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今日はピチカもヴィンセントも休日だ。
一緒に朝食を取った後、ピチカはちらちらとヴィンセントに視線を向けた。今日は何をしようかと考えたのだが、ヴィンセントの興味のあるものが何なのか分からないので随分悩んだ。
そして、頭を使うカードゲームはどうかと思いついた。ただお喋りをしたり散歩に行くより、ヴィンセントは楽しめるかもしれないと。
(でも、ヴィンセント様は一人でゆっくりしたいかしら?)
席を立つヴィンセントを呼び止めようか迷っていると、いつまでも座っているピチカを見て、ヴィンセントの方から声をかけてきた。
「行かないのか?」
不思議そうに言う。ピチカは慌てて席を立った。
「い、行きます……!」
そして二人で食堂を出たところで、ヴィンセントは振り返って尋ねてくる。
「それで、今日は何をする? ピチカは狩りはできないしな。見ているだけではつまらないだろうし」
「いえ、そんな事ありません! ヴィンセント様が狩りに行きたいのなら行きましょう!」
ヴィンセントも今日は二人で一緒に過ごす予定でいたのだと分かって、ピチカは喜んだ。狩りでも何でも、ヴィンセントがしたい事があるならそれに付き合いたい。
しかしヴィンセントは前を見てこう呟く。
「いや、別に狩りに行きたいわけではないんだ。それしか思い浮かばなかったから言っただけで」
「そうなのですか」
そう言えばヴィンセントには趣味も好きな事も無いんだったなと思い出した。
「じゃあ一緒にカードゲームをしませんか? 実家からカードを持ってきているんです。裏に描いてある絵が可愛くて、お気に入りで」
「どんな絵が描いてあるんだ?」
「帽子をかぶった紳士な猫や、ドレスを着た猫が描かれてるんです」
「そうか……よく分からないが、ピチカがそう言うなら可愛いのだろう。カードゲームは応接間でやろうか」
「はい!」
後ろにいた侍女のレイラにカードを取りに行ってもらって、ピチカとヴィンセントは応接間に入った。
テーブルを挟んで向かい合うように置かれているソファーに座ると、やがてやって来たレイラからカードを受け取る。
「見せてくれ」
「カードですか? どうぞ」
ヴィンセントはカードを受け取ると、まじまじと裏面の絵を観察し出した。
あまりに熱心に見ているので、ピチカは思わず言葉をかける。
「ヴィンセント様? どうかされましたか?」
「いや、ピチカはこういう感じのものが好きなんだなと思って見ているだけだ」
「ふふ、可愛いですよね」
真剣な様子のヴィンセントが面白く、そしてピチカの好きなものに興味を持ってくれたのが嬉しくて笑いをこぼした。
ヴィンセントは絵から目を離さないまま答える。
「可愛いかどうかはよく分からない。絵は上手いと思うが」
「うーん、男の人はそうなのかもしれませんね」
ピチカは何にでも「可愛い」と言ってしまうタイプだ。今日の朝食のデザートだった桃のコンポートの盛り付けも可愛かったし、なんなら桃も丸くて可愛い。
「じゃあ始めましょうか。ゲームは〝フレイン〟とかどうですか? やられた事あります?」
「最近流行りだしたものだな。ノットたちがやってるのを見てたから、ルールは知ってる」
「では勝負です、ヴィンセント様!」
ピチカは気合を入れて言った。
カードゲームは運が勝敗を左右するものが多いが、フレインという遊びは頭も使わないと勝てない。
お互い四枚ずつカードを持ち、それを数字の小さい順に伏せて並べる。自分のカードの数字は分かっているが、相手のカードは分からないので、それを言い当てるというゲームだ。
最初のうちはなかなか当たらないが、徐々にヒントが出てくるので、そこから推理していくのだ。
