22話 私と御者
さて、私のやるべき仕事を始めましょうか。
改めて周りを見渡してみる。
ここは湿地へ降りるための中継地点のようになってる。
地面は何度も踏み固められ、大きな馬車を二、三台停めてもまだまだ余裕がありそうな広さがある。
辺りには使い終わった焚き火の跡や、腰掛け代わりに使えそうな切り株まで置かれている。冒険者たちが休憩場所として利用している場所みたいね。
「ここなら料理しても問題なさそうね」
ひとり頷くと、アイテムボックスから調理用にテーブルとまな板と包丁とボアの肉を取り出し、下拵えを始めた。
すると後ろから感心したような声が聞こえた。
「昼飯の支度ですかな」
振り返ると、荷馬車の様子を見ていた御者の男性――ロアンさんがいた。
白髪混じりのロマンスグレーがよく似合う渋いおじ様だ。ここへ来る道中も色々と話してくれた気さくな人である。
「ええ。みんなが戻ってくる頃にはちょうどお昼になるかと思いまして」
「なるほど。それでお嬢さんは残った訳ですか」
そうよ、決して置いていかれた訳じゃないの。
私は料理と荷馬車の護衛もしないといけないのよ。
ロアンさんは肩を竦めながら馬の首筋を優しく撫でる。
「しかし手慣れておりますな」
「そうね……昔からよく料理をしてたわ」
——よく三人で野宿しながら狩った肉や食べれるかすら分からないキノコ、木の実を調理して食べたわね。
覚えるまでは何度も死にかけたことか。……いや、違うわね。毒耐性が付いてからは気にせず食べていたから、覚えたというより慣れただけかしら。
そんな事を考えながらも筋を切り食べやすくする。味付けは塩と胡椒と乾燥ハーブの粉末。
「ほぉ」
興味深そうな目が調理する私の手元へ向けられる。
「冒険者でそこまで手際が良い方は珍しいですなぁ」
「見ての通り、私は侍女ですからね」
「食器を武器にする侍女でしたかな?」
「それは忘れて頂戴」
ここまでの道中、私が使う武器を聞かれた時に答えたのを覚えられていた。
私は侍女なんだと押し通している以上、本来の武器は隠すしかない。だったら侍女らしい物を使うしかないじゃない。
それがナイフとフォークよ。
完璧ね。箒やシルバートレーも考えたけれど、流石に違う気がしたのよね。
「はっはっは!」
ロアンさんが豪快に笑った。
「何やら考え事ですかな? なかなか表情豊かなお嬢さんだ」
「ええ、ちょっと侍女としての在り方について考えていたわ」
「それはまた……難しそうですな」
「そういえば、ロアンさんは冒険者だったの?」
「ええ、もう引退しましたがね」
少しだけ遠くを見るような目になる。
「若い頃はあちこち冒険をしておりました。体が思うように動かなくなった今も、その時見た光景が忘れられず、御者として旅を続けております」
「そう……旅、ねぇ」
なんだか理想の余生みたいで少し羨ましい。
前回は勇者として戦場ばかり駆け回っていたし、帰ってからは学生からの社畜だった。
それを思えば、こうして再びこの世界へ来たのなら、今度こそゆっくり楽しみたいわね。
「私は……庭付きの小さな家を買って、そこで気まぐれな紅茶専門店でも開いて。のんびり暮らすのが……夢ね」
今度こそ、誰かの為じゃなく、自分の為に。
「ほう、紅茶屋ですか」
ロアンさんが少し意外そうに目を細めた。
「意外かしら?」
「いや、冒険者の方ですと『伝説の魔獣を倒したい』だとか『未踏の地を冒険したい』だとか、大きな夢を語るものでしてな」
「私のだって十分大きな夢よ。極力働きたくないもの」
「はっはっは!」
ロアンさんが腹を抱えて笑う。
「働かないでも暮らせる……それは確かに立派な夢ですな」
「でしょう?」
夢は大きく、労働は少なく。これ大事。
「それなら店を出す場所選びも重要ですな」
「おすすめでもあるの?」
ロアンさんは少し考えるように顎を撫でた。
「王都なら人は多いですな。ただ競争も激しい」
「まぁ、それはそうよね」
「静かに暮らしたいなら聖都ラナティッヒなんかも悪くありません」
「聖都?」
今度行く事になっている場所ね。できれば観光で行きたかったんだけど。
「フィルデシア王国最大の神殿都市ですよ。王都ほど騒がしくはありませんが、巡礼客や旅人が頻繁に訪れております」
「へぇ……」
人が多すぎる立地は良くないわね。何事もほどほどがいいわね。
「他にも港町や鉱山都市なんかもありますが、紅茶屋なら聖都は中々良いと思いますな」
「ずいぶん詳しいのね」
「そりゃあ、長年旅をしておりますから」
ロアンさんは少し誇らしげに笑った。
「このフィルデシア王国だけでも色々な街があります。王都しか知らないのは勿体ないですな」
言われてみればその通りだ。
私はまだこの国のほんの一部しか見ていない。
「この国って思ったより広いのね」
「フィルデシアだけでも十分広いですからな」
ロアンさんは空を見上げた。
「ましてやナノラ大陸全体となれば、とても一生じゃ回り切れません」
「ナノラ大陸……」
そういえば、今いるこの国が大陸のどこにあるのかすら知らない。
「そんなに広いの?」
「広いですとも。フィルデシアの外にも国はありますし、海の向こうにもまた別の文化があります」
ロアンさんは懐かしむように目を細めた。
「若い頃は色々見て回りましたが、それでも半分も見られておりませんな」
世界は思っていたよりもずっと広いらしい。
前回は魔王討伐に追われて、それどころではなかった。
けれど今は違う。
もし本当に平和になったなら――。
「……ますます旅がしたくなってきたわね」
「それなら冒険者はぴったりですな」
ロアンさんは楽しそうに笑った。
確かに。
お店を開く場所を探して旅をする。
それも悪くないかもしれない。




