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家族禁止法  作者:
第二部:2084年
11/14

資料④:

インタビュー — ゆりかご制度出身の若者


資料番号:2084-NHK-YG0528-Y21

資料名:報道特集『ゆりかご世代は何を思うか』インタビュー抜粋

収録日:2084年5月28日

放送日:2084年5月30日

収録場所:東京都江東区・社会養育出身者向け共同学習施設

資料種別:報道番組内インタビュー


映像は、明るい共同学習施設の一室から始まっていた。


大きな窓の外には、まだ建設途中の湾岸地区が見える。現在の東京第一ゆりかごセンター周辺とは違い、当時の湾岸にはまだ空き地や工事区画が多かった。だが、社会養育関連施設だけは、すでにかなり整備が進んでいたらしい。


室内には、十代後半から二十代前半ほどの若者が何人かいた。机に向かって学習している者もいれば、壁面端末で進路相談資料を見ている者もいる。服装は自由だったが、全体として清潔で、落ち着いた雰囲気があった。


画面の右上には、番組名が表示されている。


報道特集『ゆりかご世代は何を思うか』


その下には、小さく、


社会養育で育った若者たちの声


とあった。

取材スタッフは、窓際の席に座る一人の女性にマイクを向けていた。

年齢は二十一歳。名前は、


佐伯 美緒


と字幕に表示されている。


肩までの黒髪を後ろで軽くまとめ、薄い青色のシャツを着ていた。化粧は薄い。表情は落ち着いており、カメラを怖がっている様子はない。ただ、自分の経験をどこまで言葉にすればいいのか、少し考えながら話しているように見えた。


字幕には、


ゆりかご支援選択制度により社会養育施設で育つ

現在:医療技術専門課程・二年


と出ていた。


「佐伯さんは、ゆりかご支援選択制度で育ったということですが、出生後すぐに社会養育施設に移ったということですか」


リポーターが尋ねた。


「はい。記録では、出生後三日目に移行したと聞いています」


美緒はそう答えた。


「記録では、という言い方になるんですね」


「そうですね。自分では覚えていないので」


美緒は少しだけ笑った。


「私にとっては、物心ついたときには、もう施設での生活が普通でした。担当職員さんがいて、同じユニットの子たちがいて、年上の子たちがいて、年下の子たちがいる。それが私の生活でした」


画面には、当時の社会養育施設の資料映像が挿入された。


明るい共同生活室。

年齢の近い子供たちが数人ずつ分かれて遊んでいる。

壁面には学習端末があり、奥では職員が子供と話している。

食事の時間らしく、小さな子供たちが配膳ユニットの前に並んでいる。


ナレーションが入る。


「2060年代に導入されたゆりかご支援選択制度は、当初、育児困難家庭やキャリア継続を希望する出生提供者を支援する制度として始まりました。しかし、2070年代以降、利用者は急速に増加し、現在では出生児の優に半数以上が社会養育制度によって育っています」


映像は再び、美緒のインタビューに戻った。


「親がいなくて寂しい、と思ったことはありますか」


リポーターが尋ねた。


美緒は少し考えてから、困ったように笑った。


「それ、よく聞かれます」

「よく聞かれるんですか」

「はい。特に、家庭養育で育った年上の人からは」


美緒は、膝の上で手を組み直した。


「でも、正直に言うと、何と比べて寂しいのかがよく分からないんです」


リポーターは、少しだけ間を置いた。


「親がいる生活と比べて、ということだと思います」

「そうですよね。でも、私は親がいる生活をしたことがないので」


美緒の声は、反発しているわけでも、悲しんでいるわけでもなかった。ただ、自分にとって当然の事実を説明しているだけだった。


「私にとっては、担当職員さんがいて、同じユニットの子がいて、進路相談の先生がいて、医療担当の人がいて、それが普通の生活でした。だから、親がいないというより、最初から生活がそういう形だったという感じです」

「担当職員の方とは、親しい関係だったんですか」

「親しかったと思います」


美緒は頷いた。


「でも、親という感じではないです。担当職員さんは、何人か交代しますし、記録も共有されています。私のことをよく見てくれている大人、という感じでした」

「それは寂しくありませんでしたか」

「うーん」


美緒は、少しだけ首を傾げた。


「一人の人だけに全部見られるより、私は安心でした」

「安心?」

「はい。誰か一人の機嫌とか、体調とか、考え方で生活が変わるわけではないので。担当の人が疲れている日でも、別の人が見てくれますし。相談したい内容によって、話す相手も選べました」


