチンチンと呼ぼうっと!」

 僕は焦りながら、

「変な呼び方は止めて! 何でチンが二発になったんだ!」

 理人くんはニコニコしながら、

「イチンケンにしようかなぁん!」

 僕はすかさず、

「何か有名な中華料理人の陳健一さんみたいになってる!」

 すると来栖先輩がフフッと笑ってから、

「料理人でチンが付くって何か反則だよな!」

 僕はもう意味が分からず、語彙ナシで、

「何がですか! 来栖先輩!」

 でも何故か理人くんは、

「その感性はちょっと私分かりますぅん!」

 僕は即座に、

「謎の共鳴止めて!」

 すると菅沼先輩が淡々と、

「理人も来栖と一緒にワルノリをするな。俺のオブジェの話がどこかへいってしまっている」

 僕も本筋に戻すように、

「そうですよね! ゴルフ場が作った、変わったオブジェがあるという話ですよね!」

 菅沼先輩は頷きながら、

「そう。大人向けのゴルフ場なのに、妙なオブジェがあるんだよ」

 すると理人くんが割って入るように、

「大人向けのゴルフ場! 何かえっちな響きだねぇん! イチロー!」

 僕はすぐに、

「そうでもないよ! ただゴルフ場は大人向けということを強調した言い方なだけだよ!」

 菅沼先輩は呆れるように、

「全く。一緒にいて分かったが、来栖は勿論、理人もなかなかアレなヤツだな」

 理人くんは嬉しそうに、

「菅沼先輩に褒められちゃった!」

 と言って僕に軽く抱きついた。

 その様子を振り向いて、見ていた菅沼先輩は少し笑いながら、

「イチローは大変だ。まあ頑張れ」

 と言ってまた前を向いた。

 でもその言葉に嫌味ったらしい感じは一切無くて、この感じを微笑ましく見ているといった感じだった。

 やっぱり菅沼先輩も優しい先輩だなぁ、と思った。

 菅沼先輩が僕ら側の外を見ながら、

「さて、そろそろオブジェがあるところだと思う。俺の記憶が正しければな」

 僕たちはそのオブジェを見逃さないように外を見ていると、どうやら何か、巨大なオブジェの影が見えてきた。

 逆光でまだ見えないけども、巨大は巨大だ。

 そして近付き切ったその時、見えたオブジェは……!

