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図書室からつづく異世界   作者: 柚子水
第四章 高校1年生 夏休み
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第49話-B  高校1年生 ~出発前日 2~

晴基の家では、台所で小二の妹が椅子に正座し、テーブルに置いたボウルの中で泡立て器を回していた。


その隣で、中二の妹が見守る。


「がんばって。まだ混ざってないからね。ダマがあるよ、見える?」


下の妹は小さく頷いて、もくもくと続ける。


「うまくいってる?」


晴基がキッチンを覗き込むと、


「お兄ちゃんはまだ見ちゃダメ! できたら呼ぶ」


「はいはい……」


下の妹に口だけで言われ、踵を返した。


リビングに戻り、ソファに座る。


テレビから聞こえるのは、日曜のワイドショーの明るい声。


(……明日から、こういうのじゃなくなるんだよな)


少しモヤっとしたが、妹たちの声がそれをすぐに溶かしていく。


「あーっ、こぼれたー!」

「ぎゃー、やっぱりこうなる!

触らないで、そこ!」


晴基はキッチンに目をやって、じきに視線を戻した。


目を閉じて、その音を聞く。


「お姉ちゃんが来ちゃうよ。がんばって」


「うん」


上の妹が下の妹を励ます声。


今日の昼頃、晴基の三歳年上の姉が下宿先から帰省してくる。


そのため、両親は買い出しに出かけ、妹たちはホットケーキを作ると言い出した。


晴基は、「ホットケーキは姉と一緒に作ったらいいんじゃないか」と提案してみたが、下の妹に却下された。


作っておいて驚かせたいらしい。


「お兄ちゃん、これから焼くよー」


上の妹が伝えに来た。


「ああ。最初だけ見るか」


キッチンに行くと、さっきの騒ぎの現場はすぐにわかった。


粉の跡が残る床を踏まないようにして、コンロに近づく。


「火を使うところだけ、お兄ちゃんに見てもらうよ」


上の妹が言うと、下の妹は神妙な顔で頷いた。


上の妹がコンロに火を点け、フライパン全体に油を回す。


最初のホットケーキを焼き始めた。


甘い匂いが、じわっと部屋中に広がった。


焼けた生地とバターの匂い。


一枚目をひっくり返す様子を見届けてから、晴基が言った。


「この感じでやれば大丈夫そうだな」


上の妹が頷く。


「この後も気をつけてやるんだぞ。ちゃんと言うこと聞いてな」


下の妹に言ってから、晴基はキッチンを出た。


どんどん部屋中にいい匂いが広がっていく。


再び騒がしくなるかと思ったら、思ったより静かだ。


火を使う段階になって、下の妹が大人しくなったらしい。


少しして、


「ちっちゃいの、できた!」


下の妹が晴基のところに持ってきた。


「いいじゃん」


焦げ跡つきのホットケーキが乗った皿。


「食べて!」


晴基はつまんで、ひとくちで食べた。


「うまいじゃん」


そう言った瞬間、妹は満面の笑みを見せた。


「やった!」


小走りでキッチンへ戻っていく。


「わたしもフライパンにのせたい!」


下の妹が急に勢いづいたようだ。


「えーっ。

あんた届かないから。ここに椅子持ってきて」


そうこうするうちに、両親が帰宅した音。


「いい匂いがするな」


父親が居間に入ってきた。


「おかえり」


「ただいま」


母親はキッチンに直行したらしい。


台所がさらに賑やかになった。


「そっちこそ、いい匂いさせてるんじゃん」


父親の持つ、積み上がった平たい大きめの箱からは、焼けたチーズとトマトソースの匂いが漂っていた。


