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公爵夫婦は両想い  作者: 三国司


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12/24

12

(昨日は楽しかったなぁ……)


 休日にヴィンセントとカードゲームで遊んだり、一緒にお茶をしたり、庭を散歩したりした事を思い出しながらピチカは頬を赤らめた。


(可愛いって言ってもらえたし)


 ふふふ、と一人で笑っていると、一緒に森を歩いていたデオが不審そうにこちらを見て言う。


「ピチカ様。何を一人でニヤニヤしてるんです? 怪しいですよ」

「な、何でもないわ」

「しっかり森の調査も頼みますよ。魔力のない俺たちでは気づけない事もありますから」

「そうね、ごめんなさい。集中するわ」


 デオに笑って注意されると、ピチカは表情を引き締めて周囲を睨みつけるように目を鋭くした。僅かな異変すら見逃さないようにする。


「いや、そこまで集中しなくても大丈夫ですよ。疲れるでしょう」

「そうですよ」


 苦笑するデオに続いて言ったのは、ヴィンセントの指令でピチカの護衛をしている魔術師のシリンだ。今日も彼はピチカについて一緒に森を回ってくれているのだが、相変わらず距離が近い気がする。

 シリンはニコニコしながら続ける。


「何か異変があれば僕も気づけると思いますから、ピチカさんは楽しく散歩してください」

「そういうわけにはいきません。これは仕事ですもの。散歩するだけなら誰にでもできるって、アルカン隊長に叱られてしまいます。それに森の監視や調査は私の仕事でシリンさんの仕事ではないですから、任せてしまうわけにはいきません」

「では、僕はピチカさんを守るという自分の仕事に精を出す事にしましょう」


 シリンはにっこりと笑みを深めて言うと、ピチカの背に手を添えてくる。

 

「行きましょう」


 そっと背中を押されて、ピチカはぎくしゃくと動いた。シリンに触れられると、その部分が何だかぞわぞわするような気がするのだ。不快とまでは言わないが、あまりいい気分じゃない。シリンは決して醜くないし、優しげで女性に好かれそうな顔立ちをしているけど、やはり好きな人以外に意味なく触られるのは嫌なのだ。

 しかしシリンはヴィンセントの部下だし、嫌な関係にはなりたくない。「触らないで」とは言いづらかったが、そんなピチカの代わりに、デオが一昨日に引き続き注意をしてくれた。


「おい、あんた」


 デオはシリンの肩を掴んで自分の方へ振り返らせた。


「……なんです?」

「一昨日も言っただろ。ピチカ様に馴れ馴れしく触るなって」


 デオが睨むと、シリンは笑顔を消して無表情になった。そして僅かに目をすがめて尋ねる。


「まさかデオさんはピチカさんの事が好きなのですか? 幼なじみのような存在だと聞きましたが……」

「なっ!? なんでそうなるんだよ。俺はただ、ピチカ様には旦那さんがいるからと思って」

「それならいいのですが」


 と言いつつ、シリンはまだ疑うようにデオを見ていたので、ピチカも意を決して口を開く。


「あの、私もあまりヴィンセント様以外の男性に触れられたくありません。……ごめんなさい、シリンさんは私を守ろうとしてくださっているだけで、触れたくて触れているわけじゃないかもしれませんが……。でも、あの、できれば意識してもう少し距離を取っていただけると助かります。シリンさんは素敵な方ですから、距離が近いと戸惑ってしまうというか……」


 シリンの事を素敵と言ったのは、単に「あまり接近しないでほしい」と言うだけだと角が立つと思ったからだ。

 しかしピチカのそんな発言を聞いたシリンは、何故か眉間にしわを寄せて険しい顔をした。


「僕が素敵……?」


 褒めたのに、どうしてかシリンの機嫌は悪くなる。

 もしかしたら、シリンはヴィンセントの忠実な部下なのかもしれない。それで尊敬する上官の妻が他の男に素敵だなんて言ったから、何を言っているんだと思ったのかも。ピチカはそう思って、慌てて弁解する。


「それは嘘で……いえ、嘘っていうのもあれなんですが」


 気を遣いつつ続ける。


「とにかく私はヴィンセント様がとても好きなので、夫以外の男性とくっついているのは嫌なのです。それが必要な事ならともかく、必要以上に触れ合っているのはちょっと……」


 ピチカはそこで困ったように眉を下げ、シリンを見上げる。

 シリンは気分を害するかと思ったが、怒るどころかいつか見せたような大人っぽい笑みを浮かべた。いつもの貼り付けたような笑顔とは違い、目を細めて心から嬉しそうにしている。

 シリンがこういうふうに笑うとちょっとだけ胸がドキドキしてしまう。


(ああ! ごめんなさい、ヴィンセント様! 私ったらどうして……!)


