表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

王都

フォレスティー領から馬車で数時間ほど。

我らがサルグレット国王のお膝元にやってきた。

馬車を降り、緻密に並べられたレンガ通りに足を乗せる。

「わぁ、カラフルな建物がたくさん並んでる!」

あれは雑貨店、お土産が売っているようだ。

これはレストラン、香草の香りが入ってきた気がする。

出店の呼びかける声。大道芸人の派手な技。吟遊詩人に足を止める子供たち。華やかな音色を奏でるバイオリン弾き。

「変わっていないね」

昔行った時の記憶と重なる。また来られるなんて想像もしてなかった。

嬉しくて、少し目が潤む。

活気溢れて煌びやかな街並みと人々。

様々な人が巡り、現れては消えていく、二度と同じ瞬間などないのに。

ふと目が止まった人影。

「…」

ビクッと身体が強張る。魔力が揺れ動く。

違う。分かっているはずだ。

あの髪も、あのドレスも母のじゃない。

こんなところに母がいる訳がない。

首を振って、王都の街並みに集中する。

「流石、西区ね。三日月の旗に囲まれてるわ」

確かに、大通りの上にはいたるところに三角の旗がロープで吊るされ、店の窓や扉にも旗が飾られている。

全て、三日月のマークが象られて。

「三日月は、女神様…?」

「そうだね。西区は女神様の街だから」

もう一度、周りを見渡した。

出店で売っていたのは、女神様の花と呼ばれるエルダーフラワーと、三日月がついたアクセサリーだった。

大道芸人は「成功するかは女神様の御心次第」だと言った。

吟遊詩人が話す物語は、月の女神様が太陽の神様と恋に落ちて結婚するまでのラブストーリー。

バイオリンの曲は聖歌の1つだったはずだ。

「本当ですね、女神様に関連するものばかり」

「“彼らは女神様に生かされている”のよ」

お姉様はニヤッと笑う。何かの一節を引用したみたいな言葉だ。

「暗黒王の御言葉ですか? 銅像もそこにありますね」

呆れたようにお姉様を見ながらお兄様が答えた。その答えに満足したように大きく頷く。

「ええ! 黒髪で優秀だが残忍な暗黒の国王。歴史首席だもの、当然ね」

相変わらずニヤけた視線をお兄様に送る。お兄様は盛大なため息をついていた。

大通りの中心にそびえ立つ立派な銅像。端正な顔立ちだが、確かに怖そうだ。

「わわっ」

びっくりした。銅像と目が合ったような気がしたのだ。

「でも、何か、意外と優しそう」

何となくそんな気がした。妄想に過ぎないけれど。

「というか、お兄様は首席なんですか?」

「そうだけど、恥ずかしいから黙ってて欲しかった…」

そのまま真っ赤に染まる顔を覆ってしまう。

なるほど、こういう性格なのか。

お姉様が弄りたくなる理由が少し分かった気がした。

「恥ずかしがることじゃないです、お兄様は凄い人なんですね」

「その辺でやめてもらって良いかな…、恥ずか死ぬ…」

顔だけには留まらず、全身も赤く染まる。その場にへたり込みそうな勢いだ。

「…えっと、エリーシア」

ふと何かを思いついたように顔をこちらに向ける。

「お花って好き?」

露骨な話題転換。わかりやすい人だ。

この話がしんどいのか、目が潤んでいた。

「えっと、まあ、好きです」

「そう、じゃあちょっと待ってて」

フラッとどこかへ行ったかと思うと、すぐに戻ってくる。

片手には白い花。

「あら…」

お姉様がその様子に声を上げる。何か驚くようなことがあったのか。

気が付けば、お兄様は私の前でしゃがみ込んでいた。

「うん、似合うと思うよ」

その花を顔の前で重ねて、目を細めている。

「お、お兄様、その花は…」

どぎまぎする私を見て、お兄様は少し楽しそうだ。

対象が移ったからって、余裕そうに。

「ふふ、造花だよ。少し触るね」

髪に手が増えるのを感じる。なんて、優しい手なんだろう。

「うん、やっぱり白い花は映えるね」

言い終えると何事もなかったかのように歩き出そうとする。

