第4話 似合う相手
健斗は、毎日、由奈と話していたわけではなかった。
特に、由奈が女子たちから攻撃されるようになってからは、無意識に距離を取るようになっていたかもしれない。
莉乃とは、ほぼ毎日、くだらないことで笑い合っていた。
休み時間に気付けば近くにいて、別の友達と一緒にはしゃいでいても、お互いを気にしている感じ。
明るく無邪気で、どこか子どもっぽい可愛さのある莉乃。
それだけじゃなく、これから華やかな女の子に成長するのだろうと、なんとなく誰もが期待感を持っている。
他の男子たちも彼女を気にしていて、健斗が莉乃と話していると、羨ましげな視線や冷やかしが飛んでくる。
「おまえら、付き合うの?」
そんな言葉がくすぐったい。
莉乃のような子と自分が似合うと思われている。
「両想いなんだろう」と周りに思われていることも、どこか心地よかった。
けれど、ふとした瞬間に気になった。
──あれ? 由奈って、最近ちょっと変わった?
前より話さなくなった。
すぐに目をそらされた気がするし、話しかけても反応が薄かった気がする。
由奈はどんな話題にも乗ってくれるし、言いたいことを言い合えてたけど。
(なんか、怒らせたかなぁ……。
まぁ、ただの気まぐれかな)
***
その頃の、ある日の昼休み――
華恵たちが、にやにやしながら健斗に言ってきた。
「健斗ってさ、結構、由奈と仲良いときあるよね~。二人で楽しそうにしててさ。
まさか、好きとかじゃないよね?」
(はぁ?
なんか、むかつく感じだな)
しかも、莉乃が見えるところにいて、きっと今のが聞こえていた。
心なしか、その表情が少し曇っているようにも見えた。
(――莉乃に聞こえるし)
健斗は反射的に言い返した。
「由奈なんて関係ねーよ。地味じゃん、あいつ。
女っぽくねーし」
つい口調が強くなって、声が大きくなった。
(誤解されたら困るし。莉乃にも、由奈にも、みんなにも)
健斗の声を聞いて女子たちは笑った。
「あはは。健斗、はっきり言ったねぇ」
「あの子、真面目だし地味だよね」
「まぁ、健斗が好きになる対象じゃないか」
女子たちは盛り上がって笑っていた。
「ったく、お前ら、いきなり変なこと言うなよな」
健斗がそう言うと、更に女子たちに笑いが起こった。
健斗はちらっと莉乃を見た。
莉乃は満面の笑顔でクラスメイトと話していた。
そして、ぐるりと教室を見回してみたが、由奈はいなかった。
(……由奈と話すの、楽しいけどさ)
正直、女子の中で一番、話していて盛り上がる。
話題が尽きなくて、ちょっと真面目な話もできて。
キツイことを言うときもあるけど、本当は優しい。
たまに笑いのツボがぴたりと重なるし、気取らずに話せる。
けれど、そう認めるのは、莉乃を裏切る感じがして。
(俺が、由奈なんて好きになるわけないのに)
健斗は再び莉乃を見た。
(やっぱり、莉乃だよな)
***
由奈は教室の出入り口付近にいたから、真ん中にいた健斗と華恵たちが何を話していたのか、はっきりとはわからない。
――けど、
『由奈なんて関係ねーよ。地味じゃん、あいつ。
女っぽくねーし』
この健斗の声だけは、しっかり聞こえた。
そして、華恵たちの笑い声も。
胃に冷たい感触が落ちて、鼓動が速くなった。
もう、彼らの声にばかり耳がいってしまう。
ちゃんと呼吸していたのかもわからなかった。
体の力が抜けて、その場から動けない感じがした。
逃げ出したい気持ちなのに、咄嗟に思った。
(今すぐにここから逃げ出したら、高野くんの言葉に傷ついたみたいに見えるかもしれない)
健斗たちから由奈の姿は見えないかもしれないが、周りにいるクラスメイトにも健斗の声は聞こえたはずだ。
(あの言葉に傷ついたって思われたくないし、高野くんを好きなんだと思われたくない)
由奈は静かに呼吸を整え、少し教室を見回してから、妙に足早に見えないように気を付けて教室を出た。
給食当番で給食室に食器の片付けに行っている桂花が戻ってきたら、一緒に体育館の裏に行くつもりだったが、先に教室を出てしまった。
そして、ほとんど無意識に廊下を歩いた。
どこをどう歩いたのか、誰とすれ違ったのか、覚えていない。
外に出ると、昼休みの運動場のざわめきが耳に広がった。
サッカーボールを蹴る音。
鉄棒ではしゃぐ低学年の声。
ジャングルジムの上から誰かを呼ぶ声。
強い日差しに照らされた校庭を、みんなが駆け回っている。
みんなが楽しそうに笑っている。
ぼんやりとその光景を眺めながら、由奈は体育館裏へ向かった。
体育館裏にある小さな階段にゆっくり腰掛け、小さくため息をついた。
すると、さっきの声がまた蘇ってきた。
由奈は目を閉じて、小さく頭を振った。
(高野くんに、そんなふうに思われてたんだ。莉乃ちゃんには敵わないと思ってたけど。
……他の女子より仲良いと思ってたのに)
健斗と話して楽しかったことが思い浮かんだ。
けど――
(私、絶対に好かれてないな……。むしろ……)
華恵たちの笑い声が蘇ってきて、ますます由奈の胸を重くした。
華恵と一緒にいた知加の言葉も――
『まぁ、健斗が好きになる対象じゃないか』
(高野くん、あのとき一緒になって笑ってたかな?
……まぁ、そうだよね。いじめられてる女子のことなんて、高野くんだってバカにしてるよね)
「――由奈!」
そのとき、名前を呼ばれて顔を上げた。
声の方を見ると、桂花が小走りでやってきた。
「どうしたの? 先に行っちゃったから」
由奈は思わず立ち上がった。
「あ……、ごめんね。なんか、早くここに来たくなっちゃっただけ」
ここに来ると、学校の外が見える。
近所の家から聞こえるテレビの音や、車の走る音を聞くたびに、“家”を感じられた。
帰り道に繋がる空気を感じて、家に帰る自分を想像できる。
だから――
「ここ来ると、なんか落ち着くから」
由奈が笑ってそう言うと、桂花は少し心配そうに由奈の顔を覗き込んだ。
「うん、そうだけどね。でも、ほんとに大丈夫?」
由奈はしっかり頷いた。
「大丈夫だよ。何にもないし」
(あんなこと、話したら、桂花も嫌な気分になっちゃうかもしれないし。
高野くんのことで傷ついたって思われちゃうし……。
……あのとき、桂花が教室にいなくてよかったのかも)
そして、ゆっくりと腰を下ろした。
(どうせ、高野くんとはあんまり話さないって決めてたんだから。
……もう、どうでもいい。
あんなふうに思われてるのなら、話しかけても迷惑だろうし)
何度も自分にそう言い聞かせた。
その後、桂花と話しているうちに、少し気持ちが落ち着いた。




