第13話-A 中学1年生 ~春の教室で~
中学一年の春。
新しい制服、新しい校舎、新しいクラス。
そのどれにも、少しずつ慣れ始めた頃だった。
陽射しは少しずつ強くなり、昼間は少し暑く感じる日も増えていた。
健斗は相変わらず明るく、笑顔で誰にでも話しかけた。
同じ小学校出身で別のクラスになった生徒ともすぐに打ち解け、他校から来た生徒にも「話しやすい子」として見られていた。
小学校の頃と同じように、教室の空気を軽くする。
けれど、この中学校には、他の小学校から来た生徒がたくさんいる。
運動ができる子、勉強が得意な子、顔立ちの整った子――その全部を持っている子もいた。
健斗の見栄えの良さと明るさは変わらない。
「高野くん、かっこいい」「高野くんて、かわいい」という声も聞こえる。
でも、それだけでは中心になれない世界。
由奈はたまにこのクラスに桂花を呼びにくる。
そこに、健斗が居合わせることもある。
由奈は健斗と小学校のときと変わらない感じで話す。
「おー、由奈! なんだよ、久しぶり!」
「は? 昨日、廊下ですれ違ったでしょ」
「知ってるけどさぁ……細かいなぁ」
(由奈、私より高野と話してるじゃん)
桂花の目の前で二人はそんなやりとりをしている。
(高野って……こんな顔するんだっけ)
由奈と話すときの健斗は、他の誰と話しているときよりも、少し目尻が下がって見えた。
桂花は、心の中でそっとつぶやく。
(……また、いろいろ観察しがいがありそうだな)
―――
ある日の昼休み。
桂花は席で好きなアニメの小説版を読んでいた。
話が合うクラスメイトはなかなかいなくて、気を使って誰かと一緒にいるより、一人で好きな本を読む方がいい。
中学に入ってしばらくして、桂花はそう思うようになっていた。
(それに、もともとこういうキャラだし)
自分のペースでページをめくって過ごす昼休み。
(アニメで見たのと、ちょっと違うところあるな)
好きなことに夢中になっていると、自分がクラスメイトからどう見られているかを考えなくても済む。
しかも、クラスメイトの誰も読んでいないような本を読んでいると思うだけで、なぜか安心感を覚える。
だから、休み時間はなおさら本に目を通す。
それでも、桂花はときどき教室の入り口を気にした。
そして、アニメにはなかったシーンを読んでいたとき、
「桂ちゃん、来たよ」
ふいに頭の上から声がかかる。
(来た!)
桂花が顔を上げると、由奈が立っていた。
思わず表情が緩む。
昼休みで多くのクラスメイトが教室から出ているので、由奈も入ってきやすいのだろう。
たまたま近くにいたらしい健斗が声をかけた。
「由奈、また来たんだ? よく来るなぁ」
髪型を整えはじめたせいか、少し大人びて見える。
「うん、桂ちゃんと喋ると楽しいから。落ち着くし」
由奈はそう言って笑った。
健斗は目を細めて穏やかな表情になる。
(へぇ……)
桂花はちらっと健斗を見て本を閉じた。
由奈は健斗から視線を外して桂花を見た。
「桂ちゃん、早く、外のベンチ行こう」
「うん」
由奈と桂花は連れ立って教室を出ていった。
健斗は、その背中を目で追った。
笑い合って歩く由奈と桂花は中学校のジャージを着ているが、まだ小六のときの面影があった。
健斗は由奈と桂花の背中から視線を外した。
(小六のとき一緒だった女子で、話せそうなのは由奈くらいか)
健斗は天井を見た。
他の子とは、なんとなく照れがあって話しづらい。
ましてや、莉乃とはできればすれ違いたくもない。
いつも自分の周りにいた子ばかりだけど――
(あの頃、なんだったんだろうな。あいつらと、なにを話してたんだっけ)
小六の教室で笑い飛ばしたことは覚えているけど、内容は覚えていない。
(由奈とはゲームとかいろいろ話したっけ。
あいつ、あのゲームで言ってたところ、うまくクリアできたのかな)
健斗はあたりを見回した。
昼休みの教室に残っているクラスメイトは半分もいない。
学年の中でも目立つ大人っぽい男子たちは、誘い合って校庭に出ていった。
教室では声の大きい女子たちが騒いでいる。
他には本を読んでいる子や勉強している子がぽつぽつと席に座っている。
