第43話-B 高校1年生 ~協力してくれる大人~
晴基が頷いた。
「はい、そうなんです」
先生も静かに頷いた。
由奈が切り出した。
「先生……覚えてますか?
私が小学生のとき、“光る本”の話をしたこと」
志野先生は一瞬、息を止めた。
「もちろん。あれは忘れられない」
「あのときの由奈の顔も、よく覚えてる。
不安そうで……でも、真剣で。
だから司書さんにも確認したんだ。
そしたら、“同じようなことを言った生徒がかなり昔だけど、いたらしい”って聞いてね」
由奈は小さく頷いた。
「……その本、私、あの頃に読みました。
でも、しばらくしたら、書庫からなくなってしまって。知らないうちに見なくなってしまった。
けど最近、また出会ったんです」
先生が息を飲んだ。
「今回も、四人でいたときに。
……市立図書館の書庫で見つけました」
健斗がリュックから本を取り出し、静かにテーブルに置く。
桂花が表紙に触れた。
「これ、そのときも光ってたんです」
志野先生は少し眉をひそめ、それから目を細めた。
「……また、四人でいるときに現れたんだな」
桂花が頷く。
「前に読んだときにはなかった内容が書き込まれていて。
たぶん、私たちがまた四人でいたから……かな」
由奈が本を開いた。
「この本、異世界で魔王を封印する話なんです。こちらの世界から異世界に転移した若者が封印をかける。
でも封印は、80年から120年くらいしかもたなくて……」
「次に、誰かがまた行くことになるのか」
先生が静かに言った。
「はい。
封印が解けるのが近づくと、この本が現れて。
選ばれた全員が読み終わると、転移する資格が発生するみたいです」
先生は声を抑えて言った。
「……つまり、君たちが選ばれた四人だと?」
「はい。確証はないですけど……
この本の内容を見ると、そうとしか思えなくて」
「たぶん、私たちが行かないと、この本に書かれている世界は魔王に滅ぼされるんです」
由奈は俯いた。
「もちろん、知らないふりをすることもできると思います。
でも――」
一瞬だけ、言葉を止める。
「知ってしまった以上、放っておけないと思ったんです。
……みんな同じ気持ちです」
三人も頷いた。
桂花が続けた。
「だから、みんなで急いで本を読んで……今日、ここに来ました」
晴基がまっすぐに先生を見た。
「選ばれた四人には、“協力してくれる大人”が必要だと書かれていて。
それは、俺たちのことを、こちらの世界で支えてくれる人です」
一呼吸置く。
由奈が先生を見つめて言った。
「……私たち、先生にお願いしたくて来ました。
“協力してくれる大人”になってほしいんです」
――沈黙。
志野先生は四人を順に見た。
その視線は、あの頃と同じだった。
しばらく空気が静まりかえった。
先生が顔を上げながら言った。
「……事情は分かった」
少しの間。
「けど……
みんな、行くつもりなんだな?」
四人は頷いた。
先生は目を閉じた。
「君たちを疑う気持ちはないよ。
四人が真剣な顔でここにいるんだから」
少しの間があり、先生は息を吐いて続けた。
「正直に言うと……
引き止めたい気持ちはある。
だって、相手は魔王だろ。
……魔王って、ゲームや本の中でしか知らない存在だけど」
四人の表情が揺れる。
先生は軽く手を振った。
「でも、それは、君たちの身近な大人としての気持ちだ」
ゆっくりと目を開く。
「これまでの“協力してくれる大人”も、
きっと同じ気持ちだったんだろうな」
静かに続ける。
「それでも、止めなかった。
選ばれた四人を信じたからだと思う」
四人を見る。
「……俺も不思議と、そんな気持ちだ」
そこで一呼吸した。
「君たちを信じるよ。
俺は、“協力する大人”になる」
その言葉に、空気が一気にほどけた。
「やった……」
「さすが先生!」
「よかった……」
「ありがとうございます!」
四人の声が重なる。
先生は少し笑った。
「壮大な話だな。
異世界を冒険する物語はいくつか読んだことあるけど、あんな感じなのかな」
テーブルの上の本に目を落とした。
「……俺も読めるのかな。
少し見せてくれ」
先生が手に取ってページをめくる。
晴基が健斗を見た。
「そういや、聞いてなかったけど。
健斗、もう読み終わったよな?」
健斗が目を逸らした。
「それが……まだちょっと残ってて」
「は?」
「いや、その……ちょっと前にペースが落ちてさ」
少し間があってから、
晴基が察した顔になる。
「あー……」
桂花も、ああ、という顔で頷いた。
晴基が健斗に言った。
「健斗、ここで読み切れ」
「えー……」
由奈が少し首をかしげた。
「高野くん、本読むの、疲れちゃった?
ちょっと前は楽しそうだったじゃん」
「いや、読書は調子良かったんだけど……。
……ちょっとね」
「じゃあ、ここで読んじゃおうよ」
由奈が本を手に取って立ち上がり、健斗を見た。
「高野くん、あっちで読む?」
健斗は嬉しそうに頷いて立ち上がり、二人で少し奥のテーブルへ移動した。
由奈が椅子を引いて健斗を座らせる。
「どこまで読んだの?」
「最後の冒険の半分くらい。
現実世界編も同じとこの半分くらい」
「じゃあ、ほとんど終わりだね」
「そうなんだけどさ。
……土日ちょっと……全然読めなくて」
「ふーん、そっか。頑張ってたから、疲れちゃったのかもね。
じゃ、私も一緒に読むよ」
由奈は自然に隣に座った。
「先に異世界編、読む?」
健斗は小さく笑って頷き、本を開いて読み始めた。
由奈も読み始める。
その様子を見て、晴基と桂花が顔を見合わせた。
先生も目を丸くしている。
「あれは……」
桂花が苦笑しながら言う。
「由奈、高野の読書に責任持ってるんです」
晴基がぼそりと続けた。
「健斗の読書ペースは由奈の影響がでかいみたいだな」
先生が目を細めて笑った。
「そうか。
……なんか、いいな」
少し懐かしそうに二人を見ている。
「昔から、あの二人、そんな感じだったよな」
健斗は、ときどき顔を上げて、由奈に小声で話しかけた。
「なんか、この人たち、クセ強くね?」
「あー、わかる」
「でも、なんだかんだうまくやってるんだよな」
「そうだよね」
「二人とも、マニアックだけどなぁ」
由奈と健斗は同じページを見て笑い合っている。
やがて、健斗は再び本に目を落とした。
由奈はそれを見て、小さく微笑む。
――ちゃんと読んでる。
安心した顔で、また自分の読書に戻った。