「けどさ、ホットケーキがあるってわかってて、ピザ買ってきたわけ?」


晴基は呆れた声で言った。


「ははっ、これ、つい食べたくなってさ。みんなで食べれば、たいした量にならんだろ」


「……まぁな」


晴基は軽く笑った。


それから父親はキッチンに入っていった。


「お、三人でがんばったのか」


「お兄ちゃんはちょっと見てただけ」


そんなやり取りが聞こえてくる。


女性陣が圧倒的に多い家の中で、晴基は父親のことをよく見ていた。


子どもの頃はよく遊んでもらったし、運動が好きになったのも父親の影響。


考え方も似ていると言われる。


台所から戻ってきた父親は、穏やかな声で晴基に言った。


「晴基がいたから安心して出かけられたよ」


「いや、俺はほんとにいただけだし。あの二人が頑張ってたよ」


「はは、そうか。

……ホットケーキが終わるまで、もうちょっとかかるな」


父親は時計を見た。


それから何も言わずにソファに腰掛ける。


キッチンを覗きに行くと、ホットケーキを焼いている横で、母親がサラダを作っていた。


「何か、手伝うことある?」


そう言って台所に入りかけると、


「ねぇ、なんか、いい匂い」


聞き慣れているけど久しぶりの声に、みんなが反応する。


いつの間にか、姉が台所の出入り口に立っていた。


「あっ、お姉ちゃん!」


「おかえりなさい」


妹たちがはしゃぐ。


「ただいまー」


荷物を抱えた姉の声は元気そうだ。


「お昼だから、荷物置いてここに来て」


母親が言うと、姉は部屋に荷物を置きに行った。


上の妹が晴基を見た。


「お兄ちゃんは、明日、友達と出かけるんでしょ?」


「ああ」


「せっかくお姉ちゃん来たのに」


「だからいいじゃないか。遊んでもらえよ。

バイト代で何か買ってくれるかもしれんよ」


言いながら、胸の奥に小さな波が立つのを感じた。


部屋から戻ってきた姉が、テーブルを見て言った。


「なになに、お昼ごはん、ホットケーキとピザなの?

なんかおかしくない?」


その場に笑いが起こった。


「でも、どっちもおいしそう」


姉が笑うと、みんな、嬉しそうに笑った。


「元気そうじゃん」


晴基が言うと、笑顔が返ってくる。


「うん。あんたも高校楽しい?」


「ああ」


晴基は気づかれないように、小さく息をついた。


---


昼ごはんを終えると、妹たちは居間のソファに沈んで眠っていた。


みんなにホットケーキを褒められて、満足したようだ。


晴基はタオルケットをそっとかけてやり、テレビの音量を落とす。


姉は疲れたと言って、自分の部屋に行った。


一気に静かになったリビング。


外から、蝉の声だけが遠く聞こえる。


――時間が止まったようだ。


(ここからいなくなるわけじゃないんだけど……)


思わず、長く息をつく。


(荷物……見とくか。

女子たちほどじゃないだろうけど、健斗よりはきっと持ち物が多いだろうな)


(あいつ、ちゃんとやってんのか?

絶対「現地調達でなんとかなるっしょ」とか言いそう)


「どこで調達するのか、知らねぇけどなぁ」


思わず、口をついて出た。


鞄の中で荷物を少しずらしながら確認する。


「よし」


ファスナーを閉じる音が部屋に響く。


(……みんな、馴染めるといいけど)


戦うために行く。


楽しいだけじゃないだろう。


でも、最初から不安を抱えてたら、向こうで誰かが崩れたとき支えきれない。


(何があっても、四人でやっていくしかない)


そんな自分の考えに、少し驚く。


いつの間に、こんなふうに腹を括っていたんだろう。


(……明日の今頃は、もういないんだな)


※※※


由奈の祖父母の家では、お盆で帰省してきた親戚たちがテーブルを囲んでいた。


昼前に親戚が到着してから、家の中はずっと賑やかだ。


父親の兄妹が、それぞれ家族を連れて帰省している。


従兄弟いとこは三人。


二人は由奈より年上。


一人は葉太と同い年。


由奈以外、全員男子。


昼食後、なんとなく、いとこ同士で居間に集まる。


居間のテーブルにはお茶とお菓子。


台所では、大人たちの楽しそうな声。


年下の二人はゲームの話で盛り上がっている。


高校生の由奈と二番目の従兄は、地元の国立大学に通う最年長の従兄の話を聞いていた。


「二人とも、勉強、順調だろ。だったら、俺の大学には入れるって」


「俺はそこ入れたら御の字かな」


「私はまだ具体的にピンと来ないけど……」


「由奈は数学より国語とか得意だろ」


「でも、私、科学コースにいるからさ」


「そっか。そういうとこって授業数多いよな。

もっと上の大学狙えそうだ」


「うーん、どうかなぁ」


年下組は相変わらずゲームの話で盛り上がっている。


そのうち、年上組の話題が自然に変わった。


「なぁ、子どもの頃、庭の隅っこから入れる隣の家との間の通路、歩いたじゃん。

あれ、ちょっとした冒険みたいだったな」


「そうそう。あんなの、すぐ通り抜けちゃうんだけどな」


「私、今でも、たまにあそこ歩くとワクワクする」


「行く前に準備するんだよな。

敵の基地に繋がってる設定だから」


「おもちゃの刀や木の棒持って行ったなぁ」


「そういや、いつもチャンバラもしてたな」


「うん。あれ、楽しかった」


「由奈が結構強かったんだよな」


「あれ、みんなが来たときしかできなかったから」


「そりゃあ、他の女の子はやりたがらないって」


「あはは、だよね」


子どもの頃から、男の子と一緒に行動するのは、由奈には当たり前だった。


しかし――


小学校ではそれが裏目に出て、「女子より男子と仲がいい」と、クラスの女子たちに嫌な目で見られたこともあった。


年齢を追うごとに、女子同士の空気も少しずつ分かるようになった。


けど――


(やっぱ、こういうの、気楽だな)


そんなことを思いながら、小さく息をついた。


「この後、何する?」


「うーん、外、暑いからなぁ。

こんな感じで話してるしかないか?」


「きっとお母さんたち、そのうち買い物に行くよ。それについてく?」


「そうだな」


由奈は年下二人の方を見た。


「ねぇ、あっちでゲームする?」


「うん、しよ!」


「よし、じゃ、みんなでできるやつ」


全員立ち上がった。


従兄弟たちとゲームで盛り上がる午後。


ソファに座ってお茶を飲みながら、由奈はぼんやりと思う。


(明日のこの時間は、ここにいないんだな)


けれど同時に、


(帰ってきたら、またみんなに会える)


そう思って、少しだけほっとする。


夕方になり、みんなで近所の大型スーパーへ行った。


店内は人でいっぱいだった。


お盆用の刺身や寿司が並ぶ売り場。


(一年で一番、楽しくて穏やかな時間かもしれない)


「これで足りる?」

「もっといるよね?」


母親と伯母が、二人の従兄が持つかごに、次々と肉、野菜、刺身などを重ねていく。


叔母は従弟と葉太と一緒に、お菓子を見て回っている。


帰り道、車の後ろには、買い物袋がぎっしり積まれていた。


夜は寿司、焼肉、刺身、ポテトサラダ。


どれも、あっという間になくなっていく。


食後のデザートが次々と並ぶのに、まだ晩酌している父親たち。


親戚は、祖父母の家に泊まっていく。


だから、明日もこの家では楽しい時間が続く。


「明日は何する?」


「ごめん、明日は昼間、友達と会うんだ」


「なんだ。じゃ、俺たちだけでどっか行く?」


由奈は目を伏せた。


(……ここにいたいな。明日も絶対楽しいはず。

でも、行かなきゃいけないんだけど)


この笑い声が絶えない空間が、現実のものかどうか、わからなくなる。


(あっちにも、こうやって笑ってる人たちがいるんだから)

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