第13話-B 中学1年生 ~夏の予感~
ある日の夕暮れ時。
中学の校門付近には帰り道についた生徒が大勢いた。
校門を出た通りには、由奈と桂花の長い影が伸びていた。
「桂ちゃん、こっちに回ると、ちょっと時間かかるのに」
「ちょっとこっちのコンビニに行きたかったからさ」
「前の土曜日も行ってたじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ、その後、私の家に来たじゃん」
「あはは、そうだね」
二人で笑い合っていると、自転車を引く音と男子の話し声が聞こえてきた。
突然、声が飛んできた。
「おーい、また一緒かー」
由奈と桂花はびくりとして立ち止まった。
妙に軽い声。
二人の通う中学校には、少し怖がられている生徒もいた。
特に上の学年には、言動の荒さで目立つ男子が何人かいて、わざと下級生の女子に絡むこともあった。
二人も学校内で何度かそんな光景を見かけていたから、つい警戒してしまう。
「ちょっとちょっとー」
後方から男子の声が追いかけてきた。
由奈と桂花は思わずお互いをちらっと見た。
――変な人たちに絡まれたら嫌だな。
二人ともそういう表情をしていた。
「お?俺たち、無視されてる?」
「まさか、人違いじゃないよな?」
「えっ、絶対、由奈と小藤さんだろ?」
(あ。なんだ、知り合いか)
由奈と桂花の間に安堵した空気が流れた。
二人は顔を見合わせた後、そろりと振り向いた。
――健斗と晴基だった。
健斗が自転車を押していて、晴基が隣に並んでいた。
「なんだ……」
桂花がぼそりと言った。
晴基が笑った。
「『なんだ』ってどういうこと?」
「別に」
桂花がそっぽを向きながら言った。
「なんかさー、お前らいつも一緒だな」
健斗が笑うと、晴基が目を細めて頷いた。
由奈は笑った。
「ふふ、そうだよ。
でもさ、そっちだっていつも一緒だよね?」
「まあ、それもそうか」
「昼休みもたまに一緒にいるじゃん。
いいね、いつも仲良くて」
そう言って由奈が微笑むと健斗も目を細めた。
二人は穏やかな表情で笑い合っている。
(……やっぱり、高野、こういう顔するよね)
桂花は小さく肩をすくめた。
由奈は首を傾げた。
「それにしても、二人とも、こっちが帰り道じゃないよね?」
「ああ、あっちにあるたこ焼き屋に行きたいんだよ」
「えー、わざわざ?」
「いいじゃん。あそこ美味いって」
「知ってるけどさぁ」
「たまに無性に食べたくなるんだよなー」
「それわかるけどさぁ」
四人で笑ったところで、健斗が言った。
「……じゃ、また明日な」
男子二人は軽く手を振り、由奈と桂花を追い越していった。
「私はクラス違うんだから、明日会うかどうかわからないのにね」
由奈は笑って手を振り返した。
「ったく、細かいなぁ」
健斗の声が聞こえた。
夕日の中、健斗と晴基の背中がどんどん遠ざかった。
「行こうか」
「うん」
由奈と桂花は少しの間、何も言わずに歩いた。
二人の靴音だけが聞こえた。
何台か自転車が追い越していった後、由奈がぽつりと言った。
「……高野くんと莉乃ちゃんてさ、どうなったんだろうね」
桂花は由奈の方を見た。
由奈は前を向いたまま続けた。
「二人が決裂する前は、みんな、中学生になったら二人が付き合うと思ってたよね」
「うん」
「でも、結局、なにもないのかな」
「あー。そうなんだろうね」
桂花がさらりと言うと、由奈は小さく息を吐いた。
「そっか……」
桂花は由奈の顔を見てから空を見上げた。
六年生の教室で健斗が謝ろうと莉乃に近づこうとしたときの光景が思い浮かんだ。
(高野は案外あっさり引いたけどさ……)
健斗が謝っても許さなかった莉乃の姿、そして卒業式の日の教室で莉乃の視線の先に男子のグループがいたことも思い出した。
