第48話-B 高校1年生 ~不安だけど、前へ 2~
由奈は、小学校の廊下を歩きながら、小さくため息をついた。
(やっぱり、駅の方だよね……)
駅の方は店舗が多く、買い物するには便利だが、かつての同級生らに遭遇する可能性も高い。
(あー、莉乃ちゃんに会ったりしたら、厄介だな)
そんなことを考えながら玄関を出た。
玄関を出た瞬間、むわっとした熱気がまとわりついた。
空気そのものが重く、息を吸うだけで体温が上がるような感覚。
照りつける陽射しに、思わず目を細める。
健斗は軽くキャップのつばを指で押さえた。
「暑……」
由奈は思わず頭に手をかざした。
小学校の中もエアコンは効いていないから蒸し暑かったが、外の陽射しはまた違った暑さだった。
駅方面に歩きだそうとした由奈は、健斗とぶつかりそうになった。
「わっ、ごめん……」
「うわっ」
健斗も慌てて後ろに下がった。
「……高野くん、どこへ行くつもり?」
健斗は南の方を指しながら言った。
「あっちの方」
「えっ、そうなの?駅じゃなくて?」
「うん。前に由奈が駅のへんを避けてたから違う方に行こうと思ってた」
(……覚えててくれたんだ)
「あっちの方にもドラッグストアとかコンビニあるじゃん。だから」
由奈は自然に笑顔になった。
「うん。ちょっと遠いけど、あっちの方が落ち着いて探せそう」
二人は並んで歩き始めた。
(やっぱり、ちょっと周りが気になる……。
前も、知らないうちに誰かに見られてたし)
由奈は健斗を横目で見た。
(……でも、高野くん、ちゃんと覚えててくれたんだ)
嬉しさがこみ上げそうになるのを、そっと抑えた。
(なんか申し訳ないな。駅の方に行きたくない理由、説明してないし。
けど、高野くんと一緒のときは行きたくないなんて、言いづらい)
(異世界に行ったら、周りの目を気にしなくてもいいはずだけど。
……高野くん、きっと注目されるだろうけど。
逆に、高野くんが気に入る子が現れて付き合い始めたりするかもしれないし)
(……いちいちそういうこと気にするの、面倒だな。
私たちが一緒に行動するのは仕方ないんだから。
せめて異世界ではそういうこと気にしたくないんだけど)
すると突然、健斗が立ち止まった。
由奈もつられて止まり、思わず健斗を見上げた。
健斗も由奈を見た。
「歩くの、速かった?」
「えっ、そんなことないよ」
「だったらいいけど……。由奈、しんどいのかなって。
あんまりしゃべらないし、下向いて歩いてたし」
「……私が?
そうだった?」
「うん、ちょっと心配した」
「大丈夫だよ。暑いけど、それは仕方ないし。
なんか、ごめん。心配かけて」
「ううん、下向いてたの、特に意味ないんだったらいいよ」
健斗は軽く微笑みながら帽子のつばを押さえ、歩き出した。
由奈は胸に手を当てた。
そして、健斗に声をかけた。
「ねぇ、ドラッグストアで何か買うの?」
「ん-、歯ブラシくらい?」
「あはは、そんだけ?
……男子って、そんなもんかなぁ」
「いや、家にあるものからも、ちょこちょこ持ってくよ。
それに、店で見てると思いつくかもしれんし」
「そうだね」
学校から20分ほど歩いてドラッグストアに到着した。
中に入ると、外の暑さとは打って変わって涼しい空気が体を包んだ。
「うわ、涼しい」
思わず顔を見合わせた。
健斗はかごを手に取り、歩き出した。
由奈は店内を見回した。
(ここから見えるところに知り合いはいないみたいだけど……)
「高野くん、一人の方がゆっくり見れるでしょ?」
「え、一緒に見てよ」
「でも、私いると気にならない?」
「うん。相談しながら見たいし」
「そっか」
由奈は改めて店内を見回し、健斗の少し後ろを歩き出した。
健斗は歯ブラシのところで立ち止まった。
由奈も横に立った。
「歯ブラシも、あちらで支給されるはずだけど、最初は持って行きたいよね」
由奈はそう言って陳列されたものを眺めた。
「だよな」
その後もぶらぶらと店内を歩いた。
時々、健斗が足を止める。その都度、由奈と話しながら買うかどうかを決めた。
今のところ、かごに入っているのは歯ブラシと汗拭き用のシートのみ。
ほとんどの陳列棚を眺めて、終わりが見えた頃、健斗が足を止めた。
由奈も自然と足を止めた。
(えっ、ここで……)
そこはメイク用品のスペースだった。
「由奈は、普段はこういうの、そんなに使わないよな」
「……うん。日焼け止めくらいは使うけど」
(高野くんは、こういうの、ちゃんと使ってる方が普通って思ってそう)
由奈は気づかれないように息を吐いた。
健斗は由奈を見た。
「別にしないのもいいけどさ。
この前、浴衣のとき――由奈、多分、ちょっと化粧してたって思って」
「……あっ、そうだよ。
あれは友達がしてくれて。
浴衣も友達の家で着せてもらって、その場のノリでメイクもしようってなって。
なんか、変だったでしょ」
健斗は首を横に振った。
由奈は掌を左右にひらひらさせながら言った。
「うそ。自分でも、ちょっと変だったなって思ってたし」
(そもそもメイクって慣れてないんだから。
しかも、高野くんにこんな話してるなんて……)
「でもさ、友達にやってもらってるとき、うまいなぁって思ってた。
……高校生なら普通にできるもんなのかな。中学の頃からしてる子いたもんね」
「いや。してない子もたくさんいるじゃん」
「程良くメイクしてる子がかわいいよね。
高野くんの周りにはそういう子、たくさんいるでしょ」
「まぁ……」
「やっぱりそうだよね」
「そうじゃなくて、俺が言いたかったのは……」
「うん?」
「あのときの由奈、かわいかったなってこと」
由奈は目を見張った。
一瞬の間――
由奈がぼそりと言った。
「……また、そういうこと言うし。
それ、前も言ってくれたよね」
健斗は小さく笑った。
「また言いたくなったから」
由奈は思わず息を飲み、目を逸らした。
健斗はそれを見て微笑んで言った。
「異世界に行ったら、たまにはすればいいじゃん」
「な、なんで異世界で?
だいたい、持ってないし」
「あっちで貰えそうじゃん。お城だし」
「……そうかもね」
由奈は目を泳がせた。
「……あっ、そういえば、私、これ、前に桂花に勧めたんだ。似合いそうって」
由奈は、グレー系のアイシャドウを指した。
「ああ。確かに……」
「でしょ」
「由奈なら、こっちの方が似合いそう」
「えっ?」
健斗が指したのは、淡くて落ち着いたピンクのアイシャドウだった。
「えっ……」
由奈は思わずその色を見つめた。
(ピンク……)
由奈はそっと胸に手を当てた。
(きれいな色。
でも、こんな色……)
「……私には、かわいすぎるなぁ」
由奈はぼそりと呟いた。
健斗は一瞬だけ言葉を探すようにしてから、少し俯いて言った。
「……似合うと思うけどな」
由奈は思わず健斗を見た。
目が合うと、健斗はすぐに視線を外した。
(また、そういうこと言うんだ。
でも……)
由奈は健斗を見た。
そして、そっと息を吐いた。
「そうかな。
きれいな色だね。ありがとう」
健斗が由奈を見て、わずかに口元を緩めた。




