31話 夜の街道
街道を挟むように生い茂る森は、魔獣が暗闇に身を潜め、獲物へ忍び寄るには絶好の地形だった。
それでも、魔獣を誘き寄せてしまう事なんて関係ないとばかりに夜の街道を灯しながら駆け抜けていく二台の馬車。
並走しながら護衛する冒険者たち。
——さらに前方ではグレーシアが独走している。
彼女の少し後方では、光属性魔法で生み出された白い光球が街道を照らしている。さらには五感をフル活用して魔物の気配を探り、進路を確保している。
もし魔獣が姿を表せばその場で排除するか、自ら囮となって馬車から引き離す、誰よりも危険な役目だった。
夜の街道をこれほどの速度で駆け抜けられるのは、先導するグレーシアがいてこそだった。
「このままの速度をもうしばらくは維持出来ます!」
御者席で手綱を握る兵士が声を張る。
「ええ、お願い!」
先を行くグレーシアが短く答える。
冒険者たちは馬車の周囲を固め、それぞれが《ライト》やマジックアイテムを使い周囲を照らしている。残りは不測の事態に対応出来るよう馬車の中で待機している。
私も一応はまだ初心者枠なので足を引っ張らない様にと、のの子ちゃんと一緒に先頭を走る馬車の中にいる。
それにしても、荷が軽くなったおかげで馬の足は驚くほど軽かった。
本来なら四台すべてに満載しても載せきれないほどの物資は、今やたった五つの鞄へ収まっている。おかげで荷台には、私たちも含めて四人が座ってもまだ十分な余裕があった。
私の向かいでは、のの子ちゃんが外をじっと見つめていた。
初めて向かう本当の戦場。
怖くないはずは……ない。
「緊張してる?」
「……はい」
小さく頷く。
「でも、大丈夫です」
ぎゅっと膝の上で剣を抱え直し、真っ直ぐ前を見据えた。
「みんなが待ってるんですよね」
「……ええ。私たちが運ぶ物資を待ってるわ」
「絶対に、届けます!」
あの頃なら、不安で泣き出していたかもしれない。
少しずつ勇者らしく成長している。
その姿は誇らしい。
……だけど同時に、胸が少しだけ痛んだ。
本当なら、この子はこんな血生臭い場所に来るはずじゃなかったのだ。
平和な日常を理不尽に奪われ、勇者という重い役目を背負わされてしまった少女。
だから私は――この子が誰にも負けない本物の『勇者』になれるその日まで、隣で支える『侍女』でいよう。
そう決意しつつも、私は周りにバレないよう、馬車の隙間から邪魔になりそうな魔獣をサクサクと間引いていく。
遠隔で飛ばしているナイフで、文字通りサクッと始末していくのだ。
それでも前線に近づくにつれ、次第に魔獣の密度が濃くなっていく。
何度も護衛を交代しながらも、長い時間走り続けた。
そしてついに鬱蒼とした森を抜け――視界が開けた先、闇の向こうにいくつもの燃え盛る篝火が見え始めた。
「あ、あれです! あと少しです!」
騎士の声に全員が湧き上がる。
そこは切り立った岩壁の麓。峡谷の入口を塞ぐように、無骨な防壁が築かれていた。
その上では、夜だというのに人影が慌ただしく動き回っていた。
「補給部隊だ!! 背後に魔獣が張り付いているぞ! 援護しろ!!」
馬車につけられた軍旗を見つけたのだろう、防壁の上から誰かの叫び声が響いた。
その声を合図に、警護の兵士たちが門の上から一斉に援護射撃の矢や魔法を放つ。馬車の後方で爆炎が炸裂し、しぶとく追ってきた狼系魔獣の群れを剥がしていく。
ギギギィーと門が開かれ、馬車はそのままの速度で門をくぐり抜ける。
ガタガタと激しく揺れていた馬車が、ようやく止まる。
その瞬間、限界まで張り詰めていた全体の空気が、一気に抜けた。
魔獣からの攻勢が激化し、辺り一面の魔獣を引き寄せてしまっていた。
最後は全員で迎え撃ちながら馬を走らせるしかなかった。全方位から迫る魔獣を斬り伏せ、魔法で吹き飛ばし、それでも止まらず前へ進む。
まさに命がけの強行突破だった。
やっとの思いで走り切った冒険者たちが、次々と地面に座り込んで荒い息を吐き出す。
「急げ! 荷降ろしだ!」
兵士たちが荷台へ駆け寄る。
そして──
「……え?」
荷台を覗き込んだ兵士の一人が、そのまま固まった。
「空荷の馬車……二台……?」
「そんな馬鹿な」
別の兵士も顔をしかめながら荷台を覗き込む。
「砦からの連絡じゃ、馬車が四台のはずだぞ!」
「途中で襲われて、荷を捨ててきたのか……!?」
みるみるうちに周囲がざわつき始める。
補給を、命綱を待ち望んでいた兵士たちの表情が、絶望に曇っていく。
その混沌とした様子を見ていた、白い修道服を着た女性が、悲しげに小さく目を伏せた。
「……そうですか」
柔らかな金色の髪を揺らしながら、彼女は静かに、けれど凛とした声で呟く。
「途中で、激しい被害に遭われたのですね」
――多分、あの人が聖女ね。
その隣に立つ女騎士も険しい表情で荷台を見つめていた。
重苦しい絶望が支配する中、グレーシアはいつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「ノノコ、鞄を出して」
「はい!」
待ってましたとばかりに、のの子ちゃんが荷台にしっかりと縛りつけていた革製の鞄を取り外し、周りを取り囲む兵士たちの前へと掲げてみせる。
「安心してください! 物資はぜんぶ、この中に入れて持ってきました!」
その場が、一瞬静まり返った。




