第12話 中学2年生 ~夏の灯~
夕暮れの空が、橙から藍へと変わりはじめるころ。
境内の提灯がひとつ、またひとつと灯っていく。
夜の気配に少しの寂しさと、夏らしい匂いが混じっていた。
由奈と桂花は、駅前の道を並んで歩いていた。
手にしたリンゴ飴を舐めながら、屋台の灯りに照らされた道を進む。
金魚すくいの音、射的の的を外す乾いた音、そして遠くから聞こえる太鼓の音。
夏の音がそこかしこに満ちていた。
「……あ、あそこ。高野たちじゃない?」
桂花の声に、由奈が視線を上げる。
屋台の向こう、少し人の途切れた場所に、健斗と晴基の姿があった。
浴衣でもなく、祭りの空気に少し照れたような、いつもの二人。
「ほんとだ」
少し戸惑う。
同じ中学の男子とはいえ、クラスが違うだけで、妙に距離がある気がした。
普段は、ほとんど話さない。
けれど、気づかれた。
「お、いるじゃん」健斗が笑う。
その笑顔は、昔と変わらない明るさだった。
「祭り、来てたんだな」
「うん……。
あ、莉乃ちゃんたちも、さっきそっちにいたよ。浴衣で来てた。すごく似合ってた、かわいかったよ」
何気ないつもりで言った由奈の言葉に、桂花が一瞬だけ、はっとした表情になった。
晴基は鼻を鳴らして、「へー、だから?」と小さく返す。
その声に、わずかに滲む感情を、誰も深く触れようとはしなかった。
(そっか……、高野くんと古山くんの前で莉乃ちゃんの話は……)
健斗が、場を戻すように言う。
「二人は浴衣着ないの?せっかくの祭りなのに」
由奈は、笑いながら答える。
「着ないよー。莉乃ちゃんたちみたいにはいかないし。そういうの、ガラじゃないから」
それは冗談めかしていたけれど、本心でもあった。
特に、健斗の前では、そういう風に言うしかない。
そんな風に思う由奈に対して、健斗は思いもよらないこと言う。
「着てみないと分かんないじゃん。由奈も似合いそうだけどなぁ」
一瞬、空気が止まった気がした。
桂花が「お?」と茶化すように声を出し、
由奈は聞こえなかったふりをして、「持ってないし」とだけ答えた。
胸の奥が熱くなる。
笑ってごまかしたけれど、言葉の裏で心がざわついていた。
かつての感覚を思い出す。
(高野くんは、私を好きにならない。
だって、高野くんにとって私は“女”じゃないし、地味だから)
必死にそう自分に言い聞かせて――
恋を抑えこんだ時があった。
どんなに健斗と仲良く話しても、健斗を好きにならないように。
絶対に報われないってわかってるから。
傷つきたくないから。
そうするうちに、少しずつ、女子としての自信がなくなっていった。
誰にどう見られているのかが気になるようになって。
自分は女の子に見えない。だから、女の子らしく振る舞ってはいけない。
そんな気持ちを、どこかでずっと持ち続けている。
けれど――いま、彼に「似合いそう」と言われた時、
ほんの一瞬だけ、その鎧のような気持ちが緩んだ気がした。
自分の中の何かが、小さく鳴った。
「そろそろ行こっか」
桂花の声で、由奈は我に返る。
夜の空気はすっかり涼しく、境内の提灯が風に揺れている。
帰り道、二人並んで歩く。
足元には、祭りで踏まれた金魚袋の欠片や、紙くじの端が散らばっていた。
桂花がぽつりとつぶやく。
「……高野、わりと、ああいうこと言うよね」
「誰にでも言うじゃん」
由奈は、軽く笑う。
「誰とでも、距離が近い感じだもんね」
でも、心のどこかでは、まだ余韻が消えなかった。
風鈴のように、どこか遠くで鳴り続けている。
夏の夜の空に、花火が一発だけ上がる。
その光が、由奈の横顔を一瞬だけ照らした。