髪に触れると、元々の装飾品の横に小さい花が挿してあった。

「ユリウスもこういうことするのねぇ」

お姉様が口元に手を当てて、にんまりと口角を吊り上げた。

「たまたま目に入っただけですよ」

ばつが悪そうに露骨に目を反らす。結局、顔は赤いまま。

結局、状況は変わっていない。それに、私なんかに買っても良いことなんて。

なら、どうして。

「放っておいて下さい。僕だってエリーシアを飾りたかったんですよ」

「衣装選び、参加したかったのね」

「勿論ですよ、僕の妹でもあるんですから」

この人達は。本当に。言葉も。行動も。私には温か過ぎる。

何も返せないのに。

「…あっ」

前を向いてなかったのが悪かった。黒ワンピースの女性に思い切りぶつかってしまった。

「すみません、お怪我はございませんか?」

黒ワンピースはシスター服だった。恐らく、神殿に仕える修道女なのだろうか。

「大丈夫です。こちらこそすみませ、…っ」

シルバーネックレス。三日月の形。胸元で揺れる。

修道女が付けているのと、母は同じものを付けていた。

母は敬虔な信者だったのだ。日々の生活の中にも信仰心で溢れていた。

私はなかなか真面目な信者になりきれなかったけれど。

「エリーシア、顔色が悪いわ。本当に大丈夫?」

「問題ありません。ちょっと疲れたみたいです」

心配そうに覗き込むお姉様。優しい彼女を不安にさせたくなかった。

「それなら良いけれど。シスター様、妹がご迷惑をおかけしましたわ」

お姉様とお兄様が頭を下げるのに倣って、私も頭を下げる。

シスター様は私に穏やかな笑みを浮かべていた。目だけは私を捉えて。

私を見ているんじゃない。銀髪の、私への視線。

「いえいえ、お気になさらないで下さい。可愛らしい白銀の姫君に会えたのです。まるで女神様の使い、それとも器かしら。こんな幸運はございません」

シスター様は目をキラキラ輝かせていた。

白銀の髪色に向ける視線。ああ、これは。

言葉の一つ一つがどくん、どくんと脈を打ってうるさい。

まただ。胸が、喉が、身体が、焼けるように熱い。

「お褒めいただいて光栄です。ただ妹が長旅で疲れてしまったようなので、ここで失礼させていただきます」

様子のおかしい私に気付いているのだろう。

お兄様もお姉様もこの場から離れようと必死だ。

「まあ、それはずっとお喋りしてはいけませんね。皆様に女神様の幸があらん事を」

ギュッと両手を胸の前で握って、女神様に祈りを捧げる。

日光に反射してキラリと光ったネックレスが眩しい。

お母様の姿が脳裏によぎる。目も声も。期待と憎悪を混ぜた魔力も。

お姉様がギュッと私の手を握り、そのまま引っ張って道の端に連れて行く。

「おかしいわよ、エリーシア。何で嘘をつくの」

お姉様の顔は心配そのものだ。そんな顔させたくなかったのに。

私の嘘のせいで余計にお姉様の顔を曇らせてしまった。

「大したことじゃないんです。ただネックレスが」

「ネックレス…? あの三日月の?」

「そうです」

「なんで、…いえ、そうね。聞いてごめんなさい」

複雑そうな顔をしていた。きっと分かったのだろう。

何を思ってそんな顔をするのか。

どうして私はそんな顔をさせてしまうのか。

「姉上、飲み物です」

どこに行ったのかと思っていたお兄様が戻ってきた。

彼の手にはエルダーフラワーのジュースがある。

「ありがとう。一旦これを飲んでちょうだい」

受け取ったお姉様が私に手渡す。

少しひんやりとした感覚に驚いた。

きっとお兄様が魔法で冷やしてくれたのだろう。

1口、2口。甘い果汁が喉を過ぎる。

「ありがとうございます。美味しいです」

少し落ち着いた。優しい甘さに笑みが零れた。

険しいお姉様の表情が少し崩れた。

私の肩に手を置く。お姉様の顔に影が差す。手が強く肩を握る。

「エリーシア、どうか嘘を言わないで。気を遣わないで。貴女がそうなったのは私にも責任がある。だから、…」

“私にも責任がある”?

