Rati 63. もう一人じゃないぜ!
9月23日。
世間では秋分の日とされる今日、俺達の世界と死後の世界との繋がりが強まる事で魂を供物とする儀式の成功率が上がるという。
その儀式が、これから行われる。
「……皆、ワガママだけどどうかよろしく頼むよ」
今日のこの日が……絶好の機会であり、最後の好機。
精一杯の礼をするカゲミツの頭を上げさせて、俺達は自然に円陣を組んだ。
考える事は同じだ。
「絶対にユリネさんを取り戻そうぜ!」
「「おー!」」
……カゲミツはきっと、儀式の相手と刺し違えてでもユリネさんを取り戻す気だ。
俺がそんな事は、絶対にさせない。
そのための仲間だ。
――――――
Rati 63. もう一人じゃないぜ!
――――――
腑抜けた俺が氣合を取り戻したあの日にハクが咥えていた手紙。
それには適正者である俺とカゲミツ、そして巫女であるサクヤを差し出せば儀式が行われる場所に案内するといった言葉と共に、G.D.によって真の儀式が行われる日程が記されていた。
そして最後には、俺達が信頼できる仲間を連れて来いと父さんの字で書き加えられていたんだ……。。
あの手紙はきっと、父さんが俺達に託した精一杯のメッセージだ。
おそらく、この前のように護衛や追跡を付ければ儀式の予定地に連れて行っては貰えない。
生贄とされる俺達だからこそその場所に踏み込める。
手紙の内容からそう読み取り、俺達は手紙に記されていた場所へ向かっている。
その場所は、父さんたちと戦った朱鳥ノ宮にも繋がる山の麓。
「しっかしよ。 俺達もとうとう儀式に参加できるとはな」
「僕は今から冷や汗が止まらないよ……」
信頼できる仲間にはモモちゃんにモナカ。
そして……イシガミ先輩。
「気負うんじゃねぇ、俺達は自分の役割を果たすだけだ。 そんで今回の件が終わったらヨシュアの野郎をぶっ飛ばしてやる……」
そう、モナカ達は気負う必要はない。
彼らは適正者として偽る事で儀式に参加できる道具、【人身ノ形代】という呪具の人形を持っている。
もし儀式に負けたとしてもその形代が肩代わりとなり、彼らの魂は生贄とされることはない。
しかし、バトルのダメージは受けてしまうから、覚悟は必要だけど……。
「生贄とされる子供達を想うハジメさんが、地道に開発した道具。 きっと、君達を守ってくれる。 だからモナカ、安心して」
【人身ノ形代】を儀式に何度も用いてしまうと龍脈の上に形成された魔法陣は通常通りに起動しいつか災害が起きてしまう。
だから基本的には今日のような大一番にしか使えない呪具だ。
ユリネさんを救いたいというカゲミツの信念を知るハジメさんに俺達の動向が勘繰られてしまい、この人形を3つ託してくれた。
そして、おそらく俺やカゲミツの魂を削るために敵からは儀式の相手が送られてくるだろう。
モナカ達はいわば俺達を消耗させるための人海戦術を弾除け係として受け持ってくれたんだ。
そして俺達が目的地に着き敵の懐に入り込んだであろう頃、ハジメさん達が応援にもきてくれる手筈になっている。
だから、いざという時は時間を稼ぐのも手だ。
これまでの経緯を振り返りながら気を引き締めて歩けば、いつの間にか約束の場所である山の麓に辿り着いたようだ。
「あれは……!」
麓には黒塗りの車と、その横に長身の男が一人立っていた。
忘れもしない、初めて儀式に関わったあの日。
俺と魂のやり取りをした男……。
「やぁ。 待っていたよ」
「ル、Lupinus……!」
「そう身構えなくていいさ。 今日の僕は、ただの案内役だ。 もっとも、君がリベンジさせてくれるというのなら歓迎だけどね、ヤマト」
「……」
Lupinusを目の前にすると、あの頃の痛みや焦燥感が思い起こされて、胸の鼓動が不協和音を奏でていく。
けどそれは、今の俺を奮い立たせるにはもってこいだ。
「もちろん、俺だって戦う気はこれっぽちもないっすよ」
俺が精一杯の瞳で訴えると、Lupinusは小さく笑った。
俺を褒めているのか小ばかにしているのか……思い起こせばこの人の振る舞いは全く読めない、本当に不気味な相手だ。
「……良い顔をするようになったね、戦士の顔だ。 さ、乗りたまえ。 君達を祭壇へと案内しよう」
いつか乗った黒塗りの車へと乗り込み、静かな走行音に身を委ねつつも俺達の間には張りつめた緊張感が強張っている。
これから何が起こるか分からない決戦に皆も心が落ち着かないんだ。
「君達もリラックスしたまえ。 少なくとも儀式の場所までは必ず無事に君達を送り届けると約束するよ」
「それだけは、下手な嘘よりは安心できますね」
Lupinusの言葉に、カゲミツは皮肉めいたように返した。
カゲミツはこんな時でも冷静だ。
いつもと調子の変わらないその言葉に、俺達の心も少しは落ち着いたように感じる。
全く頼りになるぜ。
それに、確かにLupinusの言う通りだ。