そこには健斗もいた。
(渡瀬さんは……)
桂花は息を吐いてから軽く笑いながら言った。
「高野って、子どもっぽいしさ。小学生だったから、あれでよかったかもしれないけど……」
由奈は小さく笑って桂花を見た。
「うん、子どもっぽいっていうかさ、無邪気なんじゃないかな。
でも、そういうとこがいいんじゃない?明るくて、楽しくて」
「……由奈は、そう思うんだ?」
「うーん、ていうより、きっと、みんなはあの子のそういうとこがよかったんじゃないってこと。
あとは……なにかと主人公っぽい感じだったしさ」
「あー、なんかわかる」
「でしょ」
由奈は笑った。
二人の髪が風に揺れた。
「別に……どうでもいいけどね」
「えー、なにそれ?」
桂花が笑った。
「どっちでもいいやってこと」
「えー、これ、由奈が言い出したんじゃなかった?」
「そうだっけ?」
笑い声が、夕焼けに照らされた道に響いた。
由奈は空を見上げた。
ずいぶん日が長くなった。
夕方の風にも、昼間の熱がまだ少し残っている。
「ちょっと、夏が近づいた気がするね」
桂花もあたりを見回した。
「うん、そうだね」
由奈はいたずらっぽい顔で言った。
「桂花、さっき、高野くんや古山くんと一緒に行けばよかったじゃん。たこ焼き屋さん、コンビニと近いでしょ」
「えー、いやだよ。話すことないじゃん」
「えっ、高野くんと同じクラスでしょ?」
「私は高野となんて話さないんだってば」
「あはは。ひどっ」
再び笑い合って、二人は手を振ってそれぞれの道を歩き始めた。
けれど、何歩か進んだところで由奈が振り返った。
「やっぱり、私もコンビニ行くよ」
由奈は桂花を追いかけた。
「そう言うと思った」
「あはは、もうちょっと話したいなと思ってさ」
二人は再び並んで歩き始めた。
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やがて夏休みに入り、学校へ行くことが減った。
部活や登校日はあったが、お盆に入ると祖父母の家が隣にある由奈は親戚を迎え、従兄弟たちと遊んだりして休みを満喫した。
桂花とも、ときどき会った。
遊ぶ日には、桂花が由奈の家にやってくる。
由奈の部屋の座卓には由奈の母親が用意してくれたカップのアイスと由奈の祖母が出してくれた麦茶が並んでいる。
桂花がバニラアイスを頬張りながら言った。
「由奈のクラス、応援団員選んだ?」
由奈はチョコアイスを一口食べて頷いた。
中学の運動会では、各学年のクラスがいくつかの色に分かれ、同じ色になったクラス同士で一つの団を組む。
応援団員も、それぞれの団に各学年から数人ずつ選ばれる。
「あ、運動会の?
うん。立候補した子たちで決まったよ」
「うちも。
ああいうのやりたいなんてすごいわ」
「うちのクラス、立候補した子はみんな小学校でやってたみたい」
「そっか。うちはクラスでも目立つのばっかだよ。みんなで立候補するって決めてたみたい。藤野も選ばれてたな」
「あー、藤野くんか。小六では隣のクラスで団長だったね」
「うん。
あと、やっぱり三年生の団長がかっこいいと盛り上がるらしいよ」
「へぇ。全然三年生の顔ってわかんないけど、楽しみだね」
「目の保養になる人がいるといいなぁ」
「なにそれー。桂花の理想の人、なかなか難しそうじゃん」
二人は顔を見合わせて笑った。
窓の向こうでは蝉が鳴いている。
隣の祖父母の家の方から、従兄弟たちのはしゃぐ声も聞こえてきた。
「桂花、おばあちゃんの家の方で遊ぶ?男の子ばっかだけど楽しいよ」
桂花は少し溶けかけたアイスをもう一口すくいながら頷いた。
「うん、いいの?」
「うん、行こう」
麦茶の氷がからんと音を立てた。




