32話 対抗心
のの子ちゃんはみんなが見えるようにと一生懸命に鞄を掲げてみせる。
「安心してください! 物資は全部この中に! いえ、五つの鞄に入ってます!」
その場が、一瞬静まり返った。
——あの小さな鞄に?
——マジックバックだとしても、そんな入らないだろ……。
誰一人としてその言葉を信じきれずに、視線はぴょんぴょん跳ねる少女と他の冒険者たちの間を彷徨っていた。
容量の小さなマジックバックですら駆け出しの冒険者が持てるほど安い物ではないとは聞いている。
それ相応に、持っていてもおかしく無さそう風格が求められるとするならば、のの子ちゃんは……まだ傷汚れが少ないレザー装備を着た初心者にしか見えないわね……。
のの子ちゃんは困ったように笑うと、おもむろに鞄へ手を入れた。ガサゴソと音が聞こえてきそうな仕草で、鞄の中から大きな木箱を取り出して地面にトンっと、置く。
それを見て驚く兵士たち。
「ほ、本当に入っていたのか……!」
「こんな大きな物を、あの小さな鞄に……?」
「……信じられん、ってことは、本当に全部マジックバックなのかよ」
一つの鞄から次々と引き出され、並べられていく木箱の山。
前線の隊長は呆然と動きを止めていたけれど、そこは修羅場を任されているだけあって、状況を理解するとすぐに矢継ぎ早の指示を飛ばし始めた。
「補給班!」
「はっ!」
「検品を開始しろ! 荷札と照合が終わり次第、各部門からの要望リストに合わせて送ってやれ! 余りは備蓄庫へ入れておけ!」
「「「はっ!!」」」
兵士たちが一斉に迷いなく動き出す。
「……ぐっ!?」
その直後、勢いよく木箱を持ち上げようとした壮年の兵士が、不自然な体勢のままピキリと固まった。
「お、おい!?」
慌てて近くの若い兵士が駆け寄る。
「ま、まて、触るなっ!」
腰を深く曲げたまま、苦悶の表情で手を出し静止する姿はまさに――ギックリ腰ね。うん、知ってる、見たことあるわ……。
「……あっ」
もしかして。
隣にいるのの子ちゃんが、じわじわと眉を寄せながらこちらを見てくる。
「……覇音ちゃん?」
「実はね、取り出した直後は軽くしてあるのよね」
この運搬用マジックバッグには、中身を取り出してから五秒間だけ重量減を持続させる魔法回路を組み込んでいる。
その方が引っ張り出す時に便利だと思ったのよ。
でも、重さを勘違いして間違った力加減のまま全力で持ち上げるのは……うん、本当に危険よね。
「……」
「い、言い忘れただけよ」
のの子ちゃんは小さく肩を落とし、呆れたような苦笑いを浮かべた。
「それは……先に注意してあげた方がよかったかな」
つ、次は気をつけるわ。
ジト目ののの子ちゃんから逃げるように視線を逸らせば、グレーシアが冒険者たちに指示を出していた。
元気が余っている冒険者たちに協力してもらいながら五つのマジックバックから重たい荷物を取り出していく。
グレーシアは荷の種類毎に置き場を指示し、騎士や兵士たちとの検品をどんどんと進めていく。
さっきほギックリ腰になった兵士は支えながらゆっくりと慌ただしい場所から移動していたので、私とのの子ちゃんもなんとなく気になり一緒に付き添うことにした。
そりゃ、私だって少しは責任も感じている。
ほかにも複数の兵士が集まってきて来た。
「す、すみません隊長……腰を……やっちまいまして」
「おう、見りゃわかる。ここは良いから診療所で診てもらえ」
額に冷や汗を流しながら、その場から動けなくなっている壮年の兵士と労わる隊長。
先ほど建物に駆けて行った仲間が担架を持って帰ってきた。
部隊長は自ら壮年の兵士を支え、担架に乗せる。
担架を二人の兵士が慎重持ち上げ、診療所へと連れて行く。
それを見送るのの子ちゃんが、小さく呟く。
「大丈夫かな……」
私は肩をすくめる。
「安静にしていれば大丈夫でしょう。それでも気になるなら、私たちもついて行きましょうか」
「うん、それならお手伝いできる事ないか聞いてみよっか」
——そこへ。
「診療所まで、ご一緒してもよろしいかしら?」
鈴を転がすような、清澄な声。
兵士たちが自然と道を開ける。
白い修道服に身を包んだ女性が、静かにこちらへと歩み寄ってきていた。
柔らかな金髪は肩口で上品に揺れ、夜の篝火を受けて淡く神秘的に輝いている。澄んだ碧眼はどこまでも穏やかで、その奥に疲労の色を浮かべながらも、私たちへ向けて優しく微笑んでいた。
「いきなりで失礼しましたわ。わたくしはカテリナ。こちらは私の専属騎士、ガーベラよ。よろしくね」
そこらの男だったら一歩も動けそうにないほどに重そうなフルプレートを着込んだ女騎士。ショートカットに切られた紫色した髪と鋭い目つきから彼女の厳格そうな性格が垣間見える。
「宜しく頼む」
短く、彼女が言った。
二人に対してのの子ちゃんも慌てて頭を下げる。
「のの子です! 冒険者してます! よろしくお願いします!」
私は一歩前へ出ると、裾を軽く摘まみ、丁寧に一礼する。
「のの子様の専属侍女、ハノンと申します。よろしくお願いいたします」
お互いに挨拶を終え、聖女カテリナはふわりと微笑んだ。
「では、ご一緒に向かいましょうか」