「コミカルなイノシシがパターでラインを見ているようなオブジェだ!」

 大場先輩がクスッと笑ってから、

「妙に、子供向けの、造形、だったな」

 ラッシーさんが慌てて、

「ダメだぜ! あのオブジェ! ここのゴルフ場来たことあるけども、マジでイノシシ注意の山のゴルフ場で、正直笑えないぜ!」

 菅沼先輩が笑いながら、

「何を自分でイジっているんだという話だな」

 僕はただ思った感想を、

「夜中にイノシシがゴルフで遊んでいるということを示しているんですかねっ」

 理人くんはう~んと唸ってから、

「ちゃんとお金を払ってほしぃねぇん」

 すると来栖先輩がこう言った。

「えっ? デカいリスじゃなかった? 今」

 ……来栖先輩が車内を凍らせる。

 何故、デカいリスだと思ったんだ。全員イノシシとして会話しているのに。

 来栖先輩は普通の感じで、

「太ったデカいリスだったなぁ、鼻が豚みたいだったけども」

 僕は、

「じゃあイノシシじゃないですかぁっ!」

 と今日一のデカいツッコミ声が出てしまった。

 ちょうど赤信号で止まっている時だったので、心なしか歩行者が驚きながらこっちのほうを見たような気がした。

 その大声をクスクス笑う菅沼先輩と理人くん。

 大場先輩は来栖先輩に呆れているようなデカい溜息。

 そしてラッシーは、

「いいぜ! いいぜ! そういう自由な感性は大切だぜ! みんなと同じように考える必要は何も無いんだぜ!」

 そう言われた来栖先輩は自信満々に喋り出した。

「だよな! ラッシー! 俺は絶対にデカいリスに見てた! 絶対木の実食べてる顔だった!」

 大場先輩は即座に、

「いやまあ、イノシシも、木の実、食べるけどな」

 来栖先輩は上機嫌に、

「いやもうリスだったな、あれはリスだった。デカいリス・サンキュー!」

 ラッシーさんも同調するように、

「いいぜ! いいぜ! いろんな考え方があったほうが楽しいぜ!」

 でも確かに、いろんな考え方があるって楽しいことだとも思う。

 そう見えたからこそ、また「そうじゃないだろ」と考えることもできたわけだし。

 何でもかんでも反対意見を出せばいいというもんでもないが、こうやって別の意見にふれることによって、また自分が元々持っていた意見も、深化するなぁ、と思った。

 青信号になり、発進しながらラッシーさんが、

「じゃあそろそろ着くぜ! 弥生展示館に行くぜ!」

 来栖先輩は小首を傾げながら、

「ところで、やよい展示館の”やよい”って何っ?」

 僕は少し焦りながら、

「……あのっ、大場先輩、多分弥生時代の弥生という字ですよねっ」

 大場先輩も大きく頷きながら、

「そうだ、弥生時代の、弥生だ。来栖、弥生時代の、弥生だ」

 何回弥生って言うんだと、ちょっと思ってしまったが、来栖先輩にはそれくらいがいいのかもしれない。

 すると大場先輩は頭上に疑問符を浮かべながら、

「……弥生時代っていつだっけ? 明治の前くらい?」

 全然足りなかった。

 僕は冷静に、

「弥生時代というのは、縄文時代の次です。狩猟文化から稲作文化に移行していった時代です」

 大場先輩は溜息をついてから、

「ダメだ、イチロー、言葉が、難しい」

 まさかそんなリテイクが出るなんて。

 でも菅沼先輩も理人くんも頷いている。

 来栖先輩は当然疑問符を浮かべたままだ。

 リテイク確定だ。

 僕はもう一度と思いながら、

「えっと、ですね、イノシシなどを狩りしていた頃から、米を育てるようになった時代ということです」

 大場先輩からサムアップを頂いた。

 何だ僕の係。

 すると来栖先輩が楽しそうに、

「じゃあ超進化縄文時代ってところか!」

 僕はつい、

「あっ、縄文時代は逆に知ってるんですねっ!」

 と言ってしまうと、来栖先輩がやれやれといった感じに、

「おいおい、イチロー、馬鹿にするんじゃないよ。縄文時代は知ってるよ。前に縄文土器の中から顔を出すような顔ハメ看板を描いたからな!」

 自慢げに振り返りながら、そう言った。

 いや何それ! そう!

