14話 魔獣との戦い
王都を出てさほど歩いていない距離。
街道からは外れ、王都に近い森の近くまで来ている。
辺りを注意深く探りながら歩いていると、ランレイが最初に足を止めた。
「いたな」
ランレイの視線の先にいたのは小型犬ほどの大きさの魔獣だった。ちらちらと見える額に一本の角を生やした白い兎が草を食んでいた。
「ホーンラビットだ」
「あれがホーンラビットね……」
ランレイが小声で説明する。
「初心者が最初に狩る魔物としては定番だな。角での突進攻撃が危険だ。脚力も強く直角に方向転換して不意をつかれる危険があるから、避けられたからといっても油断しないようにな」
そのアドバイスを聞きながら、のの子ちゃんは無言で背中のロングソードへ手を伸ばした。
けれど――
鞘を握るその手は震えていた。
「のの子ちゃん?」
呼び掛けると、小さく肩が跳ねる。
「だ、大丈夫です……」
そう言う声が全然大丈夫そうじゃない。
強く握り、肩や腕に力が入っていて思うように剣が抜けず、カチャカチャと音をたてる。
これから倒す相手は魔族なんかよりずっと弱いホーンラビット。
それでも剣を握る手は震えたまま。
……きっと、戦う事自体が怖いのかもしれない。
「大丈夫か? 無理そうなら俺がやるぞ」
ランレイが気遣うように言った。
のの子ちゃんが少し俯き……左手で鞘を引き、力みすぎた右腕の力を抜いてロングソードを引き抜いた。
「ううん」
小さく首を振った。
「わたしが……やる」
のの子ちゃんの声は小さい。
それでも、確かに頑張ろうとしている。
この一歩だけは自分から踏み出さなければ意味がない。
のの子ちゃんは深く息を吸った。
そして一歩。
また一歩。
ホーンラビットに気づかれないように静かに近付いていく。
その背中を、私は静かに見守るしかない。
草を食んでいたホーンラビットの耳がぴくりと動く。
気付かれた。
ホーンラビットは勢いよく振り返ると、そのまま地面を蹴った。
小さな体は素早い動きで一直線にのの子ちゃんへ向かっていく。
その一瞬の出来事に、のの子ちゃんの動きが止まってしまう。
ランレイもマズイと思ったのか――
「ノノコ!」
鋭い声が飛ぶ。
その声で我に返ったのか、のの子ちゃんは慌てて横へ飛んだ。
足元から顔に向かって跳ねたホーンラビットの角が髪を掠める。
間一髪、ぎりぎりで避けた。
のの子ちゃんはホーンラビットと向き合いながら荒い呼吸を繰り返していた。
肩が上下している。
連動するように剣先も不安定に揺れている。
ホーンラビットは闘牛のように前足で地面を掻く。
そして再び飛び出した。
一直線の突進。
今度は目を逸らしていない。
のの子ちゃんはその場で踏み込み、両手でロングソードを横一閃、振り抜いた。
銀色の軌跡が走る。
斬られたホーンラビットはまともに着地も出来ず、地面を転がっていった。
静寂。
風だけが草原を揺らしていた。
のの子ちゃんはしばらく動かなかった。
倒れたホーンラビットと、自分の握る剣を交互に見ている。
やがて、ロングソードが草の上へ落ちた。
「のの子ちゃん?」
駆け寄ると、小さな肩が震えていた。
頬からはぽたり、と雫が落ちる。
慌てて両手で拭おうとしているけれど、次から次へと溢れてくる。
「……頑張ったわね、偉いわ」
のの子ちゃんは小さく頷いた。
嗚咽が止まらない姿に、私は無意識にそっと抱き寄せる。びくりと体が跳ねる。
震える体をそっと抱きしめ、背中を優しくさする。
「お疲れ様」
次は頭も撫でる。
「頑張ったわね」
「わたし……」
震える声。
「わたし……頑張ったの……」
「ええ、ちゃんと頑張った姿、見てたわ」
もう一度髪を撫でる。
腕の中、ぽろぽろと涙が零れ落ち、私の胸元を濡らしていく。
しばらくそうしていると、やがて呼吸が落ち着いてきた。
赤くなった目を袖でごしごし拭きながら顔を上げる。
「覇音ちゃん……」
「なに?」
「ありがと……」
少しだけ照れ臭そうに笑った。
「私ね……もうちょっと頑張れそう」
その顔はまだ泣き腫らしている。
それでも、さっきまでよりずっと表情が柔らかくなっていた。
私は微笑み、彼女の涙をそっと指先で拭った。
少し離れた場所では、ランレイが抜いていた剣を静かに鞘へと収め、どこか安心したような、優しい眼差しでこちらを見守ってくれていた。
その時だった。
ランレイとは反対側、近くの茂みがガサリと揺れる。
顔を向けると、もう一匹のホーンラビットが飛び出してきた。
「あら」
私は腰のポーチからスローイングナイフを一本抜き、そのまま投げた。
シュッ、と風を裂く音が響いた直後、すばしっこく跳ねるホーンラビットの首元に刺さり草の上を転がった。
沈黙。
のの子ちゃんがぱちぱちと瞬きを繰り返している。
私はのの子ちゃんからそっと離れ、何事もなかったように討伐部位を回収した。
「もう一つ食材もゲットね」
討伐した証明の部位と一緒にアイテムボックスへ放り込み、くるりと振り返る。
あまりの早業に、完全に開いた口が塞がらなくなっている二人。
「……今の何?」
ランレイが、今度は本当にドン引きしたような顔で聞いてきた。
「見ての通り、ただのナイフ投げですよ?」
「いや、そうだけど……」
草原にランレイの疲れた声が響いたのだった。