健斗も大人っぽい男子たちに誘われるが、特に運動神経のいい子が多く、一緒にサッカーやバスケをすると迷惑になる気がして、気が向いたときだけ仲間に入れてもらう。
昼休みを教室で過ごすクラスメイトと適当に話して過ごす方が気楽だと思うときもあるし、大人っぽい男子たちといる方が気分がいいと思うときもある。
今日は教室に残ることにした。
(勉強は相変わらずやばいし……。体育も、晴基みたいに運動神経いいやつもいて)
女子だって、「あいつがかっこいい」「こいつがすごい」と、いろんな男子の話をしている。
(そりゃ、そうだよな。勉強も運動もできるやつとか、誰が見てもかっこいい先輩とか。
そういう人が注目されるのはわかる。
……小学校の頃、俺も結構目立つって言われてたんだけどな)
「健斗!」
突然、廊下の方から声がかかる。
見ると、扉のそばに晴基が立っていた。
「おう」
「なんか、キョロキョロしてたじゃん」
「ああ。なんとなく。
あれ、さっき藤野たち外に出てったけど?」
「ああ。今日は健斗は外に行かないって聞いたから。
俺は健斗と話したかったからさ」
少しくすぐったい気分になって健斗は小さく笑った。
「ああ。なに?」
「俺のクラスの女子に、健斗と仲良いの羨ましいって言われたぞ」
「はぁ? なんだよ、いきなり」
「そう言うけどさ、ちょっと嬉しそうじゃん」
「んなことねーし。そんなこと言いに来たの?」
「いや、今度、土曜日、ひま?」
「うん、ひま」
「じゃあさ、うち来る?」
「行く行く」
昼休みが終わってからも、健斗は気分が軽かった。
(晴基と遊べるの、ちょっと久しぶりだな)
授業が始まっても、健斗はなんとなく周りを見ていた。
(数学、よくわかんねぇし)
教科書を開き、黒板の方を見る。
(先生が言ってること、よくわかんねぇ。やばいな、テスト……)
健斗はよくわからないまま板書をした。
次の国語も文章が長くなって読む気がしない。
同じように板書だけしてノートを閉じた。
帰りのホームルームの前に鞄に教科書などを片付けてふと顔を上げると、桂花が目に入った。
(小六のときもほとんど話さなかったけど、小藤さんはキャラ変わんねーな)
桂花はさっさと教科書などを片付けて黙って本を読んでいた。
周りで何人かが話していても、気にする様子もなくページをめくっている。
(小藤さんて、小六の終わり頃はもっとみんなと話すようになってたけど。
クラスが変わって元に戻ったって感じか……)
由奈と桂花が周りに集まったクラスメイトと話していた光景が思い浮かんだ。
そして、ふと手を止めた。
(クラスが変わって……俺はどうなのかな)
小学校の頃みたいに、いつも晴基が近くにいるわけでもない。
それだけでも、なんとなく勝手が違う。
小学校のときみたいに教室で一番に声を出す気分にはなれないし、授業中はなにか言える雰囲気でもない。
(とりあえず、晴基に土曜日会えるの、楽しみにしとこ)
帰りのホームルームが終わると、クラスの女子たちが声をかけてきた。
「ねぇ高野くん、小学校の頃、モテたって聞いたよ」
「は? んなことないし」
「高野くん、今でもモテそうだけど彼女とかいないの?」
「いないいない」
「へー、でも、すぐできそうだよね」
「四組の渡瀬さんと仲良かったって聞いたけど? あの子、かわいいよね」
(え?)
健斗の心臓が一瞬、跳ね上がった。
女子たちは続ける。
「うん、きれいな子だよって私の友達も言ってた」
一瞬、言葉に詰まった後、健斗は早口に言った。
「は? 俺にはカンケーねーし」
「でも、高野くんと似合いそうだよ。中学行ったら付き合おうとか、なかったの?」
「いや、ないない」
「えー、仲良かったって聞いたけどなぁ」
「……途中から、全然話してねーし」
「喧嘩したの?」
「まあ……そんな感じ」
「へえ」
「だから、そんなんじゃねーって。じゃ、帰るわ」
健斗はそう言って立ち上がり、速足で教室を出て昇降口に向かった。
(なんで、そんな話知ってんだよ)
廊下を歩きながら、健斗は小さく息をついた。
(……ほんと、いらねー話)




