元先生
3年生の卒業式を数日後に控えたある日の朝、春臣からLINEが来た。
「兄ちゃんの代わりに麗ちゃんに合格祝いを渡しに行く。昼休みに麗ちゃんの教室に行く」
あの日、俺たちは話をしようと決めた。
なにかあれば話をする。
不安にならないように、不安にさせないように。
今は話したくないということも伝える。
今じゃないということを伝える。
それは相手のためでもあるし、自分のためでもある。
互いのちょっとしたことで揺れるのは信頼していないということではなく、想いがあるからだ。
想いには強さと弱さがある、だから揺れる。
それなら仕方ないじゃないか。
話をするしかないじゃないか。
「それ、俺も一緒に行ってもいい?」
「いいけど……」
「あ、違うぞ、疑ってるとかじゃないぞ。俺、吉沢先輩に謝りたい」
「海凪が? どうして?」
「だって嘘ついちゃったから……」
「それは俺と兄ちゃんがそうさせただけなんだから、海凪が気にすることじゃないよ」
「そうなのかもしれないけど、俺、ちゃんと謝らないとずっとモヤモヤしたままになっちゃうと思うから……」
ふっ
「一緒に行く?」
「うん、行っていい?」
「わかった、昼休みに行こう」
そんな流れで昼休みに吉沢先輩のところへ行くことになった。
モヤモヤするから謝りたかったのは本当だ。
だが、それどころじゃなかった。
吉沢先輩と春臣の組み合わせを俺は舐めていた。
「吉沢~、2年のやつが来てるぞ」
「え? 私? 誰?」
「全サ」
「全サ?」
全サの呪いはまだまだ色濃く残っている。
全サと言われて春臣が一瞬体を硬直させたが、すぐ前を向き直した。
そうだよ、堂々としてろ。
お前はもう全サではないのだから。
「春くん! どうしたの?」
「麗ちゃん、ちょっといい?」
「うん? なに?」
春臣に呼び出された吉沢先輩。
この絵面だけで3年生がざわつき出す。
「ごめんね、呼び出して」
「ううん、どうしたの?」
「これ」
春臣が綺麗にラッピングされたシャンパンゴールドのリボンが結んである箱が入った紙袋を吉沢先輩に渡す。
「え?」
「麗ちゃんに伝言、『合格と卒業おめでとう、元先生より』」
吉沢先輩が一瞬で察して目を潤ませる。
「龍臣くん?」
「うん、兄ちゃんから頼まれた」
「受け取ってもいいの?」
「受け取ってくれないと困るよ」
「私、勘違いしちゃうよ?」
「それはどうだろうw『元先生より』を強調してくれとは言われた」
「ふふっ……
それじゃ、その『元先生』に伝言頼めるかな?」
「うん」
「『ありがとう、諦めません』と伝えて」
「麗ちゃん、すごいね」
「だって仕方ないよ、好きなんだもん」
「わかった、伝えるね」
「春くん、ありがとう」
「麗ちゃん、卒業おめでとう」
「ありがとう……」
泣いてしまった吉沢先輩の背中に春臣がそっと手を当てる。
あちこちから視線は感じていたが、その瞬間、声にならない悲鳴が聞こえた気がした。
「ごめんね」
「そういうところが麗ちゃんのいいところだと思うよ」
「……春くん、あんまりいろんな人にそういうこと不用意に言ったらダメだよ、誤解されちゃうよ」
「そうなの?」
「そうだよ、ダメだよ、気をつけて」
「わかった」
「素直w」
春臣が俺を見て促してくれる。
「あの……」
「葉山くんだよね?」
「はい、卒業おめでとうございます」
「ありがとう」
涙を拭いてにっこり微笑む。
やっぱり綺麗な人だ。
「あの、俺、吉沢先輩に嘘ついたこと、ずっと謝りたくて……傷つけてごめんなさい」
「葉山くん、気にしてたの?」
「このまま卒業しちゃったら後悔しそうで……謝りたかったんです、ごめんなさい」
「葉山くんが悪いんじゃないよ、謝らないで。悪いのは神野兄弟でしょ?
