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2話 私、侍女になります

 案内された客間は思っていたよりおしゃれで、ちゃんとお客様扱いしてくれているようで良かった。

 大きなカーテンを開けるとガラス張りの扉の向こうには、小さなテラスが広がっていた。

 夜風を求めて外へ出ると――真っ暗なキャンバスに散りばめられた色とりどりの星が輝いていた。

 青、緑、紫、赤、黄など、地球では見られない星の色だ。

 何で色が違うのか考えた事はあったけど、結局分からず。魔術師ギルドでは星それぞれに属性があり、その属性色に光っていると提唱していたけど……宇宙に行ける訳もなく、実証なんてできそうになかった。


 夜風に揺れた前髪が、ふと視界に入る。

 ……やっぱり赤いわね。

 指先で一房つまむ。

 日本に戻った時は黒髪だったはずだけど。

 まぁいいか。魔力が戻ってる証拠だもの。


 静かに自分の体へ隠蔽の魔法を掛け、周りから見えなくする。

 ふふ、なんか悪いことしてるみたい。

 

 「よっと……」


 階段を上がるように右足を上げ、足元に魔力で作った板に乗る。同じように左足も。トントントンっと軽快に登っていき――あっという間に城の遥か上空へと辿り着いた。


「綺麗だなぁー! 見上げれば満天の星空! 下を見れば城下町の光の絨毯……絶景だねぇ」


 一人っきりなのを良いことに、つい両手を上げ、大声で叫んでしまった。昔も疲れた時は一人、こうやって夜空を散歩するのが最高の息抜きだった。

 うーん、ちょっとここの王族や貴族は好きになれそうにないけど、こんなにも綺麗な景色に免じて、今は大人しくしといてあげようかな。

 それに、のの子ちゃんも心配だし。明日から大丈夫かしら。今の魔王がどれぐらい強いのかも気になるし、私の家も見にいきたい。


 というか、ここは何処?

 雲よりも低い位置まで上がってきたとはいえ、遠くまで見渡したところで、やっぱり景色に見覚えがない。

 そもそも私が送り返されてからどれぐらい経ってるのか。そこらへんも調べないとね。城で調べ物させて貰えないか聞いてみよっかな。


「そろそろ戻るかにゃー」

 充分に美味しい夜の空気を堪能した私は――体の力を抜き、そのまま前へと身を投げ、重力に引かれるままに落ちた。

 迫り来る光の粒、次第に鮮明になる人の輪郭。風を切り、髪を(なび)かせる。

 

 ……最高に気持ちいぃ。

 

 長いようで一瞬の開放感を惜しみながら飛翔魔法で減速し、テラスに着地した。


 気分もいいし、今日はこのまま寝ようかしら。体に《浄化》の魔法をかけ、体を綺麗にした。用意されていたネグリジェに着替えてふかふかなベッドに潜り込むように入る。

 地球でも《洗浄》が使えたら毎日お風呂入らなくて良かったのに……。


 

 そして、気づいたらベッドの上で丸くなりながら朝を迎えた。


 軽い。体が驚くほど軽い。肩凝りや腰の痺れ、気怠さもない。久しぶりの清々しい朝をだった。


 ゆっくりと息を吸い、静かに吐き出す。改めて上を見上げると見慣れない装飾。高級そうな天蓋が付いたキングサイズのベッド。


 異世界。王城の一室。

 昨日の出来事を思い返しながら、口元が緩む。


「……夢じゃなかった」


 ベッドから起き上がり、体内に意識を向ける。魔力の流れを確認するように、濃度を少しずつ上げていく。

 魔力循環の出力を上げ、相対するように体内へと押し込める圧力も増やしていく。どんどん圧縮され濃密な魔力が蓄えられていった。

 

 馴染みが良い。

 私の中の魔力が満たされている。それも、以前よりも扱いやすくなっていた。駄女神様からのリピーター特典、ちゃんといい仕事してるじゃない。

 

 ノックの音が響いた。

 わずかに零れる魔力をそっと体内に押し込める。

 

「どうぞ」

「失礼いたします」

 扉が静かに開き、数名の侍女が入ってくる。整った所作、無駄のない動き。さすが王城のメイドさん。


「おはようございます。朝食のご用意が整っております。勇者様も先ほどお目覚めでございます」

 おはようございます、と静かに返す。

 のの子ちゃんも起きているのね。


 少しだけ安心しつつ、頷く。


「分かりました。すぐに向かいます」

「お召し替えをお手伝いいたします」

「あら……じゃあ、お願いします」


 さすがにここに来たままのくたびれたスウェット姿はまずいか。素直にスウェットを脱ぎ、侍女が持ってきてくれた白いブラウスと紺色のスカートに着替える。シンプルだが質の良い布地。動きやすくてもう二着ぐらい欲しい。


