外出
「折角みんな帰ってきたのよ、何処か出掛けないかしら?」
昼食の時、彼女は私達にそんな提案してくれた。
お出掛け。キラキラしたその言葉にピクリと身体が反応する。
「良いですわよね、お父様?」
「ずっと部屋にいるのも退屈だろうと思っていたんだ。どうだい、エリーシア?」
きっと今は“行きたい”と答えるべきなはず。
でも、正しいかどうかよりも、行ってみたいと思っている自分がいる。
「…外、行きたいです」
胸が早鐘を打つ。頬が、手が、身体が熱くなる。彼らから少し目をそらす。
変なことを言った気がする。声も少し裏返った。恥ずかしい。
「それなら出掛けようか、ユリウスも行くよな?」
「勿論、是非一緒に行きたいです!」
和やかな雰囲気が流れている。受け入れて貰えたみたいだ。
良かった。本当に不安だったのだから。
安心して食後のアイスを口に運ぶ。甘くて美味しいバニラアイス。
私のお気に入りだ。
「なら、決まりね。明日、王都に行きましょう!」
王都。流行の最先端が並ぶ、華やかで煌びやかな一番の都。
前回は大して回れなかった。今回はいろいろ見て回れるのか。
そんな期待が胸いっぱいに広がって、ドキドキした。
「え、王都ですか?」
兄は頓狂な声を上げる。何か不思議な点でもあったのか。
「そうよ、士官学校のセルダニャは孤島だし、王都から遠いし…
こんな時にしか行けないのよ、王都住みのあんたとは違って!
慣れてるんだから、案内しなさい!!」
「分かりました、分かりましたから!!
その馬鹿力で叩くのはやめて下さい、衝撃で皮剥けます!」
平手で軽く叩いているように見えるが、ビシバシと響く音から全く軽くないのだろう。
途中から防御魔法を展開して必死に耐える兄には心底同情した。
「姉弟喧嘩はそろそろやめなさい、エリーシアもいるんだぞ」
父の何でもないものを見るような視線から、これが日常なのだと察する。
騎士の家って怖い。
「分かりましたわ、お父様」
「助かりました、父上」
いささか不服そうな姉と、ホッと息を漏らす兄。可哀そうな構図だ。
やり返さない。いや、やり返せない性格なんだろう。
——コンコンコンコン
四回のノック。執事か、それともメイドか。
さっきまで騒いでいた二人も黙った。
「入れ」
入ってきたのはうちの家の執事だった。まだ誰かは覚えていないけれど。
「恐れながら申し上げます、旦那様。急ぎで…」
小声でほとんど話は聞こえない。
だが、父の顔は執事の話を聞いているうちに、苦虫を噛み潰したような顔になっていくのだけが分かった。
「…そうか、分かった。支度をする」
そう言うと、執事は一礼してその場からすぐにいなくなった。
「すまない、急用が入った。王都は3人で行ってくれ」
先ほどの執事が伝えたのは、父の急遽入った用事について。
まだ、全然親しめていない2人と出かける。
2人が優しい人達なのは確かだ。
それでも、血が繋がっているとはいえ、今日知り合ったばかりの人と出掛けるのは。
まだ、彼らのことを何と呼ぶか悩んでいる段階なのだ。
お出掛け。王都。楽しいはずの響きだったのに。
一気に不安で塗り潰されてしまった。
「姉上、雲行きが怪しいですよ」
窓の向こうでは黒っぽい雲がのっそりと動いていた。
「流石、エリーシアだわ。どんな服も似合ってしまうのね」
「アナスタシアお嬢様の仰る通りです!本当に可愛らしいご容貌でいらっしゃいます!」
姉の手には4着のワンピース。メイドの手には数種類もの装飾品。
私は今、絶賛着せ替え人形中なのである。
王都に行くにあたって、私は私服なるものを持っていないことが発覚した。
貴族として行くと大変だからと、身分を隠して行く予定だったのに。
それを知った姉が
「私のお下がりで良いなら、貸すわよ!」
と言ってくれたので、服と装飾品を借りることになった。
次の日の朝、衣装部屋に連れてこられてから、ずっとこの様子。
まるで、何かを狩ろうとする猛獣の目をしている。
「やっぱり空色の瞳だもの、それに合わせて寒色系が似合うと思うわ」
「でしたら、装飾品も青系統のものをご用意致します!」
謎に素晴らしい連携プレイを見せる2人は、鏡の前で私に服や装飾品を当てては、これはどうだの、あれはどうだの言い続ける。
最初こそ、可愛らしいものに心を踊らせて、あちこち目移りをしていた。
しかし、奥からウンザリするほどの衣装を出しては戻されていって、どんだけこの人は服を持っているのかと少し引いた程だ。
あれから何時間経ったのだろう。ようやく、出掛けられそう。
「えぇ、ほんと、大満足の出来だわ!」
「これは会心の出来です、お嬢様!」
自慢げな様子の生産者達だ。固い握手を交わしている。
「随分早い時間からずっと何をしているのかと思えば、エリーシアの服選びをしてたんだね」
やり切った達成感で溢れる2人から察した兄が、納得したように頷く。
「褒めるのは何となく癪だけど、彼女らの見立ては素晴らしいね。
まるで花の妖精のようだよ」
「…そうですか?」
兄のまじまじと見つめる視線が恥ずかしい。
確かに、このドレスも装飾品も可愛らしくて、自分に合っているような気もする。
たくさんのフリルとリボンがあしらわれた、青を基調とするドレス。
髪は編み込まれてハーフアップに。青い宝石が施されたリボンで結われている。
「こんなに可愛くて誰かに誘拐されちゃうんじゃないかしら」
心配だわ、と私をギュッと抱き締めた。グッと締め付けられて痛い。
見た目や言動に惑わされてはならない。
この人は姉である前に騎士の家系だった。
フッと気が遠くなりかける。
「…上! 離してあげて下さい!大切な妹をミンチにする気ですか!」
姉の力強い抱擁から兄が必死に引き剥がそうとする。
お陰ですぐに意識は戻った。
「え、あぁ、ごめんなさい!!エリーシア!!」
酷く焦った顔。わざとじゃないのが恐ろしいところだ。
「ちゃんと力加減考えて下さいよ、姉上!」
騒がしい。本当に騒がしい人達だ。
「あははっ、大丈夫ですよ。お姉様、お兄様」
いろいろ考えるのが本当に馬鹿らしくなる。
この世界はこんなにも平和なんだ。
「聞いた?聞いた? 今、今、…っ!!」
「勿論ですよ!エリーシアが笑って」
「私達のことを呼んでくれたわ!」
喜んでいる。お兄様とお姉様が。私のことで。
広がる視界がこんなにも輝いて見えるのは、今日が快晴なせいだ。
こんなにも平和な日々なんだもの。
だから。この時は。
楽しいだけの旅行だって、そう信じていた。