「私は何度もやった事があるので、私から攻撃しますね。先攻の方が不利なんです」
そう言って、ピチカは余ったカードの山から五枚目のカードを一枚引き、伏せて四枚並べられているヴィンセントのカードの右端の前に置いた。
四枚の中でどれを当てるかは自由なので、ピチカは一番小さい数字を当てる事にしたのだ。だが、最初は勘で適当に言うしかない。
「2!」
「外れだ」
外れた場合はヴィンセントのカードは伏せたままだ。そして外したピチカは五枚目のカードを表にして、自分の四枚の手札の中に並べる。
五枚目のカードは8だったので、ピチカは真ん中にそれを入れた。
予想を外せば外すほど、相手に与えるヒントが増えていってしまうのだ。
そうやってゲームを進めていった結果、一回目はヴィンセントが勝利した。
そして二回目もヴィンセントの勝利だった。
「ヴィンセント様、強いです! うう、悔しい……。もう一度対戦していいですか?」
「もちろん」
フレインを何度もやった事がある自分の方が有利だと思っていたのに全く勝てないので、ピチカは意地になって、三度目の対戦に臨んだ。
するとやっとピチカが勝利を収める事ができた。
「やったぁ! 嬉しいです!」
椅子から立ち上がって本気で喜んでいると、ヴィンセントはフッと口元をほころばせた。
(ゲームで勝ったくらいでこんなに喜ぶなんて、子どもっぽかったかな)
そう思って、顔を赤くしつつおずおずと椅子に座り直す。
ヴィンセントは優しく言った。
「もう一度するか?」
「は、はい……是非!」
その後三回対戦したが、三回ともピチカが勝つ事ができた。
「また私の勝ちです!」
ヴィンセント相手に連続して勝てたので、ピチカはちょっと調子に乗って胸を張った。
「参った」
ヴィンセントは楽しそうに言う。負けてもピチカのように悔しがらないのだ。
(さすがヴィンセント様は大人だわ)
ピチカは四連勝して舞い上がっている自分が恥ずかしくなって、大げさに喜ばないようにした。淑女なら、カードゲームで勝った時にはニッコリ笑うくらいしかしないだろう。
しかしピチカが控えめな笑顔を作っていると、ヴィンセントは不思議そうにこう言った。
「さっきも思ったんだが、どうしてピチカは一度喜んだ後で慌ててそれをやめるんだ?」
「いえ、あの……勝ったくらいであまり喜ぶと、子どもっぽいかなと思ったんです」
ピチカは少し迷いつつも素直に答える。
「ただでさえ私とヴィンセント様は年の差があるのに、私は中身もまだ子どもっぽいですから……。だからヴィンセント様と釣り合うように、なるべく大人っぽくなりたいんです。見た目とか、行動とかも」
「大人っぽくなるのは構わないが……」
ヴィンセントはそう前置きしてから続ける。
「無理に感情を抑えるのが大人とは限らないのではないか? 確かに感情のまま行動するのは子どもだが、今回の場合は別に喜びを抑えなくてもいいと思う。というか……」
そこで言葉を切って、ヴィンセントは唇を中途半端に開いたまま動きを止めた。まるで続きを話そうかどうしようかと迷っているみたいに。
「なんです?」
気になってピチカが尋ねると、ヴィンセントは再び口を動かして言った。
「……ピチカにはそのままでいて欲しいと思う。自然に変化していくのはいいんだが、私と釣り合うためにと無理して変わろうとしなくてもいい。感情を表に出さない私とは正反対で、ピチカの素直なところはとても魅力的だと思っていたから、それが消えてしまうのは寂しい」
ヴィンセントはそこでテーブルの上のカードを一枚裏返し、そこに書かれているドレスを着た猫の絵を指さした。
「私はこの猫が可愛いかどうかは分からない。だがピチカの事は可愛いと分かる」
思ってもみない事を言われて、ピチカは目をまん丸にした。
