第13話-C 中学1年生 ~運動会の頃~
夏休みが終わって学校が再開すると、運動会の練習に使う時間が増えた。
学年で一斉に運動会の練習をするときもある。
そんなとき、クラス対抗リレーのリハーサルはかなり盛り上がった。
団の色のハチマキをしているので、他の学年の窓から自分の団への声援が聞こえてきた。
次第に足の速い生徒が注目され、名前が覚えられていった。
ある日、由奈が自分の席に座っていると、クラスメイトから尋ねられた。
「古山くんや藤野くん、昔から足速かった?由奈、小学校同じだよね?」
「うん。二人とも毎回リレーの選手だったよ」
「やっぱりそうだよね!すごいもんね」
「二人の走り方、なんかかっこいいし」
「うん。多分、古山くんの方が速かったかなぁ。今は分かんないけど」
「そうなんだ」
由奈はクラスメイトを見上げた。
「すごいね、二人の名前、知ってるんだ」
「うん。みんなも知ってるよ」
「へぇ」
(古山くん、みんなに注目されててすごいな)
そして、放課後には各団に分かれて応援合戦の練習が行われた。
初めての練習の日、クラスから選ばれた生徒が前に出て自己紹介したが、中でも団長は目立った。
短い髪に明るい目元が印象的で、いかにも活発そうだった。
大勢の前でも物怖じせず、よく通る声で話す姿は、団を引っ張っていける人だと感じさせた。
最後に少しいたずらっぽい笑顔を見せると、団の生徒たちが小さくざわめいた。
「うちの団長、かっこいいよね」
隣に立っていたクラスメイトが由奈の耳元で言った。
由奈は小さく笑って頷いた。
(たしかにかっこいいかも)
***
そのうちに、女子の間では応援団長や副団長がよく話題に上るようになった。
「やっぱ、団長、かっこいいよね」
「毎日、応援練習で会えるの楽しみ」
「副団長もいいよね」
「私は副団長の方が好きかも」
さらには、プライベートの噂まで――
「団長、女子の副団長と付き合っているらしいよ」
「えっ、そうなの?」
「そうなんだ、なんかあの人たち仲良いと思ってたけどさ」
「それ、ちょっとショックかも」
また別の日にも話題になっていた。
「団長って、別の女の先輩と仲いいらしいよ」
「えー、そうなの?」
「だから、誰と付き合ってるのかわかんないよ」
由奈は席に座ってそんな話に聞き耳を立てていた。
(みんな団長のファンみたいなもんなのかと思ってたけど、もしかして本気の子もいるのかな)
***
運動会までは、毎日のように放課後の応援練習があった。
応援練習以外でも、団長と副団長を見かけると、女子たちが注目した。
「あ、団長と副団長だ」
ある日の昼休み、二人が三年生の男子たちとサッカーをやっているのを、誰かが発見した。
それから、クラスの女子たちが窓際に群がるのが昼休みの光景となった。
二人の動きに由奈のクラスの窓際から歓声が上がった。
「やっぱ、かっこいいよねー」
「うん」
「さっきの副団長もすごかったよ」
由奈はクラスメイトから少し離れたところから校庭を見ていた。
(たしかにかっこいいかもしれないけど……)
校庭の隅で二年生の男子がバスケットボールをしている。
(あの先輩、いつもあそこでバスケしてるんだよね)
いつも一年生のそばにいて気にかけてくれる、二年生の応援団の男子――
(本橋先輩……いつも一年生に優しい)
由奈はある日の応援練習を思い出した。
由奈たちが次の動きが分からずに周囲を見ていると、本橋先輩が気づいて近づいてきて、笑顔を見せた。
「次、ここから手拍子だから。大丈夫?」
本橋先輩は、自分でも手を叩いてみせた。
「じゃあ、一回一緒にやろうか」
(あのときも、先輩は優しかったな)
由奈は校庭にいる彼の動きを目で追った。
ボールを受け取り、そのままゴールへ走る。
相手を一人かわしてシュートを放った。
(あ、入った)
本橋先輩は応援団のときとは少し違う笑顔で仲間と笑いながら、すぐに自陣へ戻っていった。
(あんな顔もするんだ。先輩、友達とも仲良さそう)
由奈が窓の外に見入っていると、突然声をかけられた。
「ねぇ、佐山さんは団長と副団長、どっちがいいと思う?」
声の方を見ると、クラスメイトの女子二人がすぐ横に立っていた。
「え?」
「たしかに、佐山さん、あんまりそういうこと言わないね」
「そ、そうかな?」
「うん。どっちがいい?」
「……うーん、どっちも」
「えー、どっちかなら?」
由奈は少し上を見た。
「……じゃあ、団長かな」
由奈は小さく笑った。
「えー、なにそれ」
由奈は顎に指を当てながら言った。
「だってさ……他の人の方がさ」
「あっ、そういうこと?
