第12話-A 変わっていく居場所
由奈と桂花には前より居場所が増え、昼休みを教室で過ごすことも増えた。
健斗と莉乃が決裂してからひと月ほど経ったある日の昼休み――
由奈と桂花は窓際に立ち、教室中をなんとなく眺めていた。
「ねぇ、今思うと……あの子たちは、二学期の途中くらいから松原さんのグループから離れてるときあったよね」
桂花が華恵のグループから最初に離れた大人びた女子のグループを見ながら言った。
由奈がそちらを見ると、桂花は視線を外した。
桂花と過ごすうちに、由奈も教室の様子を密かに窺う術を身につけていた。
相手を見るときは、こちらが見ていると気づかれないようにする。
視線の動かし方や声の潜め方、表情の作り方。
桂花の言動を見ているうちに、いつの間にか由奈もそれができるようになっていた。
――由奈が目の端で捉えた大人びた女子たちは、華恵のグループから離れ、ますます落ち着いた雰囲気になったように見える。
「うん、そうだったね」
由奈が頷くと、桂花は窓の外を見ながら言った。
「ちょっと松原たちとは合わなかったよね。
もともと大人っぽくて目立つしさ、松原はあの子たちのこと、気に入らないときあったかも」
「うん」
由奈は再び大人びた女子たちを見た。
――少し間を空け、桂花が呟いた。
「……なんか、クラスの中、変わったよね」
由奈はクラスを見渡した。
「うん。私たちには前よりずっとマシになったね」
「卒業するまで、あの感じは終わらないと思ってたからね」
「うん」
「……あの集団も、今はあんなんだし」
桂花はそう言って振り返りながら教室の後ろの方に視線を送った。
由奈は窓の外を見るフリをして同じ方を見た。
――松原華恵のグループ。
今は華恵を入れて四人ほど。華恵の机の周りでかわいいデザインのノートを見せ合って笑っている。
最近では、誰かのことを見ながらヒソヒソと話す様子は見られなくなった。
「あとさ、あそこも変わったよねぇ」
桂花は由奈の肘をつついて反対側を見た。
「え?」
由奈もそちらを見ると――
男女が混ざったグループに莉乃がいた。最近はいつも同じメンバーで集まっている。
少し離れたところの男子だけのグループに健斗がいた。
莉乃は大きな声でなにか言いながら隣にいる男子の肩を叩いて笑っている。
由奈はかすかに胸の奥がモヤっとして、思わず健斗を見た。
――健斗は晴基や別の男子とふざけ合っている。
莉乃と隣の男子の笑い声にも、反応したり動揺したりする様子はない。
由奈と桂花は思わず顔を見合わせた。
由奈は視線を健斗に戻した。
(高野くん、やっぱり莉乃ちゃんのこと気にしてないのかな……)
健斗はあの一件以前と変わらない笑顔で教室の真ん中にいた。
(……高野くんと莉乃ちゃんの関係が元に戻ることはないって、みんながなんとなくわかってるみたい)
由奈は目を伏せた。
(卒業まであと一ヶ月くらい。
この感じでいくのかな……)
“クラスの人気者同士がカップルになるかもしれない”
そんなみんなの期待が吹き飛び、教室には行き場をなくした熱だけがかすかに残っている気がした。
すると――
「お前らさ、いつもなに話してるわけ?」
男子がからかうような声で話しかけてきた。
「え、それ昨日も私たちに聞いてきたじゃん」
由奈がとっさに返した。
「お前ら昨日と同じところに二人でいるからさ」
「いいじゃん、別に」
「昨日もそう言ってたけどさ。
なんか、お前らって秘密の話してそうだからさぁ。みんなが知らないこととか知ってそうだし」
「あはは、そんなことないって。
……あっ、それって、桂花がいるからじゃない?」
由奈が笑いながら言うと、桂花が目を見開いた。
「は? 由奈、なに言ってんの?」
由奈はいたずらっぽい目で桂花を見た。
「だって、桂花ってなんかミステリアスじゃない?