彼女は、少し照れたように笑った。


「もちろん、職員さんの中にも合う人と合わない人はいました。でも、合わない人しかいない、ということはなかったです」


リポーターは頷きながら聞いていた。


「家庭養育で育った同年代の人と接することもありましたか」

「ありました。学校や地域活動で一緒になることはありました」

「そのとき、違いを感じましたか」

「感じました」


美緒は即答した。


「どのような違いですか?」

「最初に思ったのは、家庭養育の子って、親と一緒に住んでいるんだな、ということです」


リポーターは少し笑った。


「それは、当然のことのようにも思えますが」

「そうですね。でも、私には当然ではなかったので」


美緒も少し笑った。


「学校が終わると、迎えに来る人がいる子がいるんです。家に帰ったら、お母さんがいるとか、お父さんがいるとか。小さいころは、それが少し不思議でした。私たちは、時間になるとユニットに戻って、担当職員さんや同じユニットの子たちと過ごすので」

「羨ましいと思いましたか」

「うーん」


美緒は少し考えた。


「羨ましい、とは違うと思います。珍しいな、という感じです」

「珍しい?」

「はい。家庭養育の子たちは、親と一緒に暮らしている。でも、だからといって、ずっと親と深く関わっているわけではなかったので」


リポーターは困惑したような声をした。


「どういうことでしょうか?」

「普通に、家ではみんな端末を見ていると言っていました」


美緒は、あっさりと言った。


「学校で家庭養育の子と話していても、家で親とたくさん話すという子は、あまりいませんでした。夕食の時も、親は仕事の通知を見ているとか、家計アプリを見ているとか、動画を見ているとか。子供の方も、学習アプリとかゲームとか動画を見ている。親と仲が悪いというより、それぞれ別の画面を見ている感じだったみたいです」


リポーターは、少し前のめりになった。


「それは、家庭養育の子たちが、自分でそう話していたんですか」

「はい」


美緒は頷いた。


「もちろん、全部の家庭がそうだったとは言いません。でも、私の周りでは多かったと思います。親と喧嘩しているとか、嫌いだとか、そういう話ではないんです。ただ、家に帰っても、親は忙しい。疲れている。通知を見ている。子供も端末を見ている。それで一日が終わる」


彼女は、少しだけ首を傾げた。


「だから、社会養育の子は親と暮らしていないから寂しいでしょう、と言われても、少し分からなかったんです」

「分からなかった?」

「はい。家庭養育の子も、親と毎日たくさん話しているわけではなかったので」


美緒は、淡々と続けた。


「同じ部屋にいるかどうかは違います。でも、会話の量とか、生活を見てくれている大人の数とか、困ったときに相談できる相手とかで考えると、私たちの方が少なかったとは思いませんでした」


リポーターは、明らかにその言葉に食いついた。それがテレビのネタになると思っているのだろうか?


「それはかなり重要な指摘かもしれません。つまり、家庭で育っていても、実際には親子の会話が少なく、社会養育と大きく変わらない場合があった、ということでしょうか」


美緒は、少し困ったように笑った。


「そんなに大きな話なんですか?」

「大きな話だと思います」

「そうですか」


美緒は、あまり実感がないようだった。


「でも、そんなものじゃないですか。仕事している大人って、忙しいですよね。家庭養育の親だけが特別に悪いという話ではなくて、みんなそうだったんだと思います。仕事もあるし、通知も来るし、手続きもあるし、子供の学習記録も見ないといけないし、自分の見たい動画もあるでしょうし」

「自分の見たい動画も、ですか」

「はい」


美緒は、少し笑った。


「大人だって休みたいと思います。ずっと子供だけを見ているのは無理なんじゃないですか」


リポーターは、質問を重ねた。


「では、家庭で育つことの意味は、佐伯さんにはあまり感じられなかった?」

「意味がないとは思いません」


美緒はすぐに言った。


「家庭養育の子の中には、親と仲が良くて、すごく大事にされている子もいました。迎えに来た親の顔を見て安心している子もいましたし、親に褒められた話を嬉しそうにする子もいました。そういうのを見ると、きれいだなとは思いました」


