Rati 57. 自覚のないヒーロー
『うるせー! 父親がいなきゃ、おれの気持ちなんて分かんねーだろ!!!』
大和の言葉が、ウララの心へと重くのしかかった。
大和には父親がいて、自分にはいない。
それが事実であり、お互いの境遇を心から理解する何て無謀だったんだ。
そんな想いが胸の内へと広がり、ウララはただ夕暮れの空の下を走り続けた。
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Rati 57. 自覚のないヒーロー
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(元気づける? 大和の気持ちも分からないのに……できっこなかったんだ……)
ましてや自分のせいで大和を深く傷つけてしまったのではないか?
そんな後悔ばかりが頭の中に広がっていく。
駄菓子屋に誘ったせいで関係がこじれるなんてウウラには夢にも思っていなかった。
人を想う気持ちが運命に踏み潰されたような気がして、幼きウララにはそれが我慢ならなかった。
どうして、自分には親がいないのか。
なぜ、人を想う気持ちがこじれてしまうのか。
そして周りの子達には親がいるのに、なぜ自分たちにはいないのか。
孤児院では感じなかった強烈な違和感。
どうしようもない感情が幼き胸へと覆われて、自分とは違う子供たちのいるその場所から逃げたくなってしまっていた。
(ただ、大和に元気になって欲しかっただけなのに……)
悲しい気持ちを振り切る様に走って辿り着いた場所は、いつも遊んでいる公園だった。
ウララは無意識のうちに自分が安心できる場所。
心の底から不安を感じない場所へと足を向けていた。
ウララはただ立ち尽くして、夕日に焼かれる公園を見つめていた。
友人と無邪気に笑い安心できる時間を思い出し、自分の中に残された心の欠片を必死に守っていたのだ。
「君は、一人かい?」
「え……?」
すると、視界の端に急に一人の男性が映りウララは身を震わせた。
真横へと顔を向けると、長身で細身の男性がいたことに気付いた。
「驚かせてしまったね。 一人で立ち尽くしていたから心配だったんだ」
ウララは零れそうな涙を袖で拭った。
男の声で我に返れば、ウララが見つめていた上の空は夕暮れから紅みの夜へと切り替わっていた。
「大丈夫です……もう、帰るところだから……」
帰る?
いったいどこに帰るんだ?
そんな疑問が幼きミナシゴの胸の内に浮かんだ。
自分達に、家なんてない。
帰りを待ってくれる両親もいない。
安心して過ごせる家なんてどこにもないのに、どこに帰るんだろう?
頭の中に浮かんだ初めての疑問。
今までは孤児院が自分の家だと思っていた。
しかし、孤児院は家じゃないのではないか?
安心できないあの場所が家だなんてウララには思えなかった。
「帰る場所が、ないのかい?」
「……!?」
心の中を見透かされたかのようなその言葉に、再び幼き背中を震わせた。
(この人、まさか心が……?)
背の高い細身の男性。
幼きウララにとって、その存在は自分にはどうする事も出来ない大きな木のように感じられた。
それと同時に、孤児院で注意喚起されていた言葉が頭の中に響いた。
『子供の誘拐事件が多発しています! 知らない人にはついていかないようにしてね!』
あまりにも大きな存在に体が蛇に睨まれたかのように硬直し、ウララはつま先を動かすことさえできなかった。
「貴方、一体なんなんですか……!?」
「姉さん……」
微かに震えた声によってウララは正気を取り戻した。
すると、目の前には唯一の肉親である姉が自分の前に一歩踏み出していた事に気付く。
百合音が自分を探しにきてくれたという安心感がウララの胸の内に一瞬だけ湧いた。
「素晴らしい……。 君はまさか、視えているのかい?」
しかしその安心感は、男のおかしな言葉によってかき消された。
(姉さんには、何かが視えている……?)
百合音は警戒しながらも、ウララの前を手で遮り少しづつ後退していく。
一寸でも針が傾けば風船が爆発するかのような緊張感の中で、しばしの沈黙が続いていた。
いつ崩れてもおかしくない沈黙、しかし一本の着信音が響きその均衡を保った。
「僕だ。 ……待ってくれ。 適正者らしき子供を見つけた。 時間が欲しい」
「……絶対に動かないで」
この隙に逃げた方がいいんじゃないか。
ウララはそう思ったが、視えない何かを警戒している姉の力強い言葉に対し頷くことしかできなかった。
男性が通話で喋るその間、二人の児童は動きを止めただこの場を逃れるための奇跡が起こるのを待っていた。
やがて男性は通話を切り、溜息を吐いた。
「仕方ない、君達……」
男性が一歩踏み出そうとした瞬間。
「ウララっ!! ユリ姉っ!!」
真っ直ぐな少年の声が、一筋の光のように差し込んだ。
その声に振り向けば、大和が二人の元に向かって走ってきていた。
「あれは、まさか……!」
後ろから男性の微かな驚嘆が響いた。
「君達、これを。 君たちの通う道場や孤児院には秘密がある。 それを知りたければいつでも連絡するといい」
そして二人の孤児の足元にプラスチックで覆われた紙を投げ捨てた。
百合音がそれを拾い二人で確認すると、その紙には男性の連絡先が記されていた。
「名刺……?」
百合音が呟き顔を上げれば、既に男性の姿は跡形もなく消え去り夜風のざわめきだけが残っていた。
「二人とも、ごめん!! おれ……っておわ!」
二人の下に辿り着いた何も知らない大和は、先ほどの自分の言葉に対し頭を下げようとした瞬間、百合音に抱き着かれて言葉を遮られてしまう。
「ヤマトくん! ありがとう……!」
「なんだよユリ姉! はずかしいよ!」
ほどなくして二人は無事に孤児院へと帰り、大和も家に帰った。
そして不気味な闇夜を跨いだ朝がやってきた。
「ウララ……昨日はゴメン、ひどいこと言っちゃって……」
「いいよ。 ヤマトはお父さんに会えなくて悲しかっただけだもんね」
「はい! じゃあ仲直りの握手ね!」
それを見ていた咲夜は、二人の手を取って繋ぎ合わせた。
三人は始めて会った時を思い出し、それぞれの不安を忘れるくらいに笑い飛ばした。
この日、ウララは大和から境内でハクを紹介された。
ハクは昨日、大和を先導し自分の元へと導いてくれていたはずなのに、大和はまるでハクがウララと初めて会ったかのように接していた。
ウララはそれを不思議に思いながらもハクを撫でていた。
咲夜はなぜか怪訝な顔をしていたが、無事に大和がウララと仲直りした事に胸を撫で下ろし、3人はいつもの日常を送っていた。
あの公園での出来事を孤児の二人は誰にも話すことはなく、時が過ぎていく。
後に、周囲へと怪しい人物がいたと注意喚起され、近所の子供が過去に集団で誘拐されていた事件も合わせて報道された。
周囲の空気はどことなく異質なものとなり子供たちもその影響を受けていた。
自分とは関りもない遠縁の少年も過去のその事件に巻き込まれていたことを祖父から聞かされた大和だったが、幼い彼にはピンとこずその事件はただ不気味なモノとして大和を含む少年少女たちの心の中に残っていた。
しかし、良く分からないその不気味な感情は、道場に通っていた少年少女たちの心にハッキリとトラウマを植え付ける事になる。
百合音が姿を消した。
明るい笑顔で子供たちの中心となっていた少女は忽然と神隠しのように行方をくらました。
行方不明となった彼女は誘拐事件に巻き込まれたものとして処理された。
そして、ウララも段々と道場から身を引いていき、孤独なミナシゴとなった。