「そんな顔ハメ看板見てみたかったです!」

 と思ったことをそのまま言うと、来栖先輩は少し申し訳無さそうに、

「おっ、そうかっ、でもまあもう無くなっちゃったけどもなぁ……」

 と言ったんだけども僕は、

「でも来栖先輩と部活動していればまた素敵な顔ハメ看板見れますよね! 今後の顔ハメ看板製作が楽しみです!」

 とついテンションがあがっちゃって、大きな声で言ってしまうと、それに共鳴するように来栖先輩も大きな声で、

「おぉ! そうかそうか! そうだぞ! そうだぞ! イチローに絵描きの技術! 全部伝授するからなぁっ!」

「……! すごく嬉しいです! ありがとうございます!」

 と僕は単純に本心を言っただけだったんだけども、周りの反応はちょっと違った。

 菅沼先輩は感嘆の息を漏らしてから、

「……イチローは、要所要所で来栖の自尊心を保つようなことを言うなぁ」

 理人くんもたまらないといった感じで、

「そうなのぉん、イチローは天然たらしなのぉん」

 僕は慌てて、

「ちょっ! たらしって何っ!」

 理人くんは優しく笑いながら、

「魅力的って意味ぃん!」

 でも僕は、

「そういう意味だっけなぁ……」

 と言ってしまうと、大場先輩が、

「イチローの、性格が、良いから、部内が、優しい、雰囲気に、なる」

 いやさすがにと思って、

「別に僕性格良くないですよ! めちゃくちゃ失礼なツッコミするじゃないですかっ!」

 菅沼先輩が即座に、

「来栖にはそれくらいがちょうどいいだろ、別に失礼じゃないし」

 理人くんはクスッと笑ってから、

「そうだねぇん、私だったらもうちょっと嫌な言い方しちゃうかもしれないなぁん」

 すると来栖先輩がデカい声をあげた。

「いや! 理人は俺に嫌な言い方をしない! 何故なら俺に嫌なところはゼロだから!」

 理人くんは無表情で、

「すごぃわぁん」

 来栖先輩は理人くんの表情を振り向いて見ていたはずなのに、

「ほら褒めた! やった! やった!」

 と、これを褒められたと考える来栖先輩はすごいなぁ。

 というか何で僕は大場先輩に褒められたんだろうか。そうと思えば、理人くんからは、たらしと言われてしまうし。

 う~ん、僕なんか変なこと言っているのかなぁ。あんまり人と触れ合ってこなかったから良く分からないなぁ。

 と思って、ちょっと曇った表情をしていたのかもしれない。

 急に理人くんが強めに抱きついてきて、

「ちょっとぉん! たらしって悪ぃ意味じゃなぃからぁん! そりゃそのせぃでちょっと嫉妬しちゃう時もあるけどもぉん、本当に本当にすごく魅力的って意味だからぁん!」

 さらに菅沼先輩も、

「まあ確かにこのタイミングで急に持ち上げられたらそりゃ魅力的だろうな。イチローはそのままでいいと思う」

 大場先輩もいつもより大きな声で、

「うん、イチローは、このままが、いい」

 来栖先輩は得意げに、

「そうだ! そうだ! イチローは最高だ! 俺の一番弟子だ! 尊敬してくれ!」

 ラッシーさんも楽しそうに、

「いいぜ! いいぜ! いい感じだぜ! というわけで弥生展示館に着いたぜ!」

 僕は単純に嬉しかった。

 こんなに人から”このままでいい”なんて言われたことは無かったから。

 いつも周りから疎まれていたので、なんとか変わろうとしたけども、いつもダメで。

 でもここにいるみんなは、このままでいいと言ってくれて。

 嬉しくて一瞬涙が出そうになった。

 でも。

 でも、気を使わせてしまったようで、少し申し訳無い気持ちにもなった。

 よしっ、ここからもっと楽しくやっていくぞ。

 僕たちは車から降りて、早速弥生展示館の前に置いてある顔ハメ看板の前に走っていった。

 弥生時代のワラの家の前で立っている弥生人の顔ハメだった。

 稲作の道具を持っている弥生人、狩猟の弓を持っている弥生人、そして朝廷側の人間もその中に混ざっているというなかなかカオスな顔ハメ看板。

 全部で五人立っているのだが、顔は空いているところは二人分。

 というわけで、まず最初は僕と理人くんがハメることになった。

 五人立っているんだけども、穴と穴は端と端ではなく、真ん中とその隣と隣接していて、きっと写真を撮る人が、被写体の顔をドアップで撮れるように工夫されているんだと思う。