私たちは巻き込まれた被害者」
ふはっ
すごく気が楽になった。
言葉の選び方ひとつでこんなに楽にさせてくれるんだ。
「ありがとうございます」
「私も追い詰めちゃったよね、ごめんね」
「それに関しては俺と兄ちゃんが全面的に悪いので……ごめんなさい」
「本当だよ、反省して」
「はい……」
「よろしいw」
「じゃあ、俺たち行くね」
「わざわざありがとう」
「ううん、麗ちゃん、元気でね」
「今生の別れみたいに言わないで」
そう言って吉沢先輩は春臣にカードのようなものを渡す。
「これは?」
「私の連絡先。迷惑じゃなければ登録してくれると嬉しい。ずっと渡したかったけど、これまで拒否されたらと思うと怖くてずっと渡せなかった……
龍臣くんだけじゃなく、春くんとも縁が切れちゃうから……」
春臣が俺を見る。
俺は黙って頷く。
こんなに誰かを一途に思ってる人の気持ちを踏み躙るような小さい男でいたくない。
春臣が受け取ると、吉沢先輩はホッとしたのかとてもいい笑顔を見せた。
「春くん、またねって言って。
数年後には義理の姉になってるかもしれないんだから」
「強いw」
「女は強いんだよ」
ふっ
「じゃあ、またね」
「うん、またね。葉山くんもありがとう」
「いえ、頑張ってください」
「うん」
春くんから……正確には龍臣くんだけど、プレゼントをもらったことでみんなに囲まれた。
「やっぱり神野くんと付き合ってるの?」
「それなに?」
「いいなあ、私も神野くんからプレゼントもらいたい」
「私、神野くん本人がいい!」
「ずるい! それ言うならみんなそれがいいに決まってるじゃん」
そんな声に、
「違うよ、春くんは届けてくれただけだよ」
と答える。
誰からとは言わない。
だって私がずっと好きな人からだから。
この嬉しい気持ちはみんなと共有したくない。
今すぐに開けたかったけどみんなの好奇な目が怖いから、家に帰ってから開けてみた。
お財布だった。
某ブランドの白とベージュのお財布。
とても品が良くて素敵だ。
でも……ダメだよ、龍臣くん。
日常使いするものなんてプレゼントしたら、使うたびに思い出すでしょ?
忘れられないでしょ?
諦められないでしょ?
本当、こういうところだよね。
女の子の気持ち全然わかってないの。
気を持たせるって罪なんだよ。
本当は大学を卒業する龍臣くんにプレゼントを用意していた。
どんな会社に就職したのかも知らない、
なにを贈ろうかすごく悩んだ。
悩んで少し値の張る高級感のあるボールペンにした。邪魔にならないといいなと思ってそれにした。
でも渡せていない。
断られることに慣れてなんかない。
いつも怖いし、何度も落ち込んだ。
嫌われたくない、それが先に立って臆病になるけど、どうしても龍臣くんしか想えない。
プレゼントしてくれたお財布をギュッと抱きしめる。
一目惚れだった。
家庭教師に来てくれた日から一目で好きになった。
かっこよくて優しくて、数学が苦手な私に四苦八苦しながらも、根気強くわかりやすく教えてくれた。
できるとすごく褒めてくれる。
できなくても、どうして間違えたのか一緒に考えてくれる。
龍臣くんはなにがあっても寄り添ってくれた。
たまに話してくれる弟、春くんのこと。
自分でブラコンって気付いてないのが面白くて、話を聞くのが楽しかった。
いいな、春くんが羨ましいな。
こんなの好きにならないわけない。
私のこと、生徒としか見てくれていなくても。
何度も気持ちは伝えているけど、ずっと断られてる。
それでも諦められない、我ながらやばい女だなって思う。
好き。
私はまだまだ龍臣くんを卒業できそうにないみたい。




