第3話 教室の空気
ある日の休み時間に、教室の隅で女子たちがひそひそと話していた。
彼女らは、クラスの雰囲気を牛耳っている女子グループ――松原 華恵のグループの中では、やや外側にいる子たちだ。
「ねえ、高野くんってさ、結構、由奈と喋ってない?」
「うんうん、なんか楽しそうにしてるよね」
「前から気になってたんだけど、あれって……ちょっと意外じゃない?」
「うん、意外。由奈なんて、めっちゃ嬉しそうにしてるけどさ」
クスクスと笑い声が混じる。
席に座っていた由奈は、ただ黙って聞いていた。
自分の名前が出た瞬間、笑いの温度が変わるのを肌で感じた。
――あの子たちが言いたいことは、何なのか。
嫌でも、それを考えてしまう。
(また、私のこと、“男好き”だとか、“人によって態度が違う”とか言いたいんだろうな……)
背中が冷たくなる思いをしながら、何も言わず、じっと耳を澄ますしかなかった。
聞きたくないけど、何を言われているのかは聞いておく必要がある。
今後、地雷を踏まないために。
――それに、
(高野くんとのことを言われちゃった)
そのことが頭を埋めていった。
そばにいた桂花が、由奈にだけ聞こえるようにそっと囁いた。
「あいつら、嫉妬してんだよね」
「嫉妬?」
「うん。由奈ほど高野と自然に仲良くできないから」
そう言われて、由奈は何も答えなかった。
桂花は続けた。
「……言っちゃ悪いけどさ」
「え?」
「私もそう思ってたけどね。
高野と話してるとき、由奈、楽しそうだし。向こうも、なんか嬉しそうじゃん」
「……そんな風に、見えるのかなぁ」
由奈はどうにか笑ってみせた。
内心、ざわつく気持ちを押さえながら。
「うん。話が弾んでるって感じだよ。
ほら、由奈って話のひきだし多いし、なんだかんだ……話してて楽しいし可愛いじゃん」
「そんなことないよ。普通、普通」
言葉の後半を笑いで包み込みながら否定した。
でも、胸の奥が少し温かくなった。
(高野くんが楽しそうにしてくれてるのは、嬉しいかも)
そう思っても、決して口には出せないけど。
けれど、これからは、その“嬉しい”さえ、自分の中から取り除いていかなきゃいけない。
あの女子たちは直接責めているわけではない。
その代わり、ひそひそ話なのに聞こえるように話している。
「どうして由奈なの?」
そう言いたい本音が見え隠れする。
(高野くんは、こんな噂は嫌だろうな)
静かに深く息を吐き出した。
――そして、
由奈は次の日から、少しずつ健斗と距離を置くようになった。
あいさつはする。
健斗から話しかけられたら答える。
けれど、自分から健斗に話しかけることはやめた。
目が合いそうになったら、視線をそらした。
偶然、教室以外で見かけても、気づかないふりをした。
攻撃の標的にされなくなるのなら、これでいい。
健斗にも迷惑にならない。
――けど、
(もう、高野くんと前みたいには話せないんだ)
そんなふうに思って、胸の奥が苦しくなった。