 何故なら何でもかんでも全体を残そうとするマニアばかりじゃないから。そういう配慮も見ていて楽しい。

 でも今は理人くんと顔が近すぎて、何だか少しドキドキする。

 実際、顔はハメているわけだから、近いのは肩なわけだけども、何か変に息が掛かってないか妙に心配してしまう。

 理人くんが優しい声で、

「近ぃねぇん」

「そうだね」

「でもこの近さもぃぃよねぇん!」

「そうだねっ、何か一緒に撮っているって感じだねっ」

 理人くんは楽しそうな声で、

「というか一緒にハメてるみたいで気持ちぃぃねぇん!」

「いや一緒にハメてはいるんでしょ、顔ハメ看板なんだから」

 理人くんはう~んと唸ってから、

「まあ確かにそうだけど、そうじゃなぃ意味だったみたぃなぁん」

「いや顔ハメ看板の意味しか分からないよ、そういうナゾナゾみたいなのは分からないよっ」

「ぃつか解かせたぃなぁん、私からのナゾナゾぉん!」

 う~ん、やっぱり考えても分からない。一体どんな答えのナゾナゾなんだろうか。正解も別に言ってくれないし。

 ちょっと気になりつつも、来栖先輩がラッシーさんから受け取ったデジタルカメラを構えながら、

「じゃあ写真撮るぞ! 無表情で無表情で!」

 顔ハメ看板の作法としては、あくまで看板が主役なので、人間は無表情にならないといけないらしい。

 でも僕はやっぱりちょっぴり笑ってしまう……いやだいぶ笑ってしまっている。

 だって、友達と旅行に行くなんて、昔の僕からしたら考えられないことだから。

 来栖先輩が写真を撮り終えた僕と理人くんは顔ハメ看板から出てきた時、ラッシーが素朴な疑問を発した。

「来栖くん、顔ハメ看板は何で無表情なんだぜっ?」

 来栖先輩は良い調子で、

「それはだな! 顔ハメ看板界のレジェンドからの教えなんだぜ! 看板が主役だから人間は無表情で目立たなくするんだぜ!」

 ラッシーさんはまだ納得いっていない面持ちで、

「でもほら、この顔ハメ看板だって他の三人の絵は笑っているんだから、看板に合わせるのなら笑顔のほうがいいと思うぜっ? 逆に無表情のほうが悪目立ちするぜ?」

 確かにそうだ。

 教えだから、と言って基本的にはそう考えてきたけども、ラッシーさんの言うことも分かる。

 ラッシーさんは元気に、

「レジェンドはレジェンドとして、小生たちは小生たちで自由にやるといいと思うぜ! 何故なら小生たちはレジェンドではないぜ!」

 ”レジェンドではない”

