第48話-A 高校1年生 ~不安だけど、前へ~
翌日――8月12日(土)。
小学校の玄関前。
10時の待ち合わせには、誰も遅れなかった。
三人の顔を見て、由奈は小さく息を吐いた。
(なんか、ほっとしたっていうか……。
昨夜、あんまりよく寝れなかった気がするし)
志野先生もそこにやって来た。
「おはよう、揃ってるな」
「おはようございます」
先生が四人を見回して、玄関の扉を開けた。
正面玄関から校内に入る。
四人はいつもより口数が少なかった。
由奈は、図書室に向かう廊下の風景が、どこか現実味を欠いているように感じた。
図書室に入ると、各々、荷物をテーブルに置いた。
先生が書庫の鍵を開け、四人が続く。
さらに小部屋の鍵を開けて中に入る。
そこには、描きかけの魔法陣があった。
由奈は、ぼんやりとそれを見つめた。
「よし」
晴基が記録の書をめくり、魔法陣の描かれたページを開いた。
桂花もそこへ行き、晴基と一緒に続きを描く打ち合わせを始めた。
由奈と健斗は少し離れたところで二人の話を聞いていた。
志野先生は四人の様子を見守っていた。
そして、
「じゃ、始めるね」
桂花が床に膝をつき、続きを描き始める。
ときどき、晴基と話しながら線の位置を決めていく。
由奈は隣にいた健斗に小声で話しかけた。
「ねぇ、なんとなくさ、こうなると手伝いしにくいよね」
健斗は苦笑して頷いた。
「うん。描かないのに、いろいろ言ったりするのもな」
――少し間を空けて、由奈が言った。
「ところで、高野くんは持って行く荷物、もう準備は終わった?」
「いや、まだ全然……」
「えっ……もう、出発は明後日だよ」
「わかってるよ。
その言い方……由奈はもう完璧?」
「完璧じゃないけど、だいたいは終わってるよ」
「マジか……」
「桂花も同じくらいできてるはず」
「そっか……なんか、焦ってきた」
由奈は眉をひそめた。
「それ、今……?」
由奈は小さく息を吐いた。
「ね、これから帰って準備してきたら?」
「いや、魔法陣描くの、頑張ってもらってるのに悪いし」
「いやいや、出発準備できてないのも困るからさ」
健斗は小さく息をついた。
「……晴基に、準備できてるかどうか、聞いてみてもいいかな?」
「え、それは……」
由奈と健斗は、魔法陣を描いている二人に目をやった。
集中して作業を進めているのが伝わってくる。
――少しの沈黙。
由奈が静かに言った。
「……今は止めといた方が良さそうだね」
健斗が頷いた。
「うん……」
二人は、魔法陣に目を向けたまま黙っていた。
すると、
「どうした?」
志野先生が近寄ってきた。
由奈が先生を見上げた。
「先生、高野くん、荷物の準備、まだ全然できてないって……」
「えっ……明後日の?」
先生は一瞬、驚いた顔になる。
「え、やっぱり先生もそんな顔する?」
健斗は苦笑した。
「今日、帰ったらやりますから……」
「そうだな。せめて、何持っていくかは考えておけよな」
先生はそう言って、紙とペンを健斗に差し出した。
「書き出してみな。足りないものも見えてくるし」
健斗は小さく頷いてから、
少しの間、宙を見ていた。
――そして、おもむろに由奈を見て言った。
「着替えって少しは持ってくつもりだけど、あっちで準備してもらえるよな?」
「うん。だから、最低限にしたよ。服や下着をやたら持ち出すと家で怪しまれるだろうし」
「ああ、そうだな。わかった」
健斗はペンを動かした。
「あとは?」
「えっと……化粧水とか歯ブラシとか」
「そっか、そういうものもいるよな」
「……高野くん、ほんとに何も考えてなかったの?」
健斗は一瞬、由奈を見て、すぐに目を逸らした。
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど……」