誰?」
「えー、そんな人、いたっけ?」
「いいのいいの、気にしないで」
「えー、気になるじゃん」
「あはは。そんなこと気にしないでよ」
そんなふうにクラスメイトと盛り上がって過ごす頃、日中の陽射しはまだ強かったが、真夏の頃とは違うものになっていた。
開けた窓から、ときおり涼しい風も入ってくるようになった。
――そして、運動会当日を迎え、閉会後は団の解散式も行われた。
みんなの前であいさつした団長は感極まり、他の団員も……特に三年生は涙を流していた。
その様子に戸惑った空気が流れたが、次第につられるように泣き出す生徒もいた。
由奈も、少し寂しいような気持ちで前に並ぶ応援団を見つめていた。
(毎日のように、この三クラスで集まって、応援練習してたけど……。もう最後なんだな)
最後に拍手をしながら由奈は本橋先輩を見た。
彼はいつもの優しそうな表情でまっすぐ前を見ている。
(先輩のこと、昼休みくらいしか見れなくなるんだな)
由奈は静かに目を伏せた。
***
運動会が終わった翌日、晴基と藤野のことを聞いてきたクラスメイトが由奈の席に来た。
「ねぇ、古山くんて、誰かにハチマキあげちゃったかな」
「えっ。知らないけど。
私も最近はほとんど話さないし」
「ねぇ、聞いてもらえない?」
「えーっ、私が?」
「あとさ、私のことは言わないで。だって、一回も話したことないし」
「えっ、それでも欲しいの?」
「うん。みんな、注目してた子だからさ」
「それは、そうだけど」
「実は、藤野くんにも頼んでもらったんだけどダメって言われて、だったら古山くんに、と思って」
「えーっ、なにそれ」
「いいじゃん、思い出になるし」
由奈は少し呆れた顔で笑った。
「……わかった、古山くんに聞いてみるよ」
その日の昼休み、晴基のクラスを訪ねた。
すると、小六で同じクラスにいた向井梨加が晴基のクラスの友人を訪ねて来ていた。
梨加たちは前の扉付近に立っている。
(あっ、向井さん。まさか古山くんのこと見にきてる?)
由奈は後ろの扉から教室の中を覗いた。
それから、ちらっと前の扉の方を見る。
梨加は友人と話しながら、ときどき教室の奥へ視線を向けていた。
その先には、男子たちと話している晴基がいた。
(やっぱりそうだ)
由奈は小さく息を吐いた。
(……なんかハチマキのこと、頼みづらいなぁ)
由奈が無意識に晴基を見ていると、晴基と目が合った。
「おっ、由奈、どうしたの?」
晴基が軽く手を上げた。
「あ……」
晴基が由奈の方へ歩いてきた。
「なに。誰かに用?」
「え……いや、あの……あのさ、古山くんて、ハチマキが欲しいって言われたら嬉しい?」
晴基は目を丸くした。
「は?なにそれ?」
「だから、運動会のハチマキ、ちょうだいって誰かに言われたとしたら……嬉しい?」
「なに言ってるんだ?」
「えっと……それはきっと……相手によるよね?」
晴基は一瞬、眉をひそめた。
「ああ。まぁ……そうだな」
「……あっ、言っとくけど私じゃないよ」
由奈が顔の前で手をヒラヒラしながら言うと、晴基はきょとんとした顔をした。
沈黙。
「ああ。そうだろうな」
「うん。
じゃあさ、古山くんが全然知らない子から言われたら?」
晴基は少しの間、斜め上を見た。
「いや、それ、ちょっと困るな」
「……だよね」
「だって、俺が知らない子が、どうして俺のハチマキ欲しいのか、意味わかんないからな。
……もしかして、由奈、誰かにハチマキくれって言うの?」
「まさか!
けどさ、ハチマキが欲しい理由なんて、その人が使ったものだからじゃん。
あ……古山くん、誰かにあげたりしたの?」
「いいや、誰にも頼まれねーし。
……つーか、全然、話が見えねーんだけど?」
「あっ、ごめん。
……でもさ、これから頼まれるかもよ。古山くん、運動会で目立ってたから」
「目立ってたって……。
かと言って、ハチマキなんか欲しいもんかねぇ」
「まぁ……そういうもんじゃないかな。
あっ、そろそろ、教室戻るね。ありがとう」
由奈はそう言って、ちらっと前の扉の方を見た。
(あー、向井さん、やっぱりこっちを気にしてるなぁ)
由奈は首を傾げる晴基に手を振り、自分の教室に向かって歩いた。
(……きっと向井さんも古山くんのハチマキほしいよね。あの子は古山くんが好きなんだし)
自分の教室に戻り、晴基のハチマキを頼んできた子を手招きした。
「あっ、まさか古山くんに聞いてくれたの?どうだった?」
「それが……知らない子だとちょっと困るって」
「そっか、残念。
藤野くんもそう言ってたらしくてさ」
「直接は言わないの?名前伝えるとか?」
クラスメイトは大きく頷いた。
「うん。別にそれはいいの」
「そっか。……そうなんだ」
由奈は心の中でため息をついた。
(ほんと、なんでハチマキ欲しいか、わかんなくなってくるなぁ。
直接言えない気持ちはなんとなくわかるけどさ)
運動会の余韻が消えた頃には、季節がさらに進んだ感じがした。
陽が落ちるのも早くなり、暑いと感じる日はほとんどなくなっていた。
やがて、半袖だった制服は長袖になり、校庭の木々も少しずつ色を変えていった。
そうして、中学校で初めての秋も過ぎていった。