 一瞬とはいえ、シリンに胸を高鳴らせてしまった自分を心の中で叱る。

 シリンは優しい口調で言う。


「ピチカさんは隊長の事が本当に好きなんですね。可愛いな」

「ええ、もちろん……あの、ちょっと」


 さっき注意したばかりだというのにシリンがピチカの頬に片手を添えてきたので、ピチカは慌ててそれを避けた。

 

「そういうのをやめてほしいんです。私に限らず色んな女性に言ってるのかもしれませんが、可愛いとか言うのもやめた方がいいと思います」

「……ああ、すみません。つい」


 何が「つい」なのかと思いながら、ピチカはため息をついた。後ろでデオもシリンに呆れたように息を吐いている。

 

「さぁ、行きましょう。仕事をしないと」


 ピチカが促すと、シリンは「ええ」と笑って後をついて来たのだった。


 そしてその日、シリンは森を歩いている間、一応ピチカとの距離を取って護衛をしてくれた。とはいえ前が『まるで恋人のような距離』だったので、距離を取ってくれたと言っても普通よりは近い。

 それに、例えば足元が危ない場所があれば「こっちから行きましょう」とピチカの腰に手を回して引き寄せたり、自然に手を引いてきたりするのだ。

 ピチカはその度『あまり触れられたくないと言ったのに』とモヤモヤするものの、意味なく触れてくるわけでもないので結局言葉を飲み込んでいた。

 

「シリンさんって、ちょっと鈍感というか天然なのかしら。距離を取ってと注意しても気にしてない様子で、結局ほとんど直らなかったわね」


 今日の仕事が終わり、シリンが森を去った後でピチカはデオに言う。

 デオは腕を組んで眉を吊り上げながら答える。


「いやあれはきっと計算ですよ。何も分かってないような振りして、結局ピチカ様にベタベタ触ってさぁ! ですよね!?」


 一緒に森を歩いていた他の兵士二人に言うと、二人も厳しい顔をしてウンウンと頷いた。


「絶対に、したたかな女好きです」

「そうかしら……」


 ピチカの印象では、やはり天然という感じがするのだ。計算しているような様子はなかった。

 シリンは人との距離感をあまり分かっていないというか、デオの言うような女好きではなく、逆に今まで女性――もしくは男性も含めた他人――とあまり関わってこなかったのかもしれないと思った。 

 でもそうだとしても、やっぱり親しげに触れられるのは困る。たとえ危険からピチカを遠ざけようと思っての行動であっても、とっさの時以外は腰を抱いたり手を握ってきたりせずに、まずは口で注意を促して欲しいのだ。


「シリンさんは悪い人ではないんだけど、うーん……」

「いや、悪い男ですよあれは」


 デオはすっかりシリンを警戒している。


「俺たちが言ってもシリンは変わらないですし、ヴィンセントさんから言ってもらった方がいいかもしれませんよ。シリンのあの馴れ馴れしい態度をヴィンセントさんに伝えてみてはどうですか?」

「ヴィンセント様に? でも余計な面倒をかけたくないわ……」

「面倒なんて! 俺がピチカ様の夫だったら絶対に言ってほしいです」

「そうかしら……。だったらヴィンセント様に助けを求めてみようかな……」


 デオにはそう言いつつも、ピチカはまだ迷っていた。ヴィンセントに対してまだ遠慮があるから、困り事があったとしてもなかなか素直に言えそうにない。

 

