男の子と俺
俺は改札にいる先生が気になっていた。
本当に伝えなくていいんだろうか。
こういう時のために先生がいるのではないのか?
「ねえ、伊織くん」
「はい」
「あそこにいるの先生だよね?」
腕章をつけているのでわかった。
「そうです」
「あの先生には話した方がいいと思う」
「……」
「お母さんが学校には伝えてくれるけど、伊織くんも自分で伝えた方がいいと思う」
「おしっこ漏らしたこと知られちゃう……」
「嫌だよね。だからもう少し同じ学校の子が少なくなるまで待ってから伝えに行こうよ」
「……」
「俺も一緒に行くから」
伊織くんはコクンと頷いた。
10分もすると通学のピークを過ぎたのか極端にU大付属小の子たちの姿がまばらになった。
その間、改札にいる先生に電話がかかってきた。通話を終えると急にキョロキョロし始めた。
もしかして伊織くんのお母さんから学校に連絡が入って、学校から改札にいる先生に連絡が来たのではないか?
きっとそうだ。
行くなら今だ。
「伊織くん、行こうか」
「……うん」
「……先生……おはようございます……」
消え入りそうな声ではあったがちゃんと挨拶できた。
「新藤! 今学校から連絡あったんだ、心配したぞ!」
「……ごめんなさい」
あ、泣きそう。
「なにかあったらすぐ改札にいる先生に言うこと! そう言われてるだろ!」
あ、あ、伊織くんの涙が溢れちゃう。
俺は学生証を提示しながらその先生に声をかけた。
「おはようございます、Y高2年の葉山と申します。
電車で伊織……新藤くんと乗り合わせてまして、新藤くん、辛そうだったので声をかけて一緒に電車を降りました。
降りるまで頑張ったんです。
そんな言い方しないであげてください。
粗相したら子どもだって恥ずかしいんです。
こういう時にどうしたらいいのかを教えてあげてください、助けを求める方法を教えてあげてください」
あ……ついムキになってしまった。
伊織くんは驚いて涙が引っ込んでしまっている。
先生も呆気に取られている。
まずい……言い過ぎた……
「あの……すみません……俺……」
「申し訳ない!」
え?
「私たちの大切な児童を助けてもらったのにその礼も言わず、更に新藤を追い詰めるようなことまで……大変申し訳なかった」
「あ……いや……」
「新藤を助けていただき、着替えまで貸していただいて、本当にありがとうございました」
そう言って先生が深々と頭を下げる。
「いえ、そんな……」
先生は伊織くんに向き合い、
「頭ごなしにすまなかった。学校から連絡が来て話は聞いてる、先生たちしか知らないから心配するな。お母さんが迎えに来るんだよな?」
「はい」
「今朝は◯◯線が遅延してるから、
先生、9時までここにいないといけないんだけど、先生とここで一緒に待っててくれるか?」
「あの……」
「え?」
「伊織……新藤くんのお母さん、車で迎えに来ると言ってました。ですので待つならロータリー側の方がいいのではないかと……」
「ああ! なるほど」
「俺、彼と一緒に待ってますので」
「いや、君も学校があるだろう?」
「学校には連絡しました、付いててやれと言われました」
今度は先生が逡巡し始めた。
俺に任せていいものかどうか判断を決めかねているといったところだろう。
知らない人に付いていくなと教えているだろうから、こんな見ず知らずの高校生に大事な生徒を預けるわけにはいかない。
しかしここにいないといけない任務もあって離れられない。
「他の先生呼ぶにしてもすぐには無理だろうしなあ」
腕時計を何度も見ながら、うーん、うーんと本当にそう言って唸っていたが、
「9時までここを離れられないのでそれまで新藤をお願いできますでしょうか。他の教員を呼ぶよりも早いと思いますのですぐに合流します、どうかお願いできないでしょうか」
そう頼み込む。
そのつもりだったので快諾した。
30分以上かかると伊織くんのお母さんは言っていたので、スマホで動画を見たりゲームをしたりして待った。
その間に先生が合流した。
「ありがとうございました、もう大丈夫です」
先生とそんなやり取りをしている間にお母さんが到着した。
「伊織!」
「お母さん!」
大きすぎるジャージが歩きにくそう。
そして、
「新藤伊織の母です、伊織が大変お世話になりました。助けていただいて本当にありがとうございました」
と深々と頭を下げた。
お母さんは先生と話をして先生は改めて俺に礼を言うと先に学校へ戻って行った。
お母さんは予備の制服のズボンとパンツ、そして靴下と靴も持って来たようだ。
車の中で着替える。
濡れてしまった制服のズボンなどをお母さんにバッグごと渡す。
「学校大丈夫ですか?」
と心配そうにお母さんが俺に聞く。
「連絡入れたら、付き添ってやれと言われたので大丈夫です」
伊織くんのお母さんは少しホッとした顔をする。
「お借りした服をお返ししたいのでお名前と住所を伺ってもよろしいでしょうか?」
「はい」
連絡先を教える。
「それじゃ俺はこれで……」
立ち去ろうとすると、
「待って! 学校まで送らせてください」
「大丈夫です、それに学校遅れてしまいますよ」
「いえ、送らせてください、どうかお願いします」
「お兄ちゃん、乗って」
と伊織くんも言う。
でも……
お母さんの気が収まらないのだろうというのはひしひしと感じた。
「お願いしてもいいですか?」
「勿論です」
お言葉に甘えて学校まで送ってもらった。
「送っていただきありがとうございました。遠回りさせてしまってすみません」
と車を降りると二人も降りる。
なんで?
俺に、
「職員室はどこでしょうか?」
と聞く。
案内すると担任の目黒が待っていた。
「先ほどお電話差し上げた新藤と申します。この度は葉山くんに息子を助けていただきまして、そのせいで遅刻をさせてしまいました。どうかお許しください」
と頭を下げる。
「葉山からも連絡もらっていますし、息子さん一人では心細かったでしょうからなんの問題もありませんよ」
と目黒はガハハと笑う。
「遅刻とかついてしまいますか?」
「いえ、今回のことで遅刻をつけるようなことはありませんので、ご安心ください」
「ああ良かった」
と心底ホッとした表情を見せる。
「ほら、伊織」
「葉山海凪さん、助けてくれてありがとう」
としっかりした声で言って頭を下げる。
「本当にありがとうございました」
「ありがとう! バイバイ!」
何度も頭を下げで伊織くんたちは学校へ向かった。




