30話 聖女を訪ねて
——もう間もなく聖女様が戻ります。
そう言われてから、どれほど時間が経ったのかしら。
私たちが居るここは、第四騎士団本部の一階にある応接室だった。
とは言え、廊下からは時折、鎧の擦れる音や兵士たちの慌ただしい足音が聞こえてくる。
手持ち無沙汰だったので、私は侍女らしく、のの子ちゃんとグレーシアに紅茶を振る舞ったりして時間を潰していた。
けど……流石に飽きてきたわね。
部屋の窓から外を覗けば、夜空には色鮮やかな星が煌めき、砦を照らしている。
むぅ……遅い。
いくら何でも遅すぎないかしら。
「何かあったんでしょうか……」
「まさか忘れられてたりして」
ふふふと笑いながら言うグレーシアにそんな馬鹿なと内心でツッコミを入れたものの、口に出して否定が出来なかった。
そんな……まさかね?
交代部隊が戻るだけなら、とっくに到着していてもおかしくない時間でしょうに。
身元のはっきりしない私たちの調査でもしているのか……もしくは、聖女……いえ、前線で何かあったのかしら。
そんな嫌な胸騒ぎを覚えた、その時だった。
コンコン、と扉が叩かれる。
「失礼します!」
返事を待つことなく扉が開き、案内してくれた若い騎士が飛び込んできた。
額には汗を滲ませ、肩で息をしている。
「も、申し訳ありません! 前線の状況が予想以上に悪化し、聖女様は前哨拠点から戻っていないとの事です!」
「戻っていない……?」
のの子ちゃんの顔から血の気が引くのが見える。
「それに……!」
騎士は言葉を続けようとした、その瞬間。
「頼むっ!!」
開いた扉の向こうから、悲鳴にも似た叫び声が響いた。
「お願いだ!!」
騎士はハッと振り返る。
私たちは顔を見合わせ、そのまま応接室を飛び出した。
廊下を抜けると、その先は騎士団本部の広いロビーだった。
昼間は受付や待合として使われている場所なのだろう。
けれど、今は違う。
武装した騎士が走り回り、何か支度をしているようだった。
ロビーを挟んで反対側、私たちの視線の先にある裏口は大きく開かれ、その向こうには数台の荷馬車が並んでいる。そこで騎士や兵士たちが、必死の形相で木箱を積み込んでいる最中だった。
そのロビーの受付カウンターの前には、十数人ほどの冒険者が集められている。
彼らの前に立ち、拳を握り締めたまま深く頭を下げているのは、三十代そこそこの騎士だった。
「頼む! 力を貸してくれ! 前線じゃ物資が底をつきかけてるんだ! 夜明けには敵が総攻撃を仕掛けてくる可能性が高い! 今夜中に届けなきゃ……明日じゃ……遅いんだ……っ!」
声が震えていた。
仲間を助けたい。その一心だけで、彼はプライドもかなぐり捨てて頭を下げ続けている。
けれど、対する冒険者たちもまた、苦しそうな表情を浮かべていた。
「無茶を言うんじゃねぇ!」
一人の壮年の冒険者が拳を振り上げ反論する。
「人数が足りてねぇんだ! 夜の街道がどれだけ危険か分かってんのか!?」
別の冒険者も続ける。
「馬車四台も引いて夜道を走ったら、魔物の格好の餌食なんだよ! 前線へ着く前に物資ごと全滅しちゃ意味ねぇだろうが!」
「俺たちだって行けるもんなら行きたいんだよ!」
「助けたい気持ちはあるんだ!」
口々に叫ぶ冒険者たち。
誰も怒ってはいない。誰も見殺しにしたいわけでもない。
ただ、冒険者として守るべき最低限のルールがあり、勝ち目のない依頼を受けることは蛮勇でしか無いのだ。
本来、夜間の護送任務など組まない。
だから昼のうちに護衛を募集したようだった。
ただ……それでも人数が集まらなかった。
夜になった今、それ以上人が増えることもないわね。
誰も悪くない。
だからこそ、どうにもならない。
その光景を見つめていたグレーシアが、小さく私へ目配せした。
「ハノン」
「はい?」
「例の鞄……何個まで出せる?」
ああ。
そういうことね。
「そうね……私のお古で良ければ五個くらいなら貸し出せますよ」
私の答えを聞いたグレーシアが、ふっと笑う。
そしてグレーシアは騎士と冒険者たちの間へ、堂々たる足取りで歩み出た。
「その依頼、私たちも参加していいかしら」
静かな一言だった。
それだけで、その場が静まり返る。
「グ、グレーシアさん!?」
声を上げたのは、冒険者たちの傍らで胃を押さえながら依頼を取りまとめていた、現地のギルド職員だった。
「で、でも! それでも人数が――」
「ええ。ギルド職員として、貴方の判断は正しいわ」
グレーシアは優しく頷く。
「だからこそ、適正な人数になるように揃えましょう」
そして私に振り返る。
「ハノン」
「はいはい」
私は腰に下げているマジックバッグから鞄を一つ取り出す。
取り出したのは、使い込まれた革製の鞄。
さらにマジックバッグから、魔石と魔石ホルダーを三つずつ取り出す。ホルダーに魔石をはめ込み、ホルダー三つを直列に接続する。
カチッ、カチッ……カチャ。
最後にマジックバッグから伸びているコネクタ部に接続すると、鞄の縫い糸が発光し、鞄の内側に組み込まれた魔力回路が淡く輝く。空間魔法が発動すると同時に発光も止まった。
「……うん、問題なしね」
続いて二つ目。
あとは流れ作業なのでサクサク組み立てていき、お手製マジックバッグを受付カウンターへ並べていく。
その全てに直列式魔石ホルダーが接続されている。
五個全てが大容量マジックバッグ。
全て並べ終えた頃には、その場にいた誰もが何も言えずに息を呑んでいた。
「この鞄に物資を全て詰め込みましょう」
私はさも当たり前のように言うと、グレーシアが横でじとっと見てくる。
……いや、私は悪くないわよ?
もう私からは何もないと察してくれたグレーシアは説明を引き継いでくれた。
「馬車は二台で行くわよ。荷が減る分、人も交代で乗れるわ。それなら今の人数でも護衛比率は守れるわよね?」
「はい! 依頼内容に問題ありませんっ!」
ギルド職員のその一言で、依頼は正式に受理された。
冒険者たちは互いの顔を見合わせる。
さっきまで騎士と言い合っていた一人の男が呟いた。
「おう……俺たちならすぐにでも行けるぞ」
もう一人も力強く頷く。
「そうだな、二台に減ったなら問題なんてねぇ、任せてくれや」
グレーシアが若い騎士へ向き直った。
「そう言うことだから、もう馬車へ移動してもいいかしら? 全員で積み替えれば多少は早く出れるわ」
「は、はい!!」
「おっしゃ、やるぞ!」
騎士は涙を拭い後を追う。
周りで様子を見ていた他の騎士たちも、つられるように一斉に物資の積み替えのために裏口へと向かった。
停滞していた時間が今、猛烈な勢いで動き始めた




