第51話-B 高校1年生 ~ずっと続けばいいのに 2~
(こんな時間、なかなか持てないよね)
桂花は、アイスもなかを口に運んでから由奈を見た。
湯のみは、まだ温かい。
由奈がお茶を一口飲んでから言った。
「そういえば、桂花、前に実習の班が大変だって言ってたの、最近は、どう?」
「どうにかやってるよ。みんな、前よりはまとまってきたかも」
「そっか、よかったね」
「うん、私も結構言いたいこと言って、変なことしてる子がいたら、注意もしたりしてるんだ」
桂花はそう言って笑った。
「へぇ、すごいね」
由奈は桂花を見て頷いた。
(桂花、自分から言ってるんだ……)
すると、
「桂花ちゃん、お風呂どうぞ」
由奈の母から声がかかった。
「はーい」
桂花が先に浴室に行った。
そして、桂花が風呂上がりの匂いをまとって座敷に戻ったとき、すでに布団が敷かれていた。
「布団、敷いてくれたんだ」
「うん。さっき、おばあちゃんと一緒に」
端に動かされた座敷机の上には、魔法瓶が置いてあった。
由奈がそこから麦茶を注いで桂花に手渡した。
「ありがとう」
床の間の前に置かれた行燈の灯りが、やわらかく室内を照らしている。
さっきまで台所から賑やかな声が聞こえていたが、今は片付ける音だけが聞こえてくる。
「すごいね、この行燈、ついてるの、初めて見た」
桂花が近づいて覗いた。
由奈が微笑んだ。
「なかなかいいでしょ」
桂花は頷いて麦茶を一口飲んだ。
「やっぱり、この家、いろいろ素敵だわ」
「私もお風呂いってくるね」
由奈が部屋を出ていき、桂花は静かな座敷で一人になった。
ふと、部屋の中を見回す。
整えられた布団と、やわらかな行燈の灯り。
床の間には、撫子と青もみじが静かに活けられていた。
少し離れたところで、食器の音とかすかな話し声。
桂花は小さく息を吐いた。
(……やっぱり、いいな)
ぼんやりとして過ごしていると、しばらくして由奈が戻ってきた。
桂花は麦茶を注いで由奈に渡した。
「ありがとう」
遠くで、ぱん、と乾いた音がした。
「花火だ」
由奈は立ち上がって襖を開け、縁側の方へ出る。
カーテンを少しだけ引くと、夜の向こうに小さな光が上がった。
「ここから、結構見えるんだよ」
「ほんとだねー」
音が少し遅れて届く。
二人は並んで、しばらく黙って花火を眺めた。
すると、寝巻き姿のおばあさんも座敷にやってきた。
「あら、見てるのね」
「うん。やっぱりここ、よく見えるね」
「人もいないし、落ち着いて見られるね」
桂花が言うと、由奈は微笑んだ。
おばあさんは少し空を見上げてから、やわらかく続けた。
「こうして見るくらいが、ちょうどいいわよね」
三人で、ゆっくりと花火を眺める。
大きな音はないけれど、光だけが夜に広がっていく。
「きれいだねぇ」
「あの色、いいね」
「うん」
何発かの花火を眺めてから、
「じゃ、由奈ちゃん、桂花ちゃん、ごゆっくりね」
おばあさんは座敷から出ていった。
二人だけになる。
少しの間、何も言わずに花火を見ていた。
「……由奈はさ」
桂花が、ぽつりと言った。
「やっぱり、ここにいた方がいいよね」
由奈は少しだけ笑った。
「ここって、こっちの世界?
そうかな?」
桂花は頷く。
「家族はみんな優しいし、学校も楽しそうだし」
少しの間。
「……桂花もいるしね」
由奈はそう言って、少しだけ視線を落とした。
「だから今夜は、特にいい時間だなって思うよ」
桂花は何も言わずに、もう一度花火を見た。
「でもさ」
由奈が続ける。
「行かなかったら、たぶん後悔すると思う」
静かに言う。
「やっぱり、気にしちゃうと思う」
桂花は小さく息を吐いた。
「……うん。それは、わかる」
また一つ、花火が上がる。
音が少し遅れて届く。
「正直、怖いけどね」
由奈が小さく言った。
「うん」
「迷うし、これでいいのかって思うけど」
少しの間。
桂花が続けた。
「……行かないのも、やっぱり違うよね」
由奈は桂花を見て頷いた。
「うん」
「だから、桂花と一緒に選ばれてよかったって、思うことにしてる」
桂花は少しだけ笑った。
「それ、私も思った」
また静かになる。
花火の光が、ゆっくりと消えていく。
「まぁ……」
桂花が軽く言った。
「考えても仕方ないよね」
「うん」
由奈も笑った。
「どうせ行くんだし」
「だよね」
そう言って、花火に目を向けた。
二人ともさっきまでより穏やかな表情。
「それにさ、学校別々になって、なかなか会えなかったけど、あっちに行ったら毎日一緒にいられるよね」
「そうそう。それはいいよね」
「大変なことあってもなんとかなるよ、きっと」
「うん」
花火が一斉に上がり、空が明るくなった。
「もう、花火、終わりだね」
「うん」
空が静かになった後、由奈がカーテンを閉めた。
部屋の中に、行燈の灯りだけが残る。
二人は麦茶を飲み干し、そのまま布団に入った。
やわらかな灯りの中で、静かな時間が続いていく。




