第11話-B 変わり始めた空気
翌日の教室は、健斗と莉乃の様子を窺う空気になっていた。
由奈と桂花も密かに二人の動きを目で追っていたが、話す素振りはまったく見せなかった。
昼休み、先生に呼ばれ、莉乃が教室を出ていった。
――しばらくして莉乃が戻ってきた。
莉乃は何事もなかったかのように友人のところに戻った。
今度は健斗が先生に呼ばれて教室を出ていった。
由奈と桂花は顔を見合わせ肩をすくめた。
しばらくして戻ってきた健斗は、眉間に小さく皺を寄せて口を引き結んでいた。
その後、健斗は男子たちとふざけ合っていたが、莉乃の笑い声が聞こえると周りの男子の動きが一瞬、固まった気がした。
(なんとなく……みんな、高野くんに気を遣ってる)
由奈はちらりと健斗を見た。
健斗は笑顔を見せていたが、莉乃の方を見ないようにしているようにも見えた。
莉乃は相変わらず男女に囲まれて騒いでいて、今日は他の男子が莉乃の隣で笑っていた。
健斗はそれが見える位置にいる。
(いつもなら高野くんがあそこに……)
由奈は小さく息を吐いた。
(ああいうの、高野くん、見たくないだろうな)
――さっきから、莉乃の騒ぐ声が妙に耳につく。
由奈は目を伏せた。
「桂ちゃん、もうすぐ掃除の時間だから、私は外に行くね」
隣にいた桂花に手を振り、由奈は足早に教室を出た。
由奈の生活班は正面玄関近くの掃除の担当だった。
由奈は掃除道具の入ったスペースからほうきを持ってきて大きな木の周りに落ちている落ち葉を集めていた。
ふと顔を上げると、健斗が校舎の壁に向かってしゃがみ、黙々と落ち葉を拾っていた。
健斗とは違う生活班だったが、健斗の班も同じところが当たっていた。
由奈は思わず目を見張った。
いつもなら健斗は掃除の時間もふざけて遊んでいることが多いのに、今は目立たないところで体を丸めて静かにしている。
(やっぱり、教室にいるときは無理しているのかな)
由奈は健斗をじっと見つめた。
クラスで風邪が流行っていて同じ班の中に休んでいる子もいたので、正面玄関付近には人がまばらだった。
由奈は近くにクラスメイトがいないのを確認してから、ひとつ小さく息を吐いて健斗に話しかけた。
「ねぇ、高野くん」
健斗がピクリとしてからゆっくりと振り向いて、由奈を見上げた。
「……うん」
由奈は立ったまま尋ねた。
「ずっと前に話してたゲーム、今でもやってる?」
健斗は一瞬、きょとんとしたが、かすかに笑顔を見せて頷いた。
「うん、やってる」
「じゃあ、聞きたいことあるんだけど、あれってさ……」
由奈がゲームの質問をすると健斗は少し表情を緩めた。
「ああ、あれはさ……」
「へー、そうなんだ。じゃあさ……」
健斗は木の枝や小石をキャラクターに見立てて地面に並べて動かしながら話した。
由奈はしゃがんで健斗から少し距離を取って地面を眺めた。
「へぇ。じゃ、こうすればいい?」
由奈が尋ねると健斗は笑顔で頷いた。
「うん、そうそう」
(あ。ちゃんと笑った)
由奈も顔が緩みそうになる。
「ふふ。高野くんてゲームのことはほんとよく知ってるよね」
「なんだよ、その言い方」
健斗は不満そうな声で言ったが、目は笑っていた。
「なんか、家ではずーっとゲームやってそう」
「まぁ、そうかも。
……由奈はちゃんと勉強もしてそうだもんな」
「うちは弟もゲームやるからさ、交代でやってるんだ。弟がやってるときには勉強してる」
「そっか。うちの妹はほとんどやらないからなぁ」
「じゃ、ずっとできるね。でも、勉強だってすればいいのに」
「だってさ、ゲーム進めたいし。
勉強つまんないから、つい遊んじゃうんだよな」
(あ……)
そのとき、他のクラスメイトがこちらへ歩いてやって来るのが目に入り、由奈は思わず立ち上がった。
「高野くん、ありがとう。私は掃除するね」
由奈はそう言って話を切り上げ、健斗から少し離れた場所で掃除を始めた。
「なんだよ、急に真面目に掃除始めたし」
健斗はそう言って笑った。
「はは、うるさいなぁ」
由奈も笑いながら言い返した。
それから由奈は黙々とほうきで落ち葉を集めた。
ふと手を止めて顔を上げた。
冬の陽射しが校舎を淡く照らし、風が吹くたびに地面の枯れ葉がかさかさと音を立てた。
(寒いけど、なんか気持ちいい)
枯れ葉の音に混じって健斗の笑い声が聞こえてきた。
そちらを振り返ると、健斗がクラスメイトの男子と騒ぎながら落ち葉を集めては散らして笑っていた。
***
健斗と莉乃の決裂をきっかけに、クラスの空気が動き出した。
華恵のグループから少しずつ離れる子が出てきた。
最初は、少し大人びた女子が数名、華恵のもとから離れた。
健斗と莉乃の決裂があった週の金曜日、彼女らは朝から華恵たちとは離れたところにいた。
そして、休み時間に彼女らは由奈と桂花に話しかけてきた。
「華恵たちといるの、嫌になったんだ」
「もう、あの子たちと同じことをしたくなくて」
「これまでごめんね」
口々に言われた由奈と桂花はぽかんとしたが、戸惑いながら小さく笑って頷いた。
(この子たちと話しててもいいのかな……?)
由奈が一瞬だけ華恵たちの方を窺うと、彼女らもつられたように華恵たちを見た。
案の定、華恵たちはこちらを見ていたが、大人びた女子たちは気にせず話し続けた。
「華恵って子どもっぽいと思わない?」
「思い通りにならないと機嫌悪くなるし」
「そういうときに他人の悪口言うけど、私たちも言われたりしてたみたいでさ」
「そうなんだ……」
由奈と桂花は時折頷きながら彼女らが話すのを聞いていた。
昼休み、由奈と桂花は教室から出た。
体育館裏は寒くて、今の時期はさすがに足が向かないので校内を歩き回りながら話した。
「あの子たちも松