彼女は一度、言葉を切った。


「でも、それが全部の家庭にあるわけではないですよね」


リポーターは黙って頷いて、話を促す。


「家庭で暮らしているから、必ず親と深く関われるわけではない。親がいるから、必ず見てもらえるわけでもない。逆に、親がいないから、誰にも見てもらえないわけでもない。私は、そういうふうに感じていました」

「それは、社会養育で育ったからこそ見えたことかもしれませんね」


リポーターがそう言うと、美緒は少しだけ考えた。


「そうかもしれません。でも、家庭養育の子たちも、普通に言っていましたよ」

「何をですか」

「家ではあまり話さないって」


美緒は、あっさりと言った。


「お母さんは疲れているから。お父さんは仕事だから。話しかけても生返事だから。夕食中も端末を見ているから。そういう話は、普通に聞きました」


彼女は、そこで少しだけ苦笑した。


「だから、家庭には必ず濃い関係がある、という感じではなかったです。ある家にはある。ない家にはない。薄い家は、普通に薄い。そんな感じです。ただ、家庭養育の子は、親の話をよくしていました。お母さんがこう言ったとか、お父さんに怒られたとか、家でこうしなさいと言われたとか」


彼女は記憶を探すように、少し視線を上に向けた。


「だから、関係がないわけではないんです。むしろ、生活の中に親が強く入っている子もいました。ただ、それが温かい関係なのか、単に管理されている関係なのかは、外からは分かりにくかったです」

「管理されている?」

「はい。進路とか、交友関係とか、生活時間とか、服装とか、食べるものとか。そういうことに、一人か二人の大人がすごく強く関わっている感じがしました」


美緒は、そこで少し言葉を選んだ。


「もちろん、優しい親の話もたくさん聞きました。でも、優しいかどうかとは別に、距離が近すぎる感じがあって」

「距離が近すぎる」

「はい。家庭養育の子が、親の機嫌をすごく気にしているのを見たことがあります。今日帰ったら怒られるとか、進路のことを話すのが怖いとか。私は、それが少し怖かったです」


リポーターは、そこではすぐに次の質問へ移らなかった。

施設の中では、別の若者が壁面端末の前で、何かの実習記録を確認している。誰かが笑い、奥の机から小さな声が聞こえた。静かだが、冷たい空間ではなかった。


「一方で、そうは言っても、家庭養育の子を見て、羨ましいと思ったことはありますか」


美緒は、また少し考えた。


「羨ましい、とは違うと思います」

「違う?」

「はい。小さいころ、家庭養育の子が迎えに来た親と手をつないで帰っていくのを見て、不思議だと思ったことはあります」

「不思議」

「はい。あれは何をしているんだろう、という感じでした。私たちは、時間になるとユニットに戻るので」


美緒は少し笑った。


「でも、その子たちは、迎えに来た大人の顔を見て、すごく安心した顔をするんです。それを見て、ああ、この人にとっては、あの大人が帰る場所なんだなとは思いました」

「それを見て、どう感じましたか」

「きれいだな、とは思いました」


その答えは、少しだけ意外だった。リポーターも、わずかに目を動かした。


「きれい?」

「はい。でも、自分もそうなりたい、とは思いませんでした」


美緒は静かに言った。


「遠くから見て、きれいだと思うものってあるじゃないですか。でも、その中に入りたいかというと、少し違う。そんな感じです」


リポーターは、次に質問を変えた。


「出生提供者について、考えたことはありますか」


美緒は、すぐには答えなかった。


「あります」

「会ってみたいと思ったことは?」

「医療情報として、知りたいことはあります」

「医療情報?」

「はい。体質とか、遺伝的な病気とか、精神疾患の傾向とか。そういう情報は、自分の健康管理に関係するので」

「人として会いたい、という気持ちはありませんか」


美緒は、少し困ったように笑った。


「よく分からないです」

「分からない?」

「はい。会っても、何を話せばいいのか分からないので。向こうも困ると思います」


その答え方は、冷たいというより、具体的だった。


「自分を産んだ人、という意識はありますか」

「あります。記録上は」

「記録上は、ですか」

「はい。私に遺伝情報を提供し、出産した人がいる。それは知っています。でも、その人は私を育てた人ではありません。私の生活を知っている人でもないです。だから、その人をどういう存在として考えればいいのか、少し難しいです」