 確かに全くもってその通りだ。別にレジェンドの考え方に合わせる必要はどこにもないんだ。それぞれ好きな楽しみ方をすればいい。

 ……というわけで。来栖先輩がジャンピングガッツポーズをしてから、

「じゃあ次は俺と陣がとびっきりの笑顔で顔ハメ看板扱ってくるぜ!」

 僕はすぐに、

「扱ってくるて、ちょっと変な言い方になってますよ!」

 来栖先輩は僕にサムアップを向けながら、

「ありがとう!」

 何へのありがとうかは一切分からないけども、今度は来栖先輩と大場先輩が顔ハメ看板のほうへ行った。

 大場先輩が少し憂鬱そうに、

「オレは、笑顔、苦手、なんだが」

 来栖先輩が大場先輩の肩を叩いてから、顔ハメのためにしゃがみ、

「じゃあ好きな表情にすればいいんじゃないかっ? 一人だけ浮かない顔がしていても面白いと思うぞ!」

 ラッシーさんはデジタルカメラを構えて、

「いいぜ! いいぜ! じゃあ撮るぜ! 撮るぜ! 一足す一は? ……はい! チーズ! とキウイ!」

 僕はつい、

「いやラッシーさん、写真撮る時の合図、いろいろ足しすぎですよ!」

 ラッシーさんが撮り終えてから、僕のほうを見ながら、

「足すのは一と一しか足してないぜ!」

 僕は即座に、

「いや数字だけの話ではなくて!」

 ラッシーさんはハイテンションで、

「一番良いヤツが当たるといいぜ!」

 僕はすかさず、

「でもタイミングは混乱しますよ!」

 ラッシーさんがサムアップしながら、

「もう小生はタイミングはどうでもいいと思っているぜ!」

 僕は語気を強めて、

「いや結局はタイミングですよ! 写真はっ!」

 ラッシーさんは嬉しそうに、

「見解の相違だぜ! じゃあカメラはイチローに任すぜ! ……ケンチンどこだ?」

 またラッシーさんは菅沼先輩のことをケンチンと呼んだ。

 でも今回は『ケンチンと言うな』という声が聞こえてこない。

 周りを見渡すと、菅沼先輩は弥生展示館の中へ入っていった後ろ姿が見えた。

 理人くんは残念そうに、

「菅沼先輩は顔ハメ看板しなぃのぉん……」

 ラッシーさんは笑いながら、

「でもまあいいぜ! いいぜ! そのへんは自由でいいぜ! それに!」

 僕は気になり、

「……それに、何ですか?」

 ラッシーさんはデジタルカメラをポケットに入れて、サムズアップしながら、

「帰りに捕まえればいいぜ!」

 僕は目を丸くしながら、

「いや自由じゃないんですか! 捕まえる気があるんですねっ!」

 ラッシーさんは快活に笑いながら、

「でもまあ嫌がったらしないが、捕まえる気はそれなりにあるぜ! というわけで小生は先に展示館のほうへ入るぜ! もう一つの顔ハメは四人でやってるといいぜ!」

 そう言って僕にデジタルカメラを託して、ラッシーさんは菅沼先輩のあとを追っていった。

 やっぱり菅沼先輩のほうが気になるみたいだ。

 呼ぶな言うなと言っているものの、何だかんだできっとラッシーさんと菅沼先輩も仲が良いんだろうなぁ。

 実際ケンチンと呼んでいるわけだから。

 来栖先輩が大声で、

「じゃあこっちの餅ついてる顔ハメ看板も撮ってくれ!」

 と次の顔ハメ看板に移行していた。

 でも、

「多分それ餅つきじゃなくて、米の脱穀作業だと思いますよっ」

 臼のようなところに杵でグイグイ押し込んでいる男性と、稲を持った女性の絵、その女性の顔に穴が開いている。

 来栖先輩はデカい声で、

「暗黒作業ってなんだ! 何か怖いな! 人骨でもすり潰しているのかっ!」

 僕は焦りながら、

「何ですかその急に怖い発想! 違いますよ! 脱穀ですよ! 穀物の殻をはぎ取ることですよ! 怖いことデカい声で言わないでください!」

 来栖先輩は小首を傾げながら、

「ダンコクっ? ダンクシュートを、屁をこくように決めていくことかっ? じゃあこの棒はバスケットボールかっ?」

 僕はすかさず、

「杵はボールじゃないです! 棒状じゃないですか! というか屁をこくようにダンクシュートを決めるって何ですか! バスケ選手からしたら屁をこくほうがダンクシュートより大変ですし!」