だから、秘密の話してそうって思われるのかなって」
男子は大きく頷いた。
「あー、なるほど、そうかもな。小藤さんて、なんていうか……占いとか予言とかできそうだよな」
「でしょ」
「……なにそれ」
由奈は笑って頷き、桂花は顔を赤くして由奈と男子を睨んだ。
自然と由奈と桂花の周りに数人が集まっていた。
「たしかに、小藤さん、魔法も使えそうだな」
「はぁ? そんなわけない。
もう!由奈が変なこと言うからだよ」
「あはは、いいじゃん、占いできるのも魔法使えるのもかっこいいし」
「小藤さんて魔法使えるの?」
そのとき、晴基が話に入ってきた。
桂花がなにも言わずに黙っていると由奈が笑って言った。
「そうそう。使えそうでしょ」
晴基は頷いた。
「使えそうだな」
由奈は嬉しそうに晴基を見た。
「占いや予言もできそうでしょ」
桂花が慌てて由奈に言った。
「できないってば!」
「けどさぁ、由奈も魔法使えそうだよな」
晴基の隣にいた健斗が由奈に言った。
「は? 私は違うよ。どう見ても無理じゃん」
「だって、お前、みんなが知らないこといろいろ知ってるし。
小藤さんと一緒にいるから使えそうだよな」
「なに言ってんの? 変なこと言わないでよ」
由奈が健斗に言い返すと、桂花がすかさず由奈を見た。
「由奈だって私に変なこと言ったくせに」
「私が桂花に言うのはいいじゃん」
桂花は由奈を小さく睨んで言い返した。
「みんなの前で言うから変なことになったんだよ」
「あはは、ごめん、桂花。みんなにバレちゃったね、魔法使えること」
「だから、そうやって由奈が適当なこと言うから……」
桂花が言い切る前に、由奈は少し目線を上げて健斗を見た。
「……でもさ、高野くんは魔法使えなさそうだよね」
由奈が笑いながら言うと健斗が首を傾げた。
「どういう意味?」
「高野くん、全然ミステリアスじゃないもんね。
なに考えてるか、すぐに顔に出ちゃいそうで」
「はぁ? それって俺がバカみたいじゃんか」
「まぁ……そうだよね」
「なんだよ、それ」
「まぁ、いいんじゃない? わかりやすくて」
「お前らがわかりにく過ぎなんだよ」
「だって、高野くんにわかるようにしてないしさ」
「なにそれ、冷たくね?」
「別に、そんなことないし」
「いや、そんなことあるし」
桂花は言い合っている由奈と健斗を見ていたが、ふと、莉乃がいた方を見た。
(……あ)
――莉乃もこちらを見ていた。
一瞬、目が合った。
莉乃はすぐに視線を逸らし、グループの会話に戻った。
桂花は莉乃を見たまま、少しだけ眉を寄せた。
(なに、今の……。
なんか、やっぱり渡瀬さんってよくわかんない)
桂花が莉乃に気を取られている間にも、由奈と健斗の言い合いは続いており、今は“魔法”や“占い”とは関係のない話をしているようだ。
(なんで、給食のカレーの話になってるわけ?)
桂花が首を傾げていると、いつの間にか大人びた女子のグループがそばにきていた。
「ねぇ、小藤さん、由奈と高野ってなんか仲いいよね」
桂花は何度も頷いた。
「私もそう思ってた」
「それ、俺も思ってた」
近くの男子も頷いた。
すると、
「健斗、由奈と仲いいよなー」
そんな声が聞こえた。
由奈と健斗が同時に声のした方を見た。
「そんなわけないし!」
由奈はすぐに言い返した。
「えー、だって、前からそう見えてたよ」
近くの女子からもそんな声が聞こえた。
「もう、どう見たらこんなんで仲良いなんて思えるの?」
「だって、二人で話してると楽しそうだよ」
「そんなことないって、普通普通。
高野くんなんて、誰とでもテキトーに話してるでしょ」
健斗が笑いながら言った。
「なんだよ、テキトーって!」
「だってそうでしょ」
『全校のみなさん、あと5分で掃除の時間です。掃除場所へ移動してください』
「あっ、もうこんな時間」
「外、行かなきゃ」
その場にいた生徒たちは慌ててそれぞれの掃除場所へ散っていった。