美緒は、指先を軽く組み替えた。


「感謝はあります。出産してくれたことには。でも、感謝していることと、会いたいことは違うと思います」


リポーターは、その言葉を受けて、少しだけ黙った。


「最近、出生児社会養育移行法案によって、社会養育を原則化する議論が進んでいます。佐伯さんは、法案についてどう考えていますか」


美緒は、先ほどよりもはっきり答えた。


「基本的には、賛成です」

「理由は?」

「私が、それで育ったからです」


美緒は、その質問が少し不思議だったのか、小さく笑った。


「少なくとも、私は、自分の生活を不幸だったとは思っていません。教育も受けられましたし、医療もありましたし、進路相談もありました。今の専門課程に進めたのも、早い段階で私の適性を見つけてもらえたからだと思っています」

「もし家庭で育っていたら、違ったと思いますか」

「分かりません」


美緒は、首を横に振った。


「別の人生なので。ただ、社会養育では、私が何に向いていて、何に疲れやすくて、どういう環境だと安定するのか、ずっと記録されていました。家庭でそれと同じことができたかは、分かりません」

「では、今家庭で子供を育てている人たちについては、どう思いますか」


美緒は、少し慎重な表情になった。


「急に変わるのは、大変だと思います」

「大変?」

「はい。私みたいに最初から社会養育だった人間には、親と暮らす生活がどういうものか分かりません。でも、今すでに一緒に暮らしている人にとっては、そこに毎日の生活があると思うので」


彼女は、窓の外を少し見た。


「朝起こすとか、ご飯を作るとか、迎えに行くとか、寝る前に話すとか。そういうものが急になくなるのは、たぶん簡単じゃないです」

「それでも、制度には賛成ですか」

「はい」


美緒は言った。


「でも、移行期の人たちには、ちゃんと時間と支援が必要だと思います。子供にとっても、親にとっても。制度が正しいとしても、生活が急に変わることは、やっぱり大きいので」

「かなり冷静に見ているんですね」


リポーターがそう言うと、美緒は少しだけ笑った。


「昔は、よく家庭で育った年上の人に冷たいと言われました」

「冷たい?」

「はい。親と離れることについて、あまり感情的に話さないからだと思います。でも、冷たいというより、経験がないんです」


彼女は、そこで少し言葉を探した。


「親と暮らしたことがないので、それを失う感覚も分からない。だから、家庭養育で育った人が泣いたり怒ったりしているのを見ると、正直、少し戸惑います。でも、それがその人たちにとって大事なものなんだろうな、とは思います」

「理解はしている?」

「理解しようとはしています」


美緒はそう答えた。


「ただ、同じようには感じられません」


取材スタッフは、最後にこう尋ねた。


「これから生まれてくる子供たちが、原則として社会養育で育つことについて、不安はありませんか」


美緒は、少しだけ考えた。


「制度がちゃんと運営されるなら、ですけど」

「ちゃんと運営されるなら」

「はい。ここみたいに、職員の質とか、施設の透明性とか、子供本人が相談できる仕組みとか、そういうものがちゃんとしているなら、社会養育は悪いものではないと思います。でも、施設の中で何が起きているか外から見えなくなったら、それは家庭と同じか、それより悪くなると思います」


リポーターは、その言葉に反応した。


「家庭と同じか、それより悪くなる?」

「はい。閉じた場所で、子供が大人に逆らえないなら、家庭でも施設でも危ないと思います」


美緒は、はっきりと言った。


「だから、私は社会養育に賛成です。でも、施設を信じろと言われたら、それは違うと思います。信じなくていいように、記録と監査があるべきです」


その言葉のあと、画面は少しだけ彼女の横顔を映した。

窓の外では、湾岸地区の建設機械がゆっくり動いていた。遠くに、建設中の新しい社会養育施設らしき白い建物が見える。

ナレーションが入る。


「ゆりかご支援選択制度によって育った若者たちは、すでに社会の一部となっています。彼らの多くにとって、家庭養育は失われたものではなく、最初から経験していない生活様式です。一方で、社会養育の拡大には、施設運営の透明性や、子供本人の権利救済制度を求める声もあります」


映像の最後に、美緒が学習端末の前へ戻る姿が映った。

彼女は端末に手をかざし、何かの実習記録を開いた。画面には、医療機器の操作手順らしき図が表示される。

リポーターの声が、少し遠くで聞こえた。


「佐伯さん、今日はありがとうございました」


美緒は画面の外に向かって、軽く頭を下げた。


「ありがとうございました」


映像はそこで切れた。


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