 大場先輩は吹き出して笑ってから、

「屁を、こくほうが、ダンク、シュート、より、大変か、確かに」

 来栖先輩は矢継ぎ早に、

「いやでも俺は屁をこくほうが楽だぞ!」

 僕は語気を強めて、

「人それぞれです! それは! でもダンコクじゃないんですよ! 僕”ん”と発音している様に聞こえますかっ?」

 理人くんが相槌を打つように、

「全然普通に脱穀に聞こえるねぇん」

 大場先輩も同調するように、

「ちゃんと、小さいつに、聞こえる」

 理人くんが呆れるように、

「結局来栖先輩が脱穀という言葉を認識してぃなぃから、そう聞こえなぃのねぇん」

 僕はつい、

「逆にダンコクという言葉を認識しているってどういうことですか! そんな言葉のほうが無いのに!」

 と言ってしまうと、来栖先輩がツッコむように、

「ダンコクは普通に言うだろ!」

 僕はもうデカい声で、

「ダンコクが一番言わないです! 言葉の中で!」

 来栖先輩は妙にオトナなリアクションで、

「まあ意見って人それぞれだからなっ」

 僕もまあ、

「確かにそう言ってしまえば、そうですけども」

 と抑えた声で言うと、来栖先輩はうんと強く頷いてから、

「ラッシーもいろんな考え方があったほうがいいと言っていたし、俺は俺を貫く!」

 僕はデジタルカメラを構えて、

「じゃあまあそれは分かったんで、顔ハメ看板にしっかりハマってください」

 来栖先輩は嬉しそうに、

「よっしゃ! こんな感じかっ!」

 でもと思って、

「あっ、この絵は、臼の中のほうを見ている感じなので、右下を見る感じにして下さい!」

 来栖先輩はもはや案の定、

「右ってどっちだっけっ!」

 と言ったので、僕も悪かったなと思いつつ、

「来栖先輩から見て右です!」

 すると来栖先輩が、

「そうじゃなくて右ってどっちだっけっ!」

 と言ったので、僕はじゃあと思って、

「どっちでもいいんで、とりあえず顔をどっちに寄せてください!」

「こうか!」

「あっ、それの逆です!」

「やった! うまくいったぞ!」

 大場先輩は感心するように、

「イチロー、機転の、利かせ方が、早くて、巧い」

 理人くんも同調するように、

「そうですよねぇん、私だったらその分からなくなったことに対して、長々と怒っちゃうねぇん」

 大場先輩が、

「何気に、二択を、間違う、あたりも、腹立つし、な」

 理人くんは呆れるように、

「やっぱり二択をしくじるんかぃって、感じですよねぇん」

 二人の会話は置いといて、

「じゃあ撮りますね! はい、キウイで撮りますね!」

 来栖先輩がツッコむように、

「いやまだ撮らないんかい! 早く撮れ! 撮れ!」

 大場先輩が矢継ぎ早に、

「優しさが、裏目に、出る、パターン」

 僕は大きな声で、

「じゃあ撮ります! はい! キウイ!」

 来栖先輩の満面の笑みの写真が撮れた。

 いやでも満面の笑みで脱穀されていく様子を見る女性って一体何なんだ。

 そんなに米が楽しみなんだ、いや弥生時代における米、相当楽しみだろうけども。

 すると理人くんが、

「じゃあ次は私も撮ってほしいなぁん」

 僕は勢いそのままに、

「よしっ! 理人くんも撮ろう! 撮ろう!」

 と言ってしまうと、理人くんが吹き出すように笑ってから、

「……何かイチローのテンション高ぃねぇんっ」

 僕は少し恥ずかしくなりながら、

「あっ、多分、来栖先輩をツッコんだ勢いが残っていて!」

 理人くんは満面の笑みで、

「テンションの高いイチローも好きぃぃっ!」

 そう言って抱きついてきた。

 相変わらず行動がいちいち可愛い男の子だなぁ。本当に女の子にも見える中性的な佇まいだ。

 というか実際女の子に見えているのだろう。周りを歩いている人たちが「あのカップル、ラブラブだね」と言っているのが聞こえた。

 絶対僕たちのことだ。何だか恥ずかしいなぁ、と思いながら照れながら前髪を触っていると、理人くんが、

「本当にイチローは猫みたいで可愛いなぁん!」

 と言って笑った。いや可愛いのはどう考えても理人くんでしょ。

 まあそれはそれとして、理人くんは顔ハメ看板にハマりにいった。

 僕は理人くんへ、

「理人くん、もうちょっと下を見たほうが臼のほうになるよ」

 と伝えると、理人くんが、

「ううん、私はこの男性を見ていることにしたいのぉん」

「……どうして?」

 理人くんは楽しそうに、

「私はこの男性に惚れている女性をやりたいのぉん、そうする場合は臼の中じゃなくて頑張って作業している男性を見るでしょぅん」

「理人くん! すごい解釈だね! 確かにそう表現することもできるねっ! 一つの看板からいろんな楽しみ方を作れるね!」

「そうでしょぉん! そうでしょぉん! 撮ってぇん!」

「じゃあ……はい、キウイ!」

 理人くんは顔ハメ看板から出てきながら、

「私もやっぱり惚れている人ばかり見ちゃうからぁん!」

 と言って僕の目をじっと見てきた。

 何か僕の目に目ヤニでも付いていたかなぁ、と、軽く目をこすってから、四人で展示館の中へ入っていった。

 弥生展示館は白鹿山から発掘された土器などが展示されていて、また時間があれば火起こし体験や勾玉作りができるらしい。

 しかし今日、僕たちはいろんな顔ハメ看板を巡らないといけないので、それらをしている時間は残念ながら無い。

 今、僕たちがすること。

 それは、展示館の中にもあった顔ハメ看板にハマることだ。

 白鹿山がある地区は牛の角突きと錦鯉が有名。それらを合わせて、ミノタウロスのような牛が錦鯉を捕まえている顔ハメ看板だ。

 穴は錦鯉の顔に穴が空いていた。いや錦鯉の顔て。絶対に人面魚になるんかい。

 中に入ると、その顔ハメ看板を見ながらラッシーと菅沼先輩が会話をしていた。

 ラッシーさんが楽しそうに、

「小生はこのムキムキな牛になりたかったぜ!」

 菅沼先輩は同調しながら、

「確かに捕まえられている錦鯉になりたいとは思わないからな」

 そこに来栖先輩がバッと割って入る!

「でもこんなモノにもなれるのが顔ハメ看板の醍醐味なんだ!」

 そう言いながらすぐに錦鯉の顔の穴に顔をハメ、捕まえられて、めちゃくちゃ驚いている顔をした。

 僕はすぐに写真で撮り、完成した画像を来栖先輩に見せた。

 ところで、

「理人くんはこれの顔ハメする?」

 理人くんはフフッと笑ってから、

「牛に捕まえられる錦鯉はぃぃかなぁん、イチローに捕まえられるんだったらぃぃけどもぉん!」

 そう言って僕に抱きついた。

 いや、

「理人くんが僕を捕まえてるじゃん!」

「そうなっちゃいましたぁんっ」

 と言って、てへへっと笑った理人くん。やっぱり相変わらず可愛い。

 来栖先輩が力強い声で、

「じゃあここはこれくらいにして次にいくぜ!」

 僕たちは記念の勾玉のキーホルダーを買って、この弥生展示館をあとにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