何を言おうとしていたのか。

何がお姉様にあったのか。

分からない。

私はお姉様に何があったのかを知らない。

今にも取り乱しそうなお姉様の手の上に、お兄様がそっと手を重ねる。

「姉上、自責はやめると仰ってたでしょう」

お姉様の顔が一瞬崩れた。今にも泣きそうな顔だった。

「分かってるわ、私も一旦落ち着かなきゃいけない」

フーッと深く息を吐く。次の瞬間にはいつものお姉様。

何があったのかなんて、聞ける雰囲気じゃなかった。

——カーン、カーン…

時刻を知らせる鐘の音がどこからともなく聞こえてきた。




「この店の為に西区に来たと言っても過言では無いわ」

店に入りながら、声を弾ませるお姉様。相当、楽しみだったのだろう。

きっとさっきのことは忘れるべきこと。

今は目の前のことに集中しよう。

「可愛い…」

店はモダンでカラフルな西区でも珍しい紫の外観。

私達3人が店に入ると、藤色の長髪を揺らした店員が出迎えた。

「これを」

お姉様が店員に何かを手渡す。ただの紙切れにしては立派な気がした。

「フォレスティー様ですね、お待ちしておりました」

店員が一礼して、2階へと案内された。1階の席がまだ空いているにも関わらず。

2階に予約席があるのだろうか。

「こちらになります」

通されたのは一階の一般席とは比べ物にならない、立派で趣のある部屋だった。

少し異国味を感じさせる雰囲気に目が奪われる。

「綺麗…」

木材を多用した造り。彫られた模様が雅やか。

席に座ると、台車が転がされて入ってくる。

1人一つケーキと紅茶が置かれた。

「それでは失礼します」

店員が退出すると、お姉様が口火を切った。

「ふふ、私の見立ては間違ってなかったわ。最高のケーキセットよ」

いかにも誇らしげな様子だ。でも、その様子も頷ける。

「美しいですね、このケーキ。女神様の花が本当にあるみたい」

「そうね。ユリウス、あんたも何か感想はないのかしら?」

「綺麗だとは思いますけど。姉上はケーキセットでご予約されたんですか?」

「そうよ、何か悪い?」

そっぽを向いたまま黙ってしまった。

私達はケーキセットの予約の話を聞かされていなかった。

“美味しいと評判のカフェに予約したから行くわよ”

それだけしか聞いていない。

ケーキと紅茶が用意されるまで、どうしてこんなに早かったのかよく分かった。

ケーキの甘い香りが鼻腔を掠める。エルダーフラワーだ、慈悲を感じる甘い香り。

「まあ、良いわ。食べましょう。女神様のお恵みに感謝を」

「感謝を」

両手を重ねて感謝を述べる。食物を得られる恵みに感謝を込めるのだ。

「…ん、美味しい」

ほろっと口で溶ける食感。甘さが全身を駆け巡る。

「ん〜、素晴らしいわ!」

「香りも味も良いな…」

美味しいケーキはフォークを差し込む時でさえ楽しい。

刺して口に運ぶのも、とても幸福感に満ちている。

「美味しいと無くなるのが早くて困るわ」

私がケーキが残り3分の1のところで、お姉様は食べ終わっている。お兄様もあと1口だ。

どうやら私は食べるのが遅いらしい。

ケーキを大きく切り分け、口いっぱいに頬張る。

「焦らなくていいのよ、時間ならあるわ」

お姉様の言葉にお兄様も頷いた。何でこんなに優しくしてくれるんだろう。

まだ、上手く言えないけど、いつか彼らに私の言葉で感謝を伝えたい。

だから、今日はこれで許して欲しい。

「私、2人と来れて良かったです」

2人とも少し驚いた顔をして、その後笑顔になって。

「私もよ」

「一緒に来てくれてありがとう」

なんて平和で穏やかな雰囲気なんだろう。

私の声を聞いてくれる。私の言葉を受け入れてくれる。

ケーキが甘い。本当に甘い。

「ご馳走様でした」

席を立つと、外で待っていたのか店員がドアを開けてくれる。

案内をしてくれた薄紫色の髪の子。大人じゃない、まだ顔にあどけなさが残る。

「…?」

一瞬、彼女と目が合った気がした。

気付いたのか、気付いていないのか。彼女はとても美しく笑っていた。

「またのご来店お待ちしております」

1礼をする所作がお姫様のようで、少し見惚れてしまう。

「エリーシア、行くわよ」

ボーッとしていたみたいだ。お姉様とお兄様がドアの前で待っている。

「すみません!」

少し小走りで追いかけて、そのまま店を後にした。

外に出ると、風が顔に突き刺さる。冬じゃないのに酷く冷たい。

「あっ」

銀髪が視界を遮る。これだから、長い髪は。

耳にかけ直すと、バチッと静電気が走った。

「痛っ」

思わず髪の毛と手を離す。胸の奥から、熱い何かが込み上げるような気がした。

その時、お姉様の表情が緊迫した雰囲気へ変わる。

「様子がおかしいわ」

そう一言残すと、辺りを見渡してから大通りの奥へと走り始める。

「ユリウス、エリーシアを頼んだわよ」

「分かりました」

状況を理解しきれていないのは私だけ。

お姉様は走って、走って、遂には見えなくなってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