由奈は眉間にしわを寄せて、小さく息を吐いた。
健斗は小さな声で続けた。
「なんとなく、落ち着かなくて気晴らししてたってのもあるし……」
「……まぁ、そうだよね、わかるよ」
「……なんか、落ち着かなくてさ」
「うん。実は、桂花がうちに泊まりに来ててさ。だから、やり過ごせたと思う」
「そっか。よかったじゃん。俺も従兄と遊んでたけど、このこと話せないし……。
そわそわしてた」
「そうなの?そんなふうには見えないから。
高野くんて、そういうとこ、すごいなって思う」
「ははっ、それって褒めてんの?」
「そうだよ。前にも、こういうのすごいって言ったじゃん」
「まさか、テストの名前書かずクラスの前で注意されたときのこと?」
「そうそう。その後、みんなの笑いをとってたの、すごいなって」
「はは、あれね。
……まったく、俺ってバカみたいだな」
「いやいや、褒めてるんだってば」
二人で同時に笑った時――
「……なんの話?」
「えっ?」
いつの間にか、晴基と桂花、志野先生が由奈と健斗の方を見ていた。
「なんか、二人で盛り上がってるね」
桂花がニヤニヤして見ている。先生も笑っている。
「いや……高野くんが、まだ出発の準備してないっていうから、いるものを書き出してたの」
「そうそう、そしたら変な方に話が行ってさ」
「は?
健斗、大丈夫か、荷物」
晴基が呆れた声で言った。
「大丈夫、今日、なんとかする。由奈に何持ってけばいいか聞いてるから」
晴基が面白そうに言った。
「へぇ。じゃ、今から由奈と二人で準備してきたら?」
「いやいや、二人に頑張ってもらってるんだから、そういうわけには……」
「それは別にいいよな」
晴基は桂花を見て言うと、桂花も頷いた。
「うん、こっちはぼちぼちやってるから」
由奈が慌てて言った。
「ちょっとちょっと、勝手に決めないでよ」
「まぁ、それは冗談として。
適当に時間見て、二人で昼めし買ってきてくんないかな?」
「え……」
由奈が固まった。
「なに、由奈?」
「……別に」
晴基がマジックをくるくる回しながら言った。
「健斗、準備に必要なものあったら、一緒に買ってきたら?」
「そうだな」
由奈が志野先生を見た。
「先生は……行かないんですか?」
「あー、俺はここにいないとな。他の誰かが来たりした時のことがあるからな」
「あ、そうですよね……。
……じゃあ、みんなで行ってもいいんじゃない?」
由奈は晴基と桂花の方を見た。
桂花が描きかけの魔法陣を見ながら言った。
「昼までにある程度進めないと、これ、終わんないんだよね」
晴基も頷いた。
「だよね……。
じゃ、私、一人で行って来てもいいよ……暑いし。
高野くん、二人のこと見ててあげてよ。
持って行きたいものも、まだ決めてないでしょ?」
「いや、由奈と話しながら考えた方がスムーズに準備できそうだし。
俺たちで昼も用意した方がいいよな。
由奈、一緒に買い物行こ」
健斗が軽く言うと、三人が頷いた。
由奈は目を伏せて小さく頷いた。
「……うん」
「じゃ、俺の分もこれで買ってきて。余ったら、好きなもの買ってきていいよ」
そう言って先生は健斗にお金を渡した。
先生のお昼ごはん代にしては多めだった。
「了解!」
「先生、ありがとうございます」
健斗は由奈が動き出すのを待って、部屋の扉を開けた。
由奈と健斗が出て行った後、
晴基が呆れた声で言った。
「健斗、まだ準備してなかったとか……」
先生は笑った。
「はは、健斗らしいよなぁ」
桂花が本を指さしながら言った。
「とりあえず、お昼ごはんが来るまでにこのへんまで終わらせたいね」
晴基が頷いた。
「そうだな」
二人は描きかけの魔法陣を見つめた。