「じゃあまた明日ね、デオ。ピーターさんとダンさんもありがとうございました。明日もよろしくお願いします」


 デオとデオの同僚である二人の兵士に声をかけ、ピチカは森の監視塔から離れた。


「お気をつけてー」


 手を振ってくるデオにピチカも笑って手を振って、いつも迎えの馬車が停まっている場所まで向かう。監視塔からは目と鼻の先だ。

 だけど今日はまだ馬車は来ていないようだった。

 いつもは早めに来てくれているから遅れるなんて珍しい、と馬車が来るであろう方向をピチカが見た時、その道の先からシリンが歩いてくるのが見えた。


(城に帰ったはずなのに、どうして戻ってきたのかしら)


 忘れ物でもしたのかと思って見ていると、ピチカの元までやって来たシリンは笑顔でこう言う。


「ピチカさん、まだ馬車が来ていないんですよね? いつものこの場所に迎えの馬車が来ていないですし、僕がこの道をしばらく歩いていてもやって来る様子がなかったので、馬車が来るまでピチカさんと一緒に待っていようと思って戻ってきたんです」

「え、それはわざわざありがとうございます。でも、一人でも待てるので大丈夫ですよ。シリンさんはこの後も本業のお仕事があるでしょうし、気にせずお城に戻ってください」


 申し訳なくなって言うが、シリンは笑顔を崩さないままピチカの隣に立った。


「仕事は忙しくないので平気です」

「本当ですか? 第一隊の方はいつも忙しそうなイメージがありますけど……」

「僕は今は暇なんです。だから一緒に待たせてください。ピチカさんが一人でいて何かあったら大変ですし」


 ひと気のない場所なので確かに暴漢などに会ったら大変だが、すぐそこにデオたちのいる森の監視塔があるし、なんならシリンと二人きりでいる事の方が緊張してしまう。シリンが何かしてくるとは思わないけれど、デオたちがいないと少しそわそわしてしまうのだ。

 ピチカはちらりと後ろを見てみたが、デオたち三人はすでに塔の中に入ってしまったようで姿が見えない。

 そして隣に立っているシリンとの距離は相変わらず近い。


(どうしよう……)


 ピチカがシリンからやんわりと離れようとした時、遠くから迎えの馬車がやって来るのが見えた。

 ピチカは「よかった!」と心の中で言ってから、シリンに頭を下げて歩き出す。


「馬車が来たみたいです。わざわざ戻ってきてくださってありがとうございました。それでは――あっ!」


 シリンの方を向いたまま歩き出したのが悪かったのだろうか、ピチカは地面にブーツのかかとを引っ掛けて後ろに転びそうになった。


「危ない」


 しかしシリンの瞳が鋭くなり、声が低くなったかと思うと、彼は素早くピチカを抱きとめてくれた。

 

「あ……」


 ありがとうと感謝すべきところなのに、抱きしめられたピチカは肩をすくめて固まる。そしてシリンの体温を感じた瞬間、とっさに彼を突き飛ばしていた。


「いやっ!」


 けれどシリンがよろめく事はなく、反対にピチカが後ろに弾かれて体勢を崩す事になった。しかし、倒れる! と目をつぶったその瞬間――。

 下からかふわりと風が吹いてきて、ピチカの体を持ち上げてくれた。そのおかげでピチカは尻餅をつく事も後頭部を地面にぶつける事もなく、風が収まると同時にふわっと地面に座り込むだけで済んだ。

 何が起こったのか理解できなかったが、今は突然吹いた風の事はどうでもよかった。

 シリンの体温や手の感触が体に残っていて、そちらの方が気になってしまうからだ。


(助けてもらったんだからお礼を言わないと……でも、私、まだヴィンセント様にも抱きしめてもらった事がないのに……)


 抱きとめてくれたシリンには感謝するが、それと同時に、夫ともまだした事がないような事を他の男の人としてしまったのがショックだった。

 だけどよく考えれば、手を繋ぐのも腰を抱かれるのもヴィンセントより先にシリンとしてしまっている。

 

「大丈夫ですか?」


 シリンが心配そうに言って手を差し出してくれた。けれどピチカはその手を取らずに自分で立ち上がる。


「ありがとう、大丈夫です。すみません、突然突き飛ばしたりしてしまって。助けてくださってありがとうございました」

 

 無理に笑顔を作ったところで馬車がすぐ近くまでやって来たので、ピチカはシリンに別れを言って、逃げるように馬車に乗り込んだのだった。

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