表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

姉兄

今日も、何もしないのだろう。

それでいて退屈なのに、何かする気にもなれなかった。

ベッドに寝そべって、窓の向こうで雲がゆったり形を変える様子を見つめる。

ただそれだけだ。

あの日の輝きは嘘だったのだろうか。

「…お母様」

私はこれで良かったのでしょうか。

貴女を裏切ってしまったのでしょうか。

あの日からどれほど経っただろう。

お母様を療養も兼ねて別荘で過ごしている。

海が近いとても穏やかな場所らしい。

お母様と過ごした日々は苦しくなかったと言えば嘘になる。

だけど、私のためを思っていたのは確かだ。

「髪を魔法で乾かしてくれたな」

優しい温風を吹かせて、櫛で私の髪を梳かしてくれた。

忘れたいのに。

また思い出してしまう。


「エリーシアは綺麗な銀髪ね、将来は優秀な魔法使いだわ」

優しいお母様の声。愛撫するように髪に絡ませた手。

「ねえ、お母様。新しい魔法だよ」

指をギュッと祈るように重ねた。

魔力を指先に溜めて、私の願いを込める。

『星よ』

細かい光の粒子が部屋中に散りばめられた。

まるで、満天の星空のような煌めき。

光の玉を出す魔法の応用だ。

「流石よ、きっと他の魔法もすぐ覚えられるわ」

お母様が目を細めて、後ろから私を抱きしめてくれた。

これは良い記憶。


「どうして出来ないのよ!!」

怒鳴るお母様の声。ピリピリと鋭い空気が全身を突き刺す。

胸が焼けるように熱い。息が詰まる。

『…火』

声が出ない。魔力が喉を締め付ける。

年々と強まる魔力。制御が効かなくなっていく。

光を出すだけの魔法さえ、今は使えない。

「痛っ」

髪を掴まれる。怒りに満ちた瞳と目が合った。

「女神様が貴女を勇者にとお選びになったのよ。どうしてその御恩に報いないの?!」

怒鳴るお母様の声。無造作に掴んで髪が絡みついた手。

これは悪い記憶。


どちらも、本当のお母様。同じ、お母様。

喉が詰まる。指先が冷えた。

駄目だ、駄目だ。思い出しちゃ。

ここは私一人しかいない。だから、大丈夫。大丈夫なのに。

「私は、どうするべきでしたか……?」

あの時、黙っていたら。あの時、逃げ出さなかったら。

もっと、魔法が上手に出来たら。

何をするべきだったか、なんて分からない。


──コンコンコン


ノックの音で一気に現実に戻される。

親しい関係を示す三回のノック。

お父様だろうか、まだ昼食の時間でもないのにどうしたのだろう。

「エリーシア、いるかい?」

「はい、何かありましたか?」

ドアを開けると現れたお父様に首を傾げた。

少し嬉しそうな雰囲気。何か良いことがあったのだろう。

「君に兄姉がいるのは知っているね?」

「一応、存じております」

存在は知っている。

兄と姉が1人ずつ。

どちらも全寮制でほとんど帰ってくることはない。

歳も離れていて物心ついた頃にはいなかった。

「2人が先程帰ってきたんだ、会うかい?」

「……えと」

お父様はきっと私たち3人の子供を平等に愛している。

会いたくないと言ったら、嫌な気持ちにさせるかもしれない。

でも、会うのもどうなんだろう。

今まで姿も見たことがない謎の妹。

そもそも、私の存在を知っているかも怪しい。

結果的にお母様を追い出した妹なんて憎くないのか。

「エリーシア、君が決めていいんだ」

ずっと考え込んでいる私を見兼ねたのか。

優しい言葉が私の罪悪感を抉る。

「……でも」

「誰もエリーシアの意見を否定することはないし、それで嫌うこともない。会いたくないならそれで良いんだ」

私の意見。会いたいか、会いたくないか。2択の選択肢。

どちらかを選ぶそれだけなのに。

自分の意思がこんなにも分からない。

正解はどれですか。

私の選択肢で嫌な思いをしないのはどれですか。

何を基準に選べば正しいのですか。

ギュッと眉を顰めた私を破ったのはお父様だった。

「……うーん、確かに難しい2択だな」

「難しい、ですか?」

こんなことにも難しさを感じるのは私だけだと思っていた。

筋骨隆々の巨体が腕を組み、首を傾げて悩んでいる。

あまりにも“悩んでいます”というのが全面に出過ぎではないか。

クスッと笑いそうなのをグッと堪えた。

「誰も嫌な思いをしない選択肢を、何も情報が分からないまま探すのは容易なことではないだろう」

言葉では何となく分かる。

でも、私のせいで誰かが嫌な思いをするなら。

それが、怖い。

聞いて改善したいけれど、声が雑音と化していく。

「人の考えなんて簡単に分からないものだよ。だから……。 っ!」

青色が視界の端で揺れた気がした。

血相を変えた父が私を抱き抱えて1歩後ずさる。

怖くて父に必死にしがみついた。

「アナスタシア!!

