3話 庭園
午後。
のの子ちゃんの休憩時間に合わせ、給仕の練習をすることになった私たちは城の庭園へとやって来ていた。
白い石のテーブルにのの子ちゃんが座り、私はその横で給仕の練習。そしてすぐ隣の位置で、エレナ様から指導を受けている
「カップは少し右から置いてください。そうです、動きはゆっくり」
私は言われた通りにカップを置く。
優雅に見えるように。そして視界に入れても不快にならないよう、流れるような動作を意識して体を動かしていく。王族に仕える侍女ともなると、些細な失態が致命的になりかねない。
もちろん――命に関わる、という意味で。
そんなデンジャラスな場所で働く以上、侍女の入れ替わりはそこそこあるらしい。
そんな職場の中でエレナさんは、一人でも不幸な少女を出さないために、徹底して指導を行っている鬼教官である。
うーん、思っていたより難しい。つま先から頭のヘッドドレスの動きまで把握し、体幹や重心移動に気を配る。いつのまにか私は武術を習っていたんだろうか。
なんとなくでの感覚は分かるけど、その感覚を技術として体得したかと聞かれると程遠い。
まぁ、最初よりかはそれなりに見られるようにはなってきたと思う。
「お待たせしました、どうぞお召し上がりください」
のの子ちゃんがカップを両手で持ち上げ、こちらを見てお礼を言い、ふわりと微笑む。
その仕草に、少しだけキュンとしてしまった。庇護欲が暴れ出さないように自制しないと。
ふぅふぅーっと息を吹きかけ、満足したのか口を付けた。
「美味しいです!」
自分のためにしか淹れたことがなかったけど……自分の淹れた紅茶を飲んで、美味しいと喜んでもらえるのも悪くはないわね。
「お気に召したようで良かったわ」
そう、安心したのも束の間。
ちびちびと飲んでいた口をカップから離し、深いため息を吐いたのの子ちゃんは、少し肩をすくめた。どうやら落ち込んでいる様子だった。
何かあったのかしら。
「大丈夫?」
「その……今日からさっそく体動かす訓練があって……ちょっと疲れちゃいました」
「どんな訓練だったのかしら?」
「私、剣術のギフトがあるみたいで……剣の使い方とか、振り方を教えてもらってるんです」
「あら、さっそく勇者らしいことをさせられてるのね」
そう言うと、のの子ちゃんは少し困ったように視線を落とした。
「でも……ちょっと怖くて……モンスターと戦えるか、不安なんです」
小さく呟く。
その言葉に、私は肩をすくめた。
「大丈夫よ、女神様が選んだ勇者ですもの。その時が来れば、きっと体が動くんじゃないかしら」
のの子ちゃんは少し驚いたようにこちらを見る。
「……そうでしょうか?」
「ええ」
安心させる為、軽く笑う。
「人って、案外そんなものよ」
その時だった。
「少しいいかな」
不意に背後から声がした。
振り返ると、庭園の小道から一人の少年が歩いてくる。
年の頃は十六ほど。
柔らかい金髪に整った顔立ち。軽装ながらも王族や貴族が着ていそうな服を着ている。
身長は……私の方が大きいわね。
少年は私たちの前で立ち止まり、軽く一礼した。
「お初にお目にかかります、勇者様」
穏やかな笑顔を浮かべる。
「第二王子のセレベスターです。親しい人は皆、シルと呼んでいます。是非、シルと呼んでください」
のの子ちゃんが慌てて立ち上がる。
「は、はじめまして!秋来のの子です。よろしくお願いします。し、セレベスター……さま?」
少し戸惑いながら続ける。
少年――セレベスターは少し残念そうに笑った。
「うん、よろしくね。可愛い勇者様」
そして、ふと私の方を見る。
「それにしても」
少し首を傾げる。
「そこの侍女、初めて見るね」
じっと私を凝視する。この王子は侍女全員覚えてるのかしら?
