Rati 54. 繋がれた掌
イシガミさんが教えてくれた9月9日。
その日にユリネさんを供物とした儀式が行われる。
あの別れの手紙は……自分が儀式でいなくなるから。
もう会えないと知っているから、これから自分の幻影をカゲミツに追わせないためのものだったんだ……。
今は力を蓄えるしかない。
とにかく儀式が行われる9月9日を待ち、それを止めるんだ。
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Rati 54. 繋がれた掌
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栗ノ木小学校の夏休みが明けた。
残暑が頭の中を焦がしていくような炎天下で、校長先生のスピーチが風と共に流れていく。
毎年残念な気持ちになる始業式も今の俺達には、来るべく日のタイムリミットのようだ。
「えー。 夏休み明けですが、長期休暇の成長を活かし学校生活をより豊かにしていければと思います」
「……話長いね。 ウララくん平気かな?」
「あぁ。 時間がねぇってのに……」
酷暑の中、サクヤもうな垂れ始めカゲミツを心配していた。
カゲミツは【G.D.】との接触日を知ってから、ヤケに精神を張りつめさせている。
今この瞬間にも、俺と同じことを思っているはずだ。
時間がもったいねー……。
俺達はこの時間に修行の一つでもして強くならねーといけねぇってのに。
じゃないと、ユリネさんが生贄……。
って何考えてんだ。
俺達は必ずユリネさんを取り戻す。
そしてそのために強くならないといけないんだ。
頭の中で時間がないという気持ちが反芻すると共に、校長先生のゆったりしたスピーチが俺の逸る気持ちを刺激していくのを感じる。
「キャアアアーー!!」
な、なんだ!?
女子の声が後方から聞こえて、瞬時に目を後ろに向けたけど人だかりができて何も見えない。
「ウララ! どいて!」
サクヤが我先にと後ろに走り出したので、俺もついていく事にした。
カゲミツがどうかしたのか……?
「カゲミツ……!」
生徒の波をかき分けて声のした方に辿り着くと、おそらく倒れたカゲミツを先生が介抱していた。
仰向けになっていたカゲミツは上体を起こして立とうとし、再び倒れそうなほど弱っていた。
「バカヤロー! 無理すんじゃねぇ!」
「ヤマト……平気さ、これくらい……」
くそ……サクヤはカゲミツの体調を気にしていたのに……。
俺の方が修行で長く一緒にいるのに、気付かなかった……。
後悔して地を見つめていたら、先生の声が耳に響いてきた。
「ヤマト。 カゲミツを保健室に運ぶから一緒に来てくれるか?」
「は、はい。 もちろん!」
保健室へと入れば、外とは違う涼やかな空気が体を冷やしていくのを感じる。
「軽い熱中症だ。 ちゃんと休めば良くなる」
柔らかくなった先生の声が、胸の奥を撫で下ろしなんだか目じりが熱くなってきた。
「ヤマト……今日は、稽古が……」
「バカ、安静にして寝とけ」
水分を補給してしばらく、カゲミツはベッドで眠りについた。
疲れが溜まっていたのかな。
「先生、俺……」
「あぁ。 今日は授業もないし、担任の先生には俺から言っておくよ。 カゲミツを任せたぞ」
……先生は出て行って、保健室にエアコンの音が響き渡る。
その響きの中でカゲミツの微かな寝息がかき消されていく。
日常的なその光景が、まるで俺を現実世界に引き戻してくれたような錯覚に陥らせた。
最近、今までの日常が嘘だったんじゃないかと思うほどに色々あった。
あの日、サクヤを取り戻すために儀式で戦い、一年修行して。
ユリネさんの手掛かりが判明して、朱鳥ノ宮に行って……。
まるで、住んでいた世界が丸っきり変わったかのように感じていた。
俺は……俺たちは気が逸るあまり張りつめて過ぎていたんだな。
