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第44話-C  高校1年生 ~苦さと懐かしさのあいだ~

小学校に到着して立ち止まった瞬間、汗が噴き出した。


昨日も来たのに、小学校の敷地に入ると胸の奥がざわついた。


校舎の正門側にある来校者用の玄関に向かう。


途中、昇降口の脇を通りながら、少しだけ中を覗いた。


(ここから出入りしてたんだ……)


学校の建物に入るのが嫌なときも、やっと家に帰れると思ったときもここを通っていた。


(それでも、高野くんを見ると、やっぱり嬉しかったな)


由奈は当時のことを思い出した。

クラスの居心地が悪かったこと、健斗を好きだったこと。


男子は、由奈たちが女子グループの陰湿な攻撃を受けていることなんて、気にしてなかったかもしれないけど……。


健斗がいるところでやられると、特に恥ずかしかったこと。


(クラスにいるとつらいこと、いっぱいあった)


(高野くんが莉乃ちゃんや他の女子と仲良くしてるのを見るの、嫌だったけど……途中から当たり前になっちゃった気がする。


(高野くんが莉乃ちゃんと仲良くしてたの、毎日だったし。

認めたくなかったけど、高野くん、嬉しそうだったよね)


(たまに、話せると嬉しかったけど。期待したって、無駄ってわかってたし)


(クラスの中でいじめられてる女子なんて、どんなに話していて楽しくても、相手にされるはず、なかったよね……)


由奈は空を見て深呼吸し、前を歩く健斗と晴基を見た。


(中学が終わる頃には、すっかり高野くんのこと、あまり思い出さなくなってたけど)


(……やっぱり、あの頃から違う世界の人たち、なんだろうな)


気づくと、正面玄関に着いていた。


受付で志野先生を呼んでもらった。


(ここ、先生用の玄関だと思ってた)


来客用スリッパも用意されていて、置物や花が飾ってあって、先生たちだけの出入口でないことは、今ならわかる。


そして、足音がして志野先生がやってきて、昨日と同じように、笑顔で迎えてくれた。


スリッパに履き替えて廊下を歩く。


窓から差し込む夕日が、廊下を長く橙色に染めている。


屋内で、セミの声はまだ遠くから聞こえてくるが、昼と比べてどこか寂しげに聞こえた。


途中、通過する教室。


机や椅子が整然と並んでいる。


四人は思わず覗き込んだ。


その様子を先生は微笑みながら眺めていた。



図書室に到着すると、本棚とテーブルの光景が目に飛び込んできた。


(昨日見たばかりだけど。まだ、懐かしい感じがするな)


四人が図書室に入ったところで、志野先生が言った。


「あの本、なかなか面白いな。……いや、実際に大変な冒険をしてきた人の記録を面白いというのも、ちょっと違うかもしれないけど」


「はい、読みやすかったですよね」


「由奈なら、あっという間に読んじゃったんじゃないのか?

本を読むの好きだったよな」


「はい。本が光ったのを見たときには少し怖かったけど……。

読み始めたら夢中で読みました」


由奈は笑顔で頷いた。


「じゃあ、さっそく」


先生が書庫に向かって歩き出した。


書庫は図書室内にある扉で仕切られた部屋。


その中に、更に小部屋がある。


その小部屋の存在を、由奈はなんとなく覚えていた。


志野先生がその部屋の鍵を開けてくれた。


小部屋に入って扉を閉めると、更に静かに感じられる。


本棚が二台置かれているが、本は並んでいない。


隅に、教室に並んでいる学習机と椅子が一セット置かれていた。


部屋の真ん中には何も置かれていない。

魔法陣を描くにはちょうどよさそうだった。


「ここ、いいかもね」


「確かにな。ここなら扉が閉まっていれば、人目につかないし、鍵もかけられるから、見つかりにくい」


「魔法陣もここに描ければいいね」


「少しほうきで掃いて、ぞうきんで拭けばきれいになりそうだよね」


「鍵は、志野先生が管理されてるんですか?」


晴基が先生の方を見て言った。


「そのことなんだが。みんな、司書さんのこと覚えてる?」


由奈と桂花が頷いた。


「はい、もちろん」


「ここで、たくさんお話ししました」


二人にとって、司書さんがいたことも図書室に行きたくなる理由のひとつだった。


「俺はあんまり話してないな」


「俺も」


健斗と晴基はぼそりと言った。


先生は小さく笑いながら頷き、言葉を選ぶように言った。


「このこと、あまり人に話さない方がいいことはわかってるんだけど。

もし、この部屋を使いたかったら司書さんにも話した方がいいんじゃないかと思うんだ」


四人は志野先生を見た。


「君たちがいいと言ってくれたら、今日は司書さん、まだいるから。

話してみてほしい。もちろん、俺も一緒に話す」


「私は司書さん、話しても大丈夫だと思う」


由奈は頷いた。


「私が志野先生に相談したときにも、そういう子たちがいたってことを調べてくれたんだから」


由奈は司書さんとの出来事を思い出す。


(きっと、桂花や私が教室にいたくないって知ってて声をかけてくれてた。

松原さんたちが図書室に来ちゃったときも。

あれは、鉢合わせないようにしてくれたんだろうな)


あるときのことを思い出した。


由奈や桂花に攻撃的な態度をとっていたグループの子たちが、放課後、図書室に来たときのこと。


彼女らが扉から入って来たとき、由奈と桂花はカウンター近くで司書さんと話していた。


それまで笑い合っていた二人は目を見張り、言葉を失った。


すると、司書さんは由奈と桂花に書庫の掃除を手伝ってほしいと言って、二人を書庫に連れていった。


(おかげで松原さんたちに見つからなくて済んだんだった)


「私も、あの司書さんは信頼できる」


桂花も頷いた。


「そうだな。この部屋、使いたいしな」


健斗も晴基も頷いた。


「よし、じゃあ、司書さんを呼んでくる」


そう言って先生は部屋を出ていき、司書さんを連れて戻ってきた。


扉が開き、静かな足音とともに一人の女性が入ってくる。


落ち着いた色合いのブラウスに、動きやすそうなスカート。

長い髪は低い位置でゆるくまとめられていて、どこか柔らかな印象を与える。


三十代前半くらいだろうか。


派手さはないが、穏やかで整った雰囲気をまとっていた。


その人が部屋に入った瞬間、空気が少しだけ和らぐ。


視線が四人に向けられる。


静かに受け止めるようなまなざし。


急かすことも、問いただすこともない。


由奈はその表情を見た瞬間、胸の奥がふっとほどけるのを感じた。


(あ……)


懐かしい。


そう思ったのと同時に、自然と肩の力が抜けた。


あのときと変わらない、優しい空気。


言葉にしなくても、「ここにいていい」と思わせてくれるような感覚。


「お久しぶりです」


由奈と桂花が歩み寄った。


「由奈ちゃん、桂花ちゃん。あの頃より元気そうね」


穏やかに微笑む。


「それに、高野くん、古山くんも」


「あ、こんにちは」


「俺たちのことも覚えててくれてるんですね」


晴基が言うと、司書さんは笑った。


「ええ。二人は、目立ってたから。もちろん、いい意味でね」


「そうでしたかね……」


笑いが漏れた。


「よし、本題に移ろうか」


志野先生が気を取り直したように言った。

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