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電車の中の男の子

数ヶ月前、登校する電車の中に制服を着た小学生の男の子がいた。

俺の前に座っていたがやたらモゾモゾしてる。

どうしたんだろう? 混んでるから空気悪くて具合でも悪くなったのか?

顔色が悪い気がする。

この電車は急行、通常より駅をかなりすっ飛ばす。

なかなか次の駅に停まらない。

モゾモゾが激しくなってきた。

トイレか?


スマホに、

「ぐあいわるいの?」

と表示してその子に見せる。

ちょっと驚いていたけどスマホを見て首を横に振る。

ということは……

「トイレいきたいのか?」

また見せると、無言で首を大きく縦に振る。

次の駅に停まるまであと8分弱、耐えられるか?

この制服は確かU大付属の小学部、その最寄り駅は次だ。


「おれといっしょにつぎのえきでおりよう、しんぱいしなくていいよ」

とスマホに表示させる。

目に涙を浮かべて頷く。

もう余裕がないんだな、手を強く握りしめている。


停車駅のE駅に着く。


俺はその男の子の手を引いて急いで電車を降りる。

電車内はなんとか回避できた。

男の子と同じ制服の子がたくさんいる。

ここで決壊したらこの子は……

一人にしておけなかった。

降りたところで男の子が動かなくなった。

決壊してしまったようだ。

男の子の目からみるみる涙が溢れ出る。

ズボンからも溢れ出る。

「トイレに行こう」

小声で言うと、泣きながらも手を離さない。


不審者と思われても仕方のない行動だが、この子を放っておけなかった。

その時、駅員に助けを求めるという考えは失念していた。

なんとかしないと、それしか考えてなかった。

トイレの個室に入り、泣きじゃくる男の子に、

「俺の体操服ならあるんだけどそれに着替えるか? かなり大きいと思うけど」

「でも……」

「そのままじゃ気持ち悪いだろ?」

「でも……お兄さん、知らない人だから……」

それはそう、君が正しい。

俺は学生証を見せる。

「俺はY高2年の葉山海凪(はやまみなぎ)と言います。

怪しいかもしれないけど君を助けたいだけです」

「……」


恐らく親御さんや先生からきちんと躾けられているのだろう。

U大付属はマナーなどには特に厳しいと聞く。

知らない人について行くなとも当然言われているはずだ。

この子はもう付いて来てしまっている上、失禁もしてる。

警戒心と罪悪感と恥ずかしさがぐるぐる渦巻いて、どうしたらいいのかわからないのだろう。

逡巡している。


でもほのかに漂うアンモニア臭が彼を決心させる。

「……いいの?」

ふっ

「パンツはないんだけど、ハーフパンツとジャージがあるから裾を上げれば履けるよな? それでいい?」

コクンと頷く。

雑誌を持ってたからそれを引きちぎり床に敷く。その上で履き替えさせる。


さすがに見られるのは嫌だろうから一度俺は個室を出る。しばらくゴソゴソやって、ドアがそっと開く。

「着替えた」

濡れた制服のズボンとパンツ、靴下はジャージを入れていたバッグに入れた。

靴は無事だった。

バッグはポリエステル素材だから濡れても大丈夫だろう。

引きちぎった雑誌は拾い集めて捨てる。


さあ、これからどうしようか。

ここで初めて駅員に伝えた方がいいと思い至った。

それと名前を聞こう。

「名前聞いてもいい?」

新藤伊織(しんどういおり)

「伊織くん、駅員さんに話してこようと思うんだけど行こうか」

と歩き出そうとすると、俺のブレザーをぐいっと掴む。

「改札に先生がいる」


え? そうなの?

「一年生はまだ慣れてないからって」

そうか、見守りか。

「その先生に言えばいい?」

「……」

「ん? どうした?」

「みんなに知られちゃう?」

とまた泣き出しそうになる。

そうか、大ごとになるだろうし恥ずかしいよな。

「嫌か?」

「……うん」


「それじゃお家の人に連絡しようか、それならいい?」

コクン。

「電話番号わかるか?」

「お母さんの番号ならわかる」

「自分でかけられるか?」

「うん」

伊織くんに俺のスマホを貸す。


「……もしもし? お母さん? 伊織。あのね、あの……」

一生懸命説明しようとするが、お母さんの声を聞いて安心したのか涙で言葉にならないようだ。

「代わろうか?」

「……うん」


「お電話代わりました、俺、Y高校2年の葉山海凪と言います。突然すみません。

電車で伊織くんと乗り合わせまして、

伊織くんトイレに行きたいようだったのでE駅で一緒に下車したのですが間に合わなくて……

駅員さんや改札にいる先生に伝えようと思いましたが、伊織くん、恥ずかしいと言うので、とりあえず俺の体操服に着替えさせてます。

今E駅にいます。

このまま伊織くんを学校まで送り届けることも可能ですが、どうすべきでしょうか?」

伊織くんのお母さんは電話口で大パニックになっていたが、次第に落ち着き、今すぐE駅に車で迎えに行くこと、学校にはお母さんが連絡してくれることを俺に伝え、

「伊織を電話に出してもらうことはできますか?」

と言う。

電話に伊織くんを出すと、

今の説明を伊織くんにしたらしい。

そしてまた俺に代わり、

「学校に行かなくてはならないのに伊織を助けていただきありがとうございます、今すぐ迎えに行きます」

と言った。

俺は、

「お母さんが来るまで伊織くんといますので安心してください」

と伝えた。


俺も学校に連絡する。

担任に事情を話すと、

「わかった、遅刻扱いにはしないからその子に付き添ってやってくれ」

と理解してくれた。


「一緒にお母さん待とう」

「うん」


伊織くんには長すぎるし大きすぎるジャージの裾を折る。ウエストの紐も目一杯ギュッと絞る、それでも緩い。

何重にも折ったので裾がドーナツみたいになった。

「ドーナツみたい」

と伊織くんが笑顔を見せる。

「本当だな」 

俺も笑った。



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