 鏡で見た私はファンタジー世界の住人そのものに見えた。なかなか良い感じじゃないかしら。似合ってるわ私。

 一般市民にしか見えないわね。

 それに、今回は目立つ気はない。もう余計な責任なんて背負わない。私は私のやりたいように生きる。ただ、それでも――のの子ちゃん一人に全てを押し付けるつもりも無い。

 魔王を倒せるのは勇者だけ。どれだけ強くなっても、私の一撃を届かない。前世で嫌というほど思い知った。


 なので、私が自由にスローライフを送る為にも、勇者であるのの子ちゃんの側に居ながら魔王を倒してもらう必要がある。あとはどういう立場で関わるかだけど、どうしようかしら。

 

 考えがまとまらないまま扉へと向かう。


 廊下に出ると、朝の光が差し込んでいた。磨き上げられた装飾に反射する淡い光。スマホがあれば写真を何枚も撮りたくなるほど、綺麗だった。


 改めて見ると本当に綺麗な城だ。天井は高く、柱には細かな彫刻が施されている。歩くだけでちょっとした観光気分になる。


「こちらでございます」

 

 先導していた侍女が静かに声をかける。

 長い廊下をいくつか曲がり、階段を降りる。城の中は思ったより人の気配があった。侍女や兵士、文官らしき人達が忙しそうに行き交っている。


 その中を、私はただの客人として歩いていく。

 やがて大きな両開きの扉の前で侍女が立ち止まった。


「勇者様はこちらでお待ちでございます」

「ありがとうございます」


 開かれた扉の向こうは、少人数向けの食堂だった。

 長いテーブルの端に、小さな少女が座っている。

 その向かい側には、短く刈り上げられた金色の頭髪に分厚い筋肉の男性。騎士団と思わしき軍服をぴしりと着込み、背筋を伸ばして座っている。

 さらに二人の後ろの壁沿いには侍女が複数名控えていた。


「待たせてしまったかしら、ごめんなさい」

「構わぬ」

「わ、私も先ほど着いたばかりです」

「それなら良かったわ。初めまして、矢櫃覇音と申します」


 ひとまず、目の前の男性に自己紹介をしておく。

 

「騎士団長のサーテスだ、勇者のの子殿の指南役としてここにいる」

「そうなんですね」


 筋肉の塊のような男が腕を組んだまま名乗った。

 近くで見ると、本当に大きい。肩幅が私の二倍はあるんじゃないかしら。


「そうなんですね」


 適当に相槌を打つ。騎士団長になるぐらいだし、強いんでしょうけど……さて、どれぐらいかしらね。


 私が着席すると控えていた侍女が静かに動き、料理を運んで来た。

 お礼を言って料理を見ると、これまた美味しそうだ。

 パンにスクランブルエッグにベーコン、サラダにヨーグルト。

 何処のチェーン店のモーニングセットなのかしら……?

 ただ、食べやすくとても美味しい。


「美味しいわね」

「はい、なんだか日本で食べているようです」

「そうね、味付けも日本人好みでとても美味しいわ」


 二人して黙々と食べる。

 

「のの子ちゃんはこの後の予定は聞いてるのかしら?」

「はい、私は訓練場に行って何が出来るから見てくれるみたいなんです」

「そうなのね、確かに昨日そんなこと言ってたわね」

「うむ、私から本日からの予定を説明しよう」


 サーテスの声にのの子ちゃんがびくっと背筋を伸ばす。


「は、はい!」


 ふふ、緊張してるわね。


「まずは勇者のギフトの確認だ。午後からは基礎訓練を始める。武器の扱い、体力作り、戦闘訓練。勇者であろうと戦い方を知らなければ意味がない」


 まぁ、そりゃそうでしょうね。ゲームじゃないんだから、いきなり魔王討伐なんて無理よ。

 私の時なんてお金渡されただけだったから本当に辛かったわ。


「訓練は騎士団の演習場で行う。まずは見学程度で構わぬ」


「は、はい……」


 声が小さい。

 顔色もあまり良くないわね。昨日いきなり異世界に連れてこられて、今日から戦いの訓練ですなんて言われてもね。そんなの普通の乙女なら泣くわよ。

 ……まぁ、普通じゃなくても泣くか。


 その時だった。


「失礼いたします」


 後ろの壁沿いに控えていた侍女達の中でも、最も気配の薄い女性が一歩前へ出る。私よりも少し年上に見える女性だった。


「侍女長のエレナと申します」


 一見するとショートボブの落ち着いた雰囲気。けれど、前髪に隠れた視線の奥から、強い意志が伝わってくる。

 なるほど、これはデスクワークがバリバリできるタイプだ。キーボードがあれば神速の指姫って呼ばれてもおかしくない。仕事が出来すぎてデスワークに陥った先輩に似ているわ。