ヴィンセントはカードからピチカに視線を移して続ける。
「無理矢理どこかを変えようとしなくていい。何故ならピチカはそのままで可愛いからだ」
真剣な低い声と、こちらを見つめる海色の穏やかな瞳、それに何よりたった今ヴィンセントから発せられた「ピチカはそのままで可愛い」という言葉に、ピチカは胸を打ち抜かれた。ときめき過ぎると、本当に矢で射られたかのように心臓が痛くなるらしい。
「び、ヴィンセント様……」
息も絶え絶えに言う。
可愛いなんて、初めて言われた。ヴィンセントにこうやって言葉で好意を伝えてもらったのも初めてだ。
自分がヴィンセントを恋い慕っている十分の一ほどの想いかもしれないが、ヴィンセントも自分に少しは心を動かしてくれていたのかと思うと嬉しくて、興奮のあまりこのまま死んでしまいそうだった。
「嬉しいです。ありがとうございます」
顔を赤くしてもじもじしながら何とかそれだけ伝えると、ヴィンセントは優しく口角を上げて笑ったのだった。
***
「あ、隊長! 今日は出勤されてるんですね。隊長が仕事を休むなんて珍しいので何事かと思いましたよ」
翌日、ヴィンセントが仕事のために登城すると、廊下で部下から声をかけられた。
「仕事が山ほどあるのに休まれた! って、ノットさんが昨日はヒィヒィ言いながら隊長の分まで仕事してましたよ。でも隊長は領主様でもありますもんね。昨日はそっちの仕事が忙しかったんですか?」
「いや、そういう訳ではない。昨日は妻と一日遊んでいた」
ヴィンセントは無表情に言うが、部下の魔術師はぎょっと目を見開いている。
「隊長が遊ぶ? しかも奥さんと一緒に? なんか想像がつかないな。しかも奥さんってつい最近結婚したばかりの奥さんですよね?」
ヴィンセントが頷くと、部下は安堵したように続ける。
「案外仲良くやっているようでよかったですよ。隊長が結婚すると聞いた時は、ノットさんを始めとして、隊長の部下である我々一同、心から心配したものです。きっとすぐに奥さんに愛想を尽かされて家を出ていかれるだろうって」
「そうだな。私も最初はそうなるだろうと思っていたが、ピチィがとても可愛いからそうはならなかった。彼女があまりに可愛いものだから、最近は愛しいを越えて尊く思えてきてしまって、彼女の像を作って神殿みたいなものでも建てようかと考えているくらいだ」
「え、キモ……」
真顔で言うヴィンセントが恐ろしくなって、部下は一歩体を引いた。淡々としていて感情を乱す事のないヴィンセントが、少し顔を合わせていなかったうちに変なふうに変わっていると思った。
しかしこれは良い変化なのかもしれない。女性を可愛いと思ったり愛する感情を、ヴィンセントはやっと覚えたのだ。人間らしく進化した。
部下の男は、流れていない涙を拭きながら感激したように言う。
「ちょっと気持ち悪いのは否めませんが、隊長が幸せそうでよかったです。正直、隊長って精巧に作られた美しい人形なんじゃないかと思ってたんですが、ちゃんと血が通っていたみたいで安心しました」
結構失礼な事を言われている気がしたが、ヴィンセントは怒らなかった。自分でも自分の感情の乏しさは感じていたし、子どもの頃に自分の指先を少し切ってみた事があるから。赤い血を流してみて、自分が化け物でない事を確かめたのだ。
「隊長の新婚生活を心配していた他の奴らにも、隊長は大丈夫だって伝えておきますね」
部下は笑ってそう言うと、ヴィンセントの元から去って行った。彼はお喋りなので、ヴィンセントが新妻を溺愛しているという噂はあっという間に城中に伝わる事になるだろう。
ピチカたちが遊んでいる〝フレイン〟というゲームは、実際にある〝アルゴ〟というゲームを参考にしています。




