28話 聖都へ
王都を出発してから一週間。
今回の移動は、ロアンさんへ頼もうとしたが、時すでに遅し。どうやら一足先に王都を出発してしまったらしい。
そういう訳で私たちは、聖都へ向かう商団の護衛依頼を受け、街道を北へ進むことになった。
人数は商人や護衛を合わせて五十人以上。
ここまでの大所帯ともなれば、流石に山賊も手を出そうとは思わないらしい。魔物も人の多さを警戒して近寄って来ない。
おかげで道中は拍子抜けするほど平和だった。
護衛としては理想的。
けれど、のの子ちゃんの訓練相手が居ないという意味では少し残念ね。
なので、移動中も空いた時間は、ひたすら魔力操作の特訓を続けさせた。
私の秘密を打ち明けた以上、遠慮せずにのの子ちゃんを鍛えようと思う。
私が思う強くなるための基本は単純。
まずは体を鍛えること。
次に魔力を思い通り操れるようになること。
そして最後が実戦。
まだ基礎が出来上がっていないのの子ちゃんは、まず魔力を自由自在に扱えるようになるのが最優先だった。
移動中は体内の魔力操作に集中し、休憩で馬車が停まれば、今度は馬車の脇で両手を繋ぐ。
最初こそ社交ダンスのような訓練だった。けれど、魔力を強制的に流し込み始めた途端、それは社交ダンスとは程遠い、曲芸じみた訓練へと変わる。
くるくると回りながらステップを踏み、体の動きに緩急をつけながら魔力を暴れさせる。
気付けばのの子ちゃんを振り回し、のの子ちゃんは悲鳴を上げながら必死に魔力を制御していた。
傍から見れば訓練ではなく、狂乱の宴だったかもしれない。
見ていた商人たちは最初こそ面白がって手拍子を送ってくれていたものの、次第にその数は減り、最後まで見届けてくれた人は一人もいなかった。
それでも、この様子を見ていた四つ風のみんなは興味を持ち始め、質問をしてくるようになった。
……こうして始まったのが、覇音式ブートキャンプ。
体と魔力を極限まで追い込み、最後は気合いで乗り切る。実に理不尽で実践的な訓練法。
その日から野営の度に即席のブートキャンプが開かれ、最後には商団の護衛たちまで混ざっていた。
「姉御! 死ぬ! 死んじまいます!
「大丈夫! まだ生きてるわ!」
「「その理論おかしいですってぇぇぇ!」」
負けじと声を張り上げながら、一人一人へ指導をしている自分がいた。
参加者の悲鳴とは裏腹に、その効果は折り紙付きだった。
文句を言いながらも、翌日には全員参加していたのだから。
笑い声と悲鳴の入り混じる旅路を経て、私たちはようやく目的地——白い城壁に囲まれた巨大な都市へと辿り着く。
「見えてきました。あれが聖都ラナティッヒです」
グレーシアさんが窓の外を指差す。
白亜の神殿を中心に広がる街並みは、どこか神秘的な雰囲気を纏っていた。
……懐かしいわね。
思わず小さく呟く。
三百年前。
勇者ナツや聖女リピリルと共に何度か訪れた場所。王都と違って、ここには見覚えがある。
石畳も、神殿と対をなす鐘楼も、細かな違いはあれど大きくは変わっていない。
まだ残ってたのね。
「ハノンちゃん?」
「何でもないわ」
のの子ちゃんが不思議そうに首を傾げる。
さて、過去を思い出すのは後にしましょう。
まずは聖女と合流しないとね。
私たちは馬車を降り、そのまま神殿へと向かった。
だが、そこで出迎えた神官は申し訳なさそうに頭を下げる。
「勇者様。申し訳ありません」
「聖女様はいらっしゃらないのですか?」
のの子ちゃんが先頭に立って説明を受けている。
「はい。現在、砦から前線の支援を行っています」
「砦……ですか?」
「聖都から北へ、馬車で半日、徒歩だと二日ほどの場所にございます。現在は魔族の軍と交戦する最前線を支える為の、重要な中継拠点となっております」
なるほど。
聖女自ら前線へ出ているくらい、戦況は芳しくないのかもしれない。
「物資を送る馬車がもう間も無く出る予定です。護衛用の馬車も出ますので、一緒に前線へ行っていただけないでしょうか」
「分かりました。案内をお願いします」
こうして私たちは休む間もなく、再び街道を北へ向かう事になった。
聖都から北へ向かうと、街道を行き交う人影も先ほどとは変わっていた。
砦から戻ってきたであろう荷馬車には包帯を巻いた複数の兵士が座り込んでいる。
戦争。
その二文字が嫌でも頭に浮かぶ。
「毎日……その、戦っているんですか?」
のの子ちゃんは一緒に同乗している神官に尋ねる。
「いえ」
若い神官は首を横へ振った。
「基本は互いに偵察隊を出し合い牽制し、相手の動きを探ります。攻め込んでくると判断すれば迎撃の布陣を敷きます。そうすると、こちらが動いた事を確認して引き下がりますね。逆に静かな日はお互いに睨み合いだけで終わる事もあります」
「今日は?」
「数日前から敵の偵察が増えたと聞いておりましたので、もしかしたら……」
神官の表情が少しだけ険しくなる。
「恐らく近いうちに動きがあります」
だから聖女も前線へ出張っている、そういう事ね。
さらに歩みを進める。
しばらくすると、街道の景色が変わり始めた。
崩れた石畳。
草に埋もれた道標。
朽ち果てた瓦礫の跡。
「……あ」
思わず足を止める。薄らと見覚えがある気がする。
昔、旅人や商人で賑わっていた宿場町。
もしかしたらここじゃないのかもしれない。
それぐらい原型をとどめていなかった。
「ハノンちゃん?」
「昔はね」
静かに呟く。
「この街道、人族だけじゃなく魔族も普通に歩いていたのよ」
「えっ?」
のの子ちゃんだけでなく、グレーシアさんも驚いた表情を浮かべた。
「魔族と……ですか?」
「ええ。魔王を倒した後は和平が結ばれてね。商人も旅人も、この道を行き来していたわ」
それが今では、防壁と見張り台が並ぶ戦場。時代が変われば、景色も変わるものね。少しだけ寂しくなった。
そのまま視線を前へ向ける。
遠くの丘の向こうには、石造りの巨大な砦が見え始めていた。
「見えてきました! あれが我らの砦です」
――さて、今代の聖女はどんな子なのかしら。