気配もなく影から現れるのはやめろと何度言ったら分かるんだ!!」

アナスタシア。聞き覚えのある音だ。

「申し訳ありませんわ! でもこれに気付くなんて騎士団長なだけありますわね!」

やっていることとは裏腹に、コロコロと鈴を転がすような可愛らしい笑い声。

恐る恐る顔を上げると、ゆるく波打つ青髪の女性。

目が合うと、私と同じ空色の瞳を輝かせた。

まるで獲物を捕らえるような瞳に、身体を後ろへ引っ込める。

「あら、貴女がエリーシアね! 私は姉のアナスタシア!

特技はこの気配殺しから一発入れることよ!」

固く握り締められた拳を掲げて声高々に宣言する。

これが私の姉。

「これがフォレスティーの血…」

圧が強い。

ゴクリと唾を飲み込むと、お父様が全力で首を横に振っている。

「いや、確かに我が家系は騎士を輩出する家系だが、全員がこうなる訳じゃない」

なられたら困る、なんて小声も聞こえてくる。

この可愛らしい子爵令嬢は過去に何をしたのか。

見ていると、パチッと目が合う。

一瞬、年相応の容姿に猛禽類が重なって見えた。

「姉上、早いよ…、久しぶりの弟にやる仕打ちじゃない…」

息を切らしてやって来たのは、やはり青髪でローブを纏う青年。

とても似た顔立ちで、彼女の弟とは思えない穏やかな雰囲気。

「魔法に頼りっぱなしだからよ、ユリウス!

そんな有様じゃ騎士の名が廃るわよ、鍛え直すかしら?」

目がキラリと光った。まるで蛇と蛙の睨み合い。

そういえば、兄は魔法学園に通っているのだった。

「いや、僕は魔法騎士になるんで十分です!!」

本気で嫌がっている発言。何を過去にしでかしたというのか、この令嬢は。

「…痛っ」

身体が締め付けられる。私を抱えるお父様の手の力が強くなるから。

「すまない、落とすかと思って」

苦笑した父の顔は私を見ているはずなのに。焦点が微妙に合わない気がした。

私じゃない、誰かを見ている。

「あら、それは魔法が使えない私への当て付けかしら?」

何て酷いことを、と顔を手で覆い、涙を拭ってみせる。

…魔法が使えない? 姉の発言が少し気になった。

貴族で魔法が使えないなんて、珍しい。

「そんな訳ないでしょ?姉上が魔法まで使えたら世界が滅びます!!」

「それもそうね!」

コロコロと笑い声を上げる姉と、振り回されている兄。

明るい雰囲気なのに。

まるで、触れちゃいけないものに触れたような。

違和感に怖くなって、お父様の服の端を掴んだ。

「あ、君がエリーシアか。見苦しいところを見せたね。僕はユリウス、君の兄だ」

騎士と言うより、貴族の紳士みたいな人。

姉の方が殺伐とした騎士の血を感じる。

「エリーシアです、よろしくお願いします」

2人に向けて頭を軽く下げて礼をする。

姉も兄も私への敵意は感じられない。

結果的にお母様を追い出した私を嫌うかもと思っていたのに。

「私の妹、凄く可愛いわ!」

「本当に。僕達と違って髪はストレートなのも可愛い」

きゃっきゃと私のことを褒め合う2人。

きっと、悪い人じゃない。

にわかに、姉兄の手が私に向かって伸びる。

迫り来る2人の手があの日に重なって見えた。

痛くて。熱くて。苦しい。そんな禍々しい魔力と鋭い殺気。

反射的に身体を強ばらせた。ギュッと父の服を掴んだ。

どくん、と鼓動が波打つ。魔力が掻き回される。

早鐘を打つ胸が熱くて、息が詰まる。

違う。これは違う。分かっている。なのに。

「アナスタシア、ユリウス」

冷徹な低い声が響く。2人がピクリと身体を震わせた。

「突然不用意に触らないこと。エリーシアはお前達より遥かに小さいのを理解しなさい」

父は厳しい声で注意する。母のことは一つも言わなかった。

私への配慮だろうか。

「ごめんね、エリーシア。えっと、少しだけ手を貸して貰っても良いかな?」

「配慮が足りなかったわ。頭を撫でても良いかしら?」

頭だけを縦に振ると、優しく私に触れた。

優しい温もりをまとっている手。

「よろしくね、今までの分たくさん可愛がらせて!」

「よろしく、ずっと会いたかったよ」

今までの分。ずっと。その言葉が頭を反芻する。

「2人ともずっと会いたがってたんだ。みんな、エリーシアが大好きなんだよ」

笑顔と温もりで溢れている。溺れているみたいに息が苦しい。

お母様の嘘が彼らを見えなくさせていた。

何でそんなことをなさったんですか、お母様。

届かない声を心の中で呟く。

「…ありがとうございます」

今、きっと、私は幸せなんだと思う。優しい家族に囲まれて。

今は、受け止めきれない最低な娘ですが。

いつか、この恩を返すことが出来ますように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