29話 葛藤
砦へ到着した頃には、太陽は傾き、次第に暗くなってきている。
砦が見えてからは、馬車に揺られながら他愛もない話で盛り上がっていた。
私とのの子ちゃん、グレーシア。
そして、ここまで護衛してくれた四つ風の四人――ランレイ、ガードン、ラッツェ、ファラリス。
みんなのおかげで危険もなく、安全な旅を続けられたと言って良いぐらいね。
元々ラーゼトから四つ風への依頼は、一週間、新米冒険者であるのの子ちゃんの面倒を見る事だった。
期限は過ぎたものの私たちの予定に付き合い、ここまで一緒に来てくれたのはみんなからの親切心だった。
けれど、それもここまで。
短かったけれど、楽しい旅だった。
グレーシアがいつの間にか用意していた書類をランレイに手渡ししている。
「聖都のギルドに提出する終了証明書と一緒に、私の書簡を渡してください。超過した分はギルドから支払われます。……お疲れ様でした」
「おう! お疲れ様! 楽しい旅だったぜ!」
「みなさん、本当にありがとうございました! 分からないことだらけの私に色々教えてくれて……その、嬉しかったです」
「良いってことですわ、私ものの子ちゃんと一緒に旅が出来て楽しかったですもの」
みんな口々にお礼を言い合い、ファラリスにいたってはのの子ちゃんの頭を撫でながら別れを惜しんでいる。
私まで柄にもなく、別れを惜しんでしまうなんてね。
良い出会いには、良い別れがお似合いね。
だから、またいつか笑って会える日を楽しみにしているわ。
四つ風と別れを済ませた私たちは、若い神官の案内で詰所へと向かった。そこから先は、詰所の兵士が私たちを聖女の元へ案内してくれる手はずになっている。
私たちは神官へお礼を言って別れ、兵士に続いて砦の内部へと足を踏み入れた。
石造りの砦の中は……想像していたより遥かに広かった。
兵舎や鍛冶場、倉庫に宿屋まで並び、そこには兵士だけでなく商人や職人の姿もある。
砦というより、小さな城塞都市みたい。
「すごい……。ここって、こんなにたくさん人が住んでるんですね」
のの子ちゃんがキョロキョロと辺りを見回しながら目に付くも一つ一つを観察していた。
「ええ。この砦だけでも四千人ぐらいが暮らしていますから」
案内役の兵士は慣れた様子で答えた。砦の中には第四騎士団を中心に、神官騎士や補給部隊、鍛冶師や商人が集まり、さらにはその家族も暮らして砦の生活を支えているらしい。
「ここには美味しいパン屋だってあるんですよ」と兵士は誇らしげに笑い、そのまま中心部にある大きな教会へと目を向けた。
「それにね、他とは違ってここは治療が手厚いんです。生きてさえいれば……ここで神官様や聖女様が診てくれますからね」
そう言った彼の笑みには、僅かに暗い陰が混ざっていた。
私たちは、砦の中でも一際大きく頑丈そうな建物へと案内され、その中の一室へ通された。
兵士が申し訳なさそうに頭を掻く。
「すみません。もう間もなく前線の部隊が交代で戻ってきます。その中に聖女様もいらっしゃるはずですので、こちらでお待ちください」
「分かりました、ご迷惑でなければこちらで待たせて頂きます」
さすがギルド職員、グレーシアが手際よく話を合わせてくれる。
それにしても……やっぱり厳しい状況なのかもしれないわね。砦全体が、肌を刺すようなピリピリとした緊張感をまとっているわ。
すると兵士は、少し言いにくそうにこちらを見た。
「あの……本当は詮索しちゃいけないんでしょうけど……やっぱり聖女様にご用事があるってことは、王都で勇者様が召喚された事と……関係ありますか?」
のの子ちゃんは驚いたように首を傾げる。
「そうですけど……どうして分かったんですか?」
「いえ、正式な発表はありません。ただ……噂くらいは、ね」
兵士は力なく苦笑いを浮かべた。
「上の方々が、『勇者が迎えに来る』って話しているのを聞いた者がいて。それが一気に広まったんです」
なるほど。
こういう噂は一度流れれば一瞬だものね。それも、前線の死活問題に関わるような悪い噂なら尚更だわ。
兵士は一度だけ前線の方角――魔族領へと続く窓の外へ視線を向け、小さく息を吐いた。
「……いや、仕方ないって分かってるんですよ。魔王を倒す為に、勇者様が聖女様と共に旅に出る。子供だって勇者の絵本を読んで知っています」
彼は俯き、拳を震わせ始めた。その姿に、私たちは誰も声をかけることができずにいた。
「ですが……今、聖女様がここを離れたら、残された俺たちはどうなりますか? 治療も受けられず、次々に死んでいくかもしれない。……それでも戦い続けるしかないんです。祖国のため。ここにいる家族のために」
兵士は溢れ出しそうな悲痛な感情を無理に押し殺すように、ぎこちなく笑った。その顔があまりにも痛々しくて、見ていられなかった。
「すみません。こんなこと、皆さんに言う話じゃありませんでした。忘れてください。本当にすみません……」
そう言い残して、兵士は部屋を後にした。
パタン、と扉が閉まり、部屋には重たい沈黙だけが残った。
グレーシアは何も言わず、静かに閉まった扉を見つめていた。
のの子ちゃんは、さっきまでの柔らかな表情を消し、膝の上でぎゅっと拳を握り締めている。
あの兵士の言葉を、自分なりに受け止めようとしているのね。
勇者になれば、きっとこれから何度も、こういう『答えのない選択』を迫られることになる。
勇者は仲間を集め、魔王を倒す。
聖女は勇者と共に旅に出る。
それはお決まりの物語だし、きっと間違っていると言う人はいない。
だけど、聖女が居なくなっても、ここで血を流して戦い続ける人たちは確かに存在するのよ。
全部を等しく救うなんて、簡単に出来ることじゃない。
だからこそ厄介なのよね。
だけどね。
私は今も昔も、誰かを切り捨てるような犠牲なんて絶対に容認しない。
私は――私が納得できるハッピーエンドを見つけるわ。
それじゃ、本来の目的を果たさないとね。
のの子ちゃんの笑顔を守って、聖女様をみんなが笑って送り出せるような未来の為に、頑張りましょうか。