「これほどまでに綺麗な赤い髪、忘れる事はないと思うのだけど……ね」
その言葉に、のの子ちゃんが勢いよく頷いた。
「わ、わたしも思いました!」
ぱっと私を見る。
「覇音さんの髪、とっても綺麗です! でも、日本人ですよね? 染めているんでしょうか」
「染めてはないわ、こちらに来たら自然と変わっていたよ。日本ではのの子ちゃんと一緒で真っ黒だったわ」
そう言ってセレベスターを見ると驚いた顔をしていた。
「あの……なにかしら?」
「そなたの名は……はのん……と言うのか?」
そう言って手を組み考え込んでしまった。
エレナさんが一歩前へ出た。
「セレベスター様」
静かに一礼する。
「こちらは矢櫃覇音様でございます。秋来のの子様と同様に召喚されたお一人です。現在は、訳あって侍女見習いとして訓練を受けておられます」
「ほう……そなたも異世界から、か。どこかで聞いた名前だと思ったら……初代魔王を討伐した魔女も、その名だったはず。その魔女もそれはとても綺麗な赤い髪だったと文献が残っているのだが、他人の空似かな?」
そう言って、私の反応を見るように見つめてくる。
「あら、それはとても面白い偶然ですわね。でも違いますわ」
ポーカーフェイスで受け流す。こんなところでバレてたまるもんですか。
「そうか、残念だ。一度でいいから会って話してみたかった」
「その魔女様はどんな方なんですか?」
のの子ちゃんは本当に残念そうにしているセレベスターに尋ねた。
セレベスターはキザったらしく、少しだけ視線を遠くに向ける。
「今より三百年以上前の話だ。記録は少ないが、強く、そして気高い女性だったと伝えられている。当時は今よりもモンスターが多く、人はただ生きるだけで精一杯の時代だったからな」
……あぁ、そんな時代だったわね。
「神託により、勇者と魔導師が召喚され、当代の聖女様と共に長き戦いの末、魔王は討伐されたとされている」
――懐かしい話ね。
胸の奥がほんの少しだけチクリとする。
「だが、この頃の記録はほとんど残っていない」
もったいぶるように一拍置く。
「なぜなら――」
声のトーンが落ちる。
「100年後に再び、魔王が現れたからだ」
セレベスターの空気が変わる。なかなか話し上手な人なのね。
「窮地に陥った人類は、再び勇者を召喚した。だが……この時の魔王を、消滅させることはできなかった」
わずかに視線を落とす。
「当時の勇者と、初代勇者と聖女の末裔が、何とか封印することには成功したのだが……二百年の時を経て、その封印は綻び……一年前に解けてしまった」
そして、のの子ちゃんへと視線を向ける。
「世界を魔王の脅威から救って欲しい――」
穏やかに、しかし真っ直ぐに見つめる。
「のの子様。貴女が、我らの希望なのです」
のの子ちゃんは視線を泳がせながら返答に困ってしまう。そんなヤバそうな敵だとは思ってなかったとしてもしょうがない。
この世界は、何度魔王と戦えば気が済むのかしらね。
まぁいいわ……。
初代魔王より弱ければ問題ない。
今の、のの子ちゃんが戦えば負ける可能性が高い。私一人ならコマ切れにして瀕死まで追い込む事は出来るかもしれないけど、滅ぼす事は出来ない。魔王を滅ぼす為には勇者のギフトが必要だなんて、何て陳腐なストーリーなのかしら。あのク⚪︎女神の趣味が窺い知れるわ。
それにセレベスターってやつ、胡散臭い。
死ぬかもしれないのに、助けてくれだなんてよく言えるわね。
勇者だからって不死身じゃない。というか、今のままならほぼ死ぬわ。
ちらりと、隣を見る。
こんな小さな子を見殺し……は出来るわけない。
私が守る。
侍女としてだけど、ね。




