第43話-C 高校1年生 ~読了を待つ間~
少し離れたところで読書をしている健斗と由奈。
その様子を見ていた晴基は、体の向きを変えて桂花と先生に言った。
「できれば、夏休み中に出発するのがいいのかな?」
桂花は頷いた。
「たぶん、できるだけ早い方がいいね。
でも……夏休み中かぁ……」
先生は少し心配そうに言った。
「そんなに、急ぐのか」
「はい。ちょっと急だけど、その方がいいかなって」
晴基が答えた。
そして、続けた。
「この、異世界への移動って、今、健斗が読んでる本がしくみの一部になってるんです。
転移の魔法陣を描いて、あの本を傍に置いておくと、勇者たちの行動が本に記録されるみたいで」
「……ほう」
先生が静かに相槌を打つ。
「で、二つの世界を行き来するときは、最後のページに栞を挟むと、その時点に戻れるみたいです」
晴基が説明を続ける。
「なるほどな」
先生が小さく頷いた。
桂花が苦笑した。
「歴代の勇者たちは、それをやらずにいろいろやらかしてたみたいですけどね。
ちゃんと栞を挟んでいれば、異世界の人たちは勇者たちが一時的に異世界からこちらの世界に戻ったことに気づかないじゃないですか。
だから、一時的に戻るときには、わざわざ伝えていなかったみたいなんです。
でも、異世界編の栞を挟み忘れたまま、こっちに三週間くらいいたことがあって、
そのときは異世界で“勇者が行方不明”って大騒ぎになってたみたいで」
「……それは困るな。逆もあったら大変だ」
先生が苦笑しながら眉をひそめた。
桂花が軽く笑う。
「そういうときは、先生の出番です」
先生も小さく笑った。
――少し間があって、桂花が晴基に向き直る。
「このお役目、結構長くなりそうだよね」
晴基が頷いた。
「……年単位になりそうなんだよな。
その間、何回こっちの世界に顔出すか悩むよな。
そりゃ、たまには戻りたくもなるし」
先生も頷いた。
「それはそうだよな。たまにはこっちの空気も吸いに来てほしいよ。
どんな状況か、俺も心配になるし」
「もし、こっちで一週間も過ごしてたら、あっという間に夏休みが終わっちゃうし。
そうなると、完全に二学期にかぶらないようにするのは難しそうだけど……」
「二学期が始まると、テストとか体育祭とか普通にあるもんな」
「学校と重なると、結構きつそうだよね。どっちもやらなきゃならなくなる」
「うん。あちらの栞をちゃんと挟んでれば、こっちに長めにいても大丈夫だけど。
その分、向こうでの訓練は止まるしね。
こっちに居過ぎて、剣や魔法の腕が鈍ったって人たちも、過去にいたよね」
「ああ。それに、さっき言ってたみたいに、最悪、栞を挟み忘れたまま気づかず、
こっちで学校に通ってたら、あっちの世界が滅ぶ可能性もある」
少し考えてから、晴基が続けた。
「……じゃあ、一時的に戻るときは短めにして、
できるだけ夏休み中に収める方向がいいよな」
「やっぱり、そうなるかな」
「あと、持っていくものも準備しないとね」
「向こうでは、物資は何ももらえないのか?」
先生が口を挟んだ。
「日常生活に使うものは基本的になんでも手に入りそうです。こちらと同じものというわけにはいかないと思うけど」
「滞在する王城は、これまでの勇者たちをずっと受け入れてきてるので。
こっちの文化とか言葉も、広がってるらしいんです」
「……なるほど」
先生が納得したように頷いた。
「中には、そのまま向こうで暮らすことを選んだ人もいるみたい」
先生が小さく息をついた。
「言葉が通じるのは助かるな」
「はい。便利なものも、こっちを参考にして作られてるみたいだけど……」
晴基が小さく笑いながら言った。
「それでも、百年以上前の水準だと思うけどな」
「だからさ、カップラーメンなんかはないよね」
「だろうな」
先生も頷いた。
「やっぱり、そのあたりは持っていきたいよね」
「ああ。絶対役立ちそうだ」
先生が感心したように言った。
「ちゃんと考えてるな」
少し空気が落ち着く。
そのとき、少し離れたテーブルから、
小さな笑い声が聞こえた。
由奈と健斗だ。
本を見ながら何かを話している。
ちらっと視線を向けて、桂花が小さく笑う。
「……あっちは、あっちで順調そうだね」
晴基も軽く目をやった。
「だな」
そして、すぐに話を戻す。
「あとさ……出発の日、決めないとな」
「うん。さっきの話……早めに出た方がよさそうだし。
決めて動いた方がいい気がする」
「じゃあ、明日もう一回集まるか」
「そうだね。やることも洗い出したいし」
「ああ」
先生は由奈と健斗の方を見ながら言った。
「俺も、読めるところまで読んでおくよ」
少し間を置いて、続ける。
「興味もあるし……
“協力する大人”として、ちゃんと理解しておきたいからな」
その言葉に、晴基と桂花は静かに頷いた。