 侍女長は私へと視線を向けた。

 

「矢櫃覇音様」

「はい?」

「貴女はこれから、どうなさるおつもりでしょうか」


 あら、唐突ね。エレナの鋭い視線を軽くいなし、こちらは静かに見つめ返す。

 

「心苦しいのですが……客人としてお迎えいたしましたものの、勇者様とは違い、貴女には役割がございません。外聞もございますので、王城に留まるのであれば、何かしらのお役目を担って頂く必要がございます」


 なるほどね。このままじゃ貴族のいいオモチャに成りかねないってことかしら。

 そもそも王城でのんびり待つつもりは無いんだけど。


 ちらっと、のの子ちゃんを見ると……一生懸命ご飯を食べていた。なんていう種類の小動物かしら。可愛いわね。


 余計な思考は止めておき、今後の計画を小出しする。


「一晩考えたのですが、勇者様に同行することは出来ないでしょうか?」


 私の発言にサーテス騎士団長が腕を組み、目を閉じて眉を上げた。


「うーむ」

 低く唸り、少し考え込む。


「やはり一般市民を連れていくのは出来ぬ。戦場には常に危険がつきまとう。そこに護らねばならぬ弱者は不要だ」


 あら……私を弱者だと言うのかしら。

 私がイラッとした事に気づいたのか、のの子ちゃんが慌ててこっちを見る。


「は、はのんさん……」


 その視線に軽く手を振る。

 大丈夫よ、別に怒っていないわ。


 むしろ――ちょっと面白くなってきた。

 自分で弱いフリを選んだ以上、本来の強さを隠したまま認めさせればいい。


 その時、侍女長が静かに口を開いた。


「そうですね……」


 少し考える素振り。


「身の回りの世話をする侍女であれば、同行の前例が無いわけではありません」

 

 困った様に騎士団長が頷く。


「それは……確かにそうだが。だが今の貴殿は何も出来ぬ故、厳しかろう」


 なるほどね。つまり役に立つなら同行してもいいってことか。

 私は少し笑った。


「あら、そうですか」


 なら約束して頂きましょう。


「のの子ちゃんが出発する前に侍女として完璧にすれば、同行しても良い、という事で間違いありませんか?」


 騎士団長が一瞬固まる。

 侍女長も少し目を細めた。

 のの子ちゃんが慌てる。


「は、はのんさん!」


 小声で言う。


「付いてきてくれるのは嬉しいんですが……無理しないでください」


 眉をハの字によせ、上目遣いで見つめてくるのの子ちゃん。私のためにそんな顔してくれるのね。思わず笑ってしまう。心配されるのっていいわね。

 

 私はのの子ちゃんからサーテスに視線を戻す。

「では、完璧とご判断頂いた際には、同行をお認め頂けますか?」

「うむ、エレナが完璧と認めるならば、我も認めよう」

「なら頑張らなくちゃね」


 のの子ちゃんの方へ軽く身を乗り出し顔を近づける。


「あなたを独りにはさせないわ」


 のの子ちゃんの顔が真っ赤になる。


「はぅ……あ、ありがとうございます……」


 侍女長がため息をついた。


「……いい度胸ですね。勇者様の出発は一週間後と聞いております」


 エレナさんの口元は少し笑っている。


「それまでに全て叩き込んで差し上げます」


 私はわざとらしく肩をすくめて見せた。


「出来れば三日で認めて頂きたいのですが」


 私の挑発に食堂の空気が止まった。

 騎士団長が笑う。


「面白い」


 そして立ち上がった。


「ならば勇者殿の訓練も気合いいれねばな」


 のの子ちゃんを見る。


「では、そろそろ訓練場に向かうか」

 そう言ってのの子ちゃんを連れて食堂を出ていった?


 侍女長もこちらを見る。


「では、侍女として、旅の同行者として必要な事を全て覚えて貰います」


 私は椅子から立ち上がる。

 そして、数日間の先生となってくれる人にお願いをする。


「はい、宜しくお願いいたします、エレナ様」


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