18話 酒場
向かった先はギルドから少し離れた場所にある酒場だった。
木造の落ち着いた店構えで、味わいのある雰囲気だった。近づくと、中からは笑い声や香ばしい匂いが漏れ出しており、今日一日の終わりを感じさせてくれる。
「ここ、美味しいのよぉ」
足取りが軽くグレーシアが慣れた様子で扉を開けて入る。
「いらっしゃーい!」
店内からは可愛らしい少女の元気な声が飛んできた。給仕の格好をしている小さな店員さんね。可愛らしいフリフリのエプロンをつけてせっせと注文を受けては料理を運んでいる姿に癒されるわ。
仕事終わりの職人や冒険者たちで賑わっていて、どのテーブルにも美味しそうな料理と酒が所狭しと並んでいる。
案内された席へ腰を下ろした。
いい匂いが食欲をそそるわね!
「さぁて、何にしようかしら」
メニューらしき木札を三人で眺める。
炭火焼きボアのステーキ。
森鳥の香草焼き。
燻製肉の盛り合わせ。
本日のスープ。
季節野菜のサラダなどなど。
うーん、どれにしようか悩む。
「ステーキとエールにしようかな。みんな決まった?」
「私はいつものかしらねぇ」
「わたしも決まりました。覇音ちゃんはお酒飲めるの?」
隣に座ったのの子ちゃんが不思議そうに聞いてきた。
「ええ、好きよ」
「おとなだぁ……」
感心したような声。
そういえば、最盛期だって言われたこの体は多分18歳前後なのかしら?
まぁ、呑みたいんだから関係ないわね!
「のの子ちゃんも呑んでみる?」
「だ、だめだよっ! お酒は二十歳になってからなんだよ?」
「ウチに来るような子たちは関係なく呑んでたわねぇ。 ふふふ、ギルドの経費だと思うと、いつも以上に美味しく呑めそうねぇ」
必死に両手を振って断るのの子ちゃんの向かいに座るグレーシアはタダ酒に喜んでいた。
グレーシアがにこにこと手を上げる。
店員を呼び、それぞれ注文を決めていく。
私は炭火焼きボアとエール。
のの子ちゃんは香草チキンのソテーとスープ、白葡萄の果汁。
グレーシアは季節野菜のサラダスティックと燻製肉の盛り合わせ、それに赤葡萄酒。
可愛い給仕さんがすぐに飲み物届けてくれたので——
「それじゃあ」
のの子ちゃんはジュース、グレーシアはワイングラスを持ち上げる。
「今日一日お疲れ様!」
その言葉に、それぞれ飲み物を掲げる。
「乾杯」
「かんぱーい!」
もうなんで一杯目ってこんなにも美味しいのかしら。気付けばグラスは空になっていて、二杯目が待ち遠しい。
普段より早いピッチでお酒を飲みながら、他愛もない話をしていた。
ふと気になった事を聞いてみる。
「そういえば、グレーシアって、もしかしてエルフ?」
「あらぁ、良くわかったわねぇ。お酒もお肉もだぁい好きなエルフさんよぉ」
そう言いながら燻製肉を指でつまみ口へと運ぶ。
じっくり味わい、赤葡萄酒で流し込んでいる。
「エルフってお肉食べるんですね」
のの子ちゃんはアニメ特有の草食なイメージが強いらしい。
私の知るエルフは雑食でもっと野蛮だったわね……。
「偏見はだめよぉ? 今の若い子達は草しか食べない偏屈エルフとは違うのよ。なんなら私の若い頃は森で猪を追い掛け回してたもの」
「猪を追いかけるの?」
「弓で仕留めるよりシュバっと近付いて、バシュっと首を落とす方が早かったわねぇ」
「んん? それ絶対普通じゃないわよね?」
「何事も効率化が大切よ?」
どうやら私が知るエルフよりもさらに獰猛らしい。
グレーシアは楽しそうに笑いながら、四杯目の葡萄酒へ手を伸ばす。
しゃべりながらも、食べては飲み、飲んでは食べるを繰り返していた。
お酒が入ってからはずっと機嫌が良い。
今はただの陽気なお姉さんね。
昼間のアンニュイな受付嬢とは大違いだわ。
あれ?
もしかして昼間のアンニュイな雰囲気って――ただの二日酔いだったのかしら?
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、私たちは満腹になったお腹をさすり、夜風を楽しみながらギルドに戻ってきた。
職員が減った静かなギルド内を歩き、グレーシアに当面使わせて貰う部屋へと案内して貰った。
部屋の感想はそうね、客間と言うよりはビジネスホテルに近いかしら。冒険者がただ泊まる為だけの目的で作られているようね。部屋には簡素なベッドが四つ置かれて、一番奥には小さな机と椅子が置いてある。
グレーシアはそのうちの一つに倒れ込むと……すぐに寝てしまった。
「グレーシアさん、寝ちゃいましたね」
「たくさん呑んでたものね、ゆっくり寝かせてあげましょうか」
「はーい……私もちょっと疲れちゃいました」
そう言って空いている手前のベッドに横になるのの子。
さっきまで珍しくはしゃいでたからそろそろバッテリー切れかしら?
明日、素材集めに出かける為にも、ラーゼトに渡す資料を今のうちに作っておきたい。
そうして机の上に旧友——マリーちゃんから貰った魔法書を出し、マジックバッグの理論を抜粋して別の紙へと書き出していく。
やっぱり私の説明より、マリーちゃんのほうが断然読みやすいわね……。順序立てて説明している。
説明文を全部任せたのは正解だったわね。
そうして書き写していると、寝たと思っていたのの子ちゃんが声をかけてきた。
「ねぇ、覇音ちゃん。覇音ちゃんは……2回目なんだよね? こっちに連れてこられたの」
「ええ、そうよ」
「それなら……私だっていつか日本に帰れるのかな……」
「それは……この旅が終われきっと帰れると思うわ」
この旅の最後に待ち構えている魔王を倒す事が出来れば帰れるはず。私の時がそうだった。
その言葉を最後に、のの子ちゃんは静かな寝息を立て始めた。
私は返事をすることも出来ず、その寝顔を見つめる。
――昔の自分を見ているようだった。
突然知らない世界へ連れてこられて。
帰りたい場所があって。
会いたい人がいて。
それでも泣くのを我慢して、必死に前を向こうとしている。
のの子ちゃんは強い子だ。
今日だってトラウマを乗り越えて、一歩前へ進んだ。
だけど……まだ子供。家族に会いたいと願うのは当たり前で。本当は誰かに甘えたいはずなのに。
小さく丸くなって眠る姿を見ていると、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
この子は、私が守ってあげないと。
そんなことを考えながら、そっと二人の毛布を掛け直した。




