21話 ヌメリ湿地
私たちはギルドから借りた幌付きの荷馬車に揺られ、ヌメリ湿地へと向かった。
森を迂回しながら南へ進む道中、私たちは四つ風の四人やグレーシアさんと雑談しながら親交を深めていた。
そんな雑談の中で、四つ風とグレーシアさんの馴れ初めも聞けた。
なんでも四人は新人時代に何度も無茶をして、そのたびにグレーシアに世話になったらしい。昇級試験の担当も彼女だったそうだ。
「俺たちが今こうしてAランクまで成り上がれたのも、姐さんのおかげだからな!」
ガードンが自慢げに胸を張る。
「あまり調子に乗っちゃだめよ?」
すかさずグレーシアに釘を刺される。
「昔から調子に乗るとすぐ痛い目を見るでしょうに」
「はっはっは! 違いねぇ!」
まるで師匠と愛弟子みたいね。
四つ風の面々がグレーシアを慕っている理由が少し分かった気がした。
——Aランク。
冒険者にはランクがあり、個人ならFランクからAランクまでが一般的らしい。さらに特別な功績を残した者だけがSランクへと昇格するそうだけど、こちらは歴史上でも数えるほどしか存在しないんだとか。
パーティにもランクが存在する。討伐依頼を受けられるようになるEランクから始まり、討伐実績や任務達成数によって昇格していくらしい。基本的にはリーダーのランクに合わせて上がる事が多いそうだ。
つまり、ここにいる四つ風はAランクパーティ。
対して私たちはEランクの無名パーティということになる。
リーダーはもちろん期待の新人のの子ちゃん。
メンバーは異色の侍女と受付嬢。のの子ちゃんが男の子だったら間違いなくハーレムパーティまっしぐらな構成ね。
まぁ、グレーシアが正式加入したらの話だけれど。
……前回は勇者パーティとして祭り上げられ、気付けば魔王討伐の最前線に立っていた。だからかしら。こうして一から冒険者として歩き始めるのは、なんだか妙にくすぐったいわね。
それにしても、ギルドからはベテランの御者までつけてもらい至れり尽くせりね。地面から突き上げるような衝撃が腰にダイレクトに伝わってくる事を除けば、この荷馬車は快適ね。幌のお陰で日焼けしないのもポイントが高い。
ガタゴトと向かっている途中で西へと流れる川に合流し、さらに川沿いを進んだ先で景色が大きく変わってきた。
そして、私たちがいる付近を境に、大きく陥没したかのように数メートルほど低くなっている。そのせいか水捌けが悪く溜まりやすいのかしら。
見渡す限り大小様々な水溜まりが点在し、背の高い草木が生い茂る緑豊かな湿地帯。
ここが――ヌメリ湿地。
すぐに湿地へは降りず、荷馬車を停めて降りた。
そもそも湿地に入るには急勾配な崖に近い坂を降りなければならず、馬車で行くには少々無理があり、ここで待機してもらう事になる。
そして、ここは他よりも勾配が緩く、降りやすそうな場所だった。
「やっと着いたわね……」
グレーシアが大きく伸びをする。
みんなも思い思いにストレッチをし、痛い所を揉みほぐしている。
回復魔法は使えるけれど、こういう痛みにはどうしてもマッサージをしたくなるのは人の性かしら?
湿地へと降りる前に我らがグレーシア教官からのアドバイスをもらった。
「ぱっと見は草で覆われて分かりにくいけれど、魔獣たちにとっては最高の隠れ場所なの。周囲には気を付けなさい」
そう言いながら、細剣の柄を軽く叩いた。
「あと結構深い場所も多いわ。滑って落っこちないようにね」
そう言われて改めて湿地を見渡す。
小さな池がいくつも並んでいるような光景だった。
水が澄んでいるおかげで底の方まで見えているけれど、想像以上に深そうね。
水面には睡蓮のような大きな葉が浮かび、その隙間を黒い魚影のようなものが時折横切っている。
うーん、あれが魚なら良いんだけど。
多分、目的のカエルね。
「なんだか怖い場所ですね……」
のの子ちゃんが私のすぐ隣まで寄ってきた。
「そうね。森とはまた違った怖さがあるわ」
足元を見ればぬかるみ。一歩踏み外せば膝まで沈みそうな場所もある。下に降りれば見通しも悪そうね。
確かに魔獣が潜むには都合の良い場所ね。
「特にビッグフロッグには注意よ。じゃぁ時間も無いし行きましょう」
「おう! 先頭は俺に任せろ!」
そう言いながら勢いよく斜面を滑り落ちていく。
一人先走るガードンを追うようにラッツェが駆け下りる。その後をランレイが続いた。
冷静なファラリスだけは崖の上に残り、周囲を警戒していた。
グレーシアさんは私たちのすぐ傍に残っている。もしかして護衛してくれてるのかしら。
ちょっとイケメンすぎるんじゃないかしら。
そのイケメンが見つめる先には、今まさに斜面を降りていくファラリスの後を追おうとしているものの、なかなか一歩を踏み出せないでいるのの子ちゃんの姿があった。
見かねたグレーシアさんが無言で近づくと――ひょいっとお姫様抱っこする。
「きゃっ!?」
そして、そのまま有無も言わさず颯爽と斜面を駆け下りていった。
まさにイケメン王子様ムーブ。
脳内補完しとかなきゃ。
キラキラした二人の一部始終を見逃さないように二人を目で追っていたら――気付けば私だけ取り残されていた。
どうしようかしら……みんなが戻ってくる頃にはお昼でしょうし、私はここで昼食の支度でもしていましょうか。
ふふ、久しぶりの屋外調理ね。腕が鳴るわ。
どうせなら、アイテムボックスに入れてあるファットボアでトンテキでも作ろうかしら。