ユリネさんの手掛かりを掴んでからはカゲミツもいつもより熱心に修行に取り組み、俺はそれを【こいつはすげーやつだから、それが当たり前なんだ】。
そんな風にしか思ってなかった。
ユリネさんを取り戻す事ばかり考え、周りの仲間の不調にさえ気づかなかったなんて。
ましてやサクヤは朝からカゲミツを心配し、俺はどうすれば少しでも強くなれるかって事しか頭になかった。
これじゃユリネさんを取り戻す以前の問題だ。
ったく、情けねーぜ……。
――――――
「宇良々 百合音です! よろしくお願いします! 皆仲良くしてね!」
「……」
たくさんの幼き少年少女たちの集まる道場。
皆の前に立ち、一人の女の子がハツラツとした挨拶を送った。
妙な緊張感を明朗な挨拶で吹き飛ばす姉に対し、もう一人の児童は喉の奥を餅で詰まらせたかのような反応をしていた。
「この子は緊張しているようじゃ。 あまり急かさずに仲間として仲良くしてあげてくれ」
「「はいっ!」」
師範の言葉に威勢のいい挨拶が響き渡った。
聞いたことのない迫力の籠る声に、内気な児童は胸の奥が委縮してしまう。
「……」
挨拶の後に、児童たちは姉の方へと集まっていく。
多くの児童は姉の挨拶を見て【この子とは仲良くできるだろう】。
直感的にそう感じていた。
子供としての純粋さが行動に現れ、残された幼子の胸の中を小さく抉っていた。
「少し待っておれ。 同い年の子が今にくるはずじゃ」
同い年の二人の少年少女。
これから通う事になるこの道場に、そんな二人がいると聞いて内気な幼子は胸の奥を弾ませていた。
しかし、自分の周りには少年少女がおらず気遣ってくれる師範が一人。
姉はこちらの様子を伺っている気がした。
自分は今どう思われているんだろう。
姉からは、何を思われているんだろうか。
これから本当に友達を作る事ができるのかという不安が、幼き心を締め付けていく。
「おじいさーん! 遅れてごめーん!」
「うむ、こっちじゃ。 サクヤちゃん、毎回ヤマトがすまんのう」
「任せてよ、ヤマトはしっかり私が教育するから!」
師範と少女の弾む声に取り残される感覚。
それは内気な幼子が孤児院で良く感じているものだった。
でも、もしかしたら。
勇気を出せば仲良くなれるかもしれない。
そんな期待が幼子の胸の中へと芽生えていた。
「あの……」
「あなたが新しい子!? よろしく! 私は和月 咲夜。 サクヤって呼んでね!」
「う、うん」
ミナシゴは圧倒された。
まるで自分の姉と同じようなその明るい振る舞いに、幼き児童にも住む世界が違うのではないかと思わせた。
すると、更衣室で着替えをしていたのか、半端に道着を羽織った幼き少年が姿を現した。
「じいちゃーん! 帯の締め方がわかんねーよ~」
「ヤマト。 丁度いい。 この子と挨拶を頼む」
「だれだ?」
「挨拶する時は自分から名乗る!」
「俺が挨拶するんじゃなくて、じーちゃんがさせよーとしたんだろ」
「カーーツ!! 屁理屈禁止!!」
「いでっ!!」
内気な幼子にとって師範が声を荒げた姿は少し怖かった。
しかし、咲夜が笑っているのを見て、自分が感じたことのない暖かさを感じていた。
仲良くなったら、自分もその暖かさを分けて貰えるのかな?
ささやかに胸の内に湧いた疑問。
幼子はその答えを求めた。
「僕は、ウララ……」
「おれ、ヤマト! アメムラ ヤマト! よろしく!」
少年はウララへと手を差し出した。
幼子はどうすればいいか分からず、戸惑ってしまう。
仲良く、なれないかもしれない……。
孤児院でも姉の影に隠れている日々が思い起こされ、そんな直感が幼子のか弱き胸へと過る。
しかし、その暗い未来は一人の少女によって振り払われた。
「はい! これで今日から友達ね!」
サクヤは二人の手を握って繋ぎ合わせた。