G.D.の目的は儀式を成功させる事。
儀式の場に辿り着く前に、何か不慮の事故が起こるなんて事はほぼないだろう。
「相変わらずツラの皮が厚いね君は。 それとも、仮面と言うべきかな?」
「……僕は、貴方たちから姉さんを取り戻せるならいくらでも仮面を被りますよ」
「全く、見上げた覚悟だ」
二人の話を聞いていると、カゲミツはLupinusと儀式の予行演習の場で戦ったことがあるようだ。
その場所とは……俺がイシガミ先輩と戦ったあの廃墟マンション……。
「半端な予行演習のせいで、あの時は決着が付かなかったけど……できるなら今日は僕が君の相手をしたいものだ」
「僕らの魂を生贄にするための戦いは、貴方たちが取り決めているのではないのですか?」
「正直、今日の事は幹部である僕にさえ知らされていない。 ただ巫女を、君の姉を贄に大儀式を行うという事しかね」
「……」
「今ライラを救えるのは、やはり君達しかいないという事さ」
「Lupinus。 貴方はもしかして……」
「買い被るなよ。 僕は確実に多くの命を救いたい、そのために犠牲を問わないだけさ」
Lupinusも幹部として属するG.D.。
その目的は荒ぶる神へと生贄を捧げる事で【邪気】という負の念を納めるため。
俺達の方法とは違うけど、彼らには彼らの正義があって人類を救おうとしているんだ……。
あの日、俺とサクヤをおびき出し儀式を行ったのも、彼らの正義を行うため。
けど、俺達の答えは決まっている。
仲間も助けられないのに……皆が笑顔の世界なんて作れるわけないんだ。
だから、まずはユリネさんを取り戻す……。
そして、もしも……。
もしも俺の魂が必要だってんなら……。
「さ、到着だ。 もう一人の巫女は儀式までは絶対に安全に保護する。 取り戻したければこの階段を下り地下に向かって頑張りたまえ。 タイムリミットは深夜0時だ」
「サクヤッ!」
「ヤマト、私は大丈夫……!」
元々サクヤを差し出す事は反対だったんだ。
けど、あいつは……カゲミツの事を想ってユリネさんを取り戻すために自ら人質の役を買ってくれた。
サクヤは当然、俺の言う事も、ましてやカゲミツの言う事すら聞きやしなかった。
「待てよ、このまま行かせるか!」
イシガミ先輩がLupinusを捕まえようとした瞬間。
一人の聖騎士の刃が前に翳されてイシガミ先輩を諫めていた。
ヨシュアさんと、その相棒……!
「よ、ヨシュア! てめぇ!」
視線の先で石の扉が閉ざされていき、サクヤの姿が見えなくなっていく……!
「皆、信じて待ってるから!」
「サクヤ!! 必ず、迎えに行く!!」
通路の上から石の扉が落ちてきて、サクヤとLupinusの姿は見えなくなった。
サクヤ、待っててくれ……。
「イシガミ、頭に血が上りすぎだよ。 周りをよく見てみろ」
「なんだこりゃぁ……」
周りに配置された結界陣の一つが解かれ、黒い影のような正体不明の何かが模られていく。
そうだ、あの日……父さんが裏切ったと思った日、ハジメさん達の護衛部隊はこのおかしな魔物と戦っていたんだ。
漆黒の影で模られたような、負の念が凝縮された魔物。
名前は確か……。
「これは、妖魔……護衛部隊の同行を阻んだのもこれが理由か……!」
「流石カゲミツくんだ。 周囲の妖魔が封じられた結界さ。 そこに見える運命の階段から逃れると妖魔が襲って来るってワケだね」
ヨシュアさんは、俺達へ告げてくれたようだ。
やっぱり父さんもヨシュアさんも裏切ったワケじゃない。
あの日、儀式の日がずれたからG.D.に忠誠を誓う振る舞いをしていたんだ……!
密かな喜びに胸を躍らていると、モモちゃんが頭を抱えてうなっていた。
「どういう事だ? 護衛がいなければ俺達は儀式ができねぇかもしれねぇんだぞ?」
モモちゃんの問いに、栗ノ木小の参謀がメガネをクイっと調整している。
「たぶん、護衛部隊がいれば言う事を聞く必要がなくなるからだよ。 相手は妖魔を操っていて、僕らだけじゃどうしてもこの魔物を突破できないから……じゃないかな? きっと今のは警告だよ」
そ、そういう事か。
俺も分からなかったから助かったぜ。
「つまり、お前はまだ味方って事か? ヨシュア」
「まぁ、そうだね」
「この件が終わったらぶっ飛ばしてやる。 覚悟しとけ」
「助けてあげたのに酷い言い草だな。 君は少しそのイノシシ頭を見直したらどうだい?」
「ぁんだと?」
二人の口論が耳に入っていないのか、カゲミツは闇の中に続く奈落の階段を見つめていた。
この奈落に飛び込んだら、二度と生きて帰れないかもしれない。
そんな想いが背中から伝わってくる……これが、本当の……。
一人で戦ってきたカゲミツの後ろ姿なのか……?
いつもは頼りになるカゲミツの背中が、一瞬だけ小さく見えたんだ……。
「心配すんな、もう一人じゃないぜ!」
「ヤマト、皆……」
……。
「行こう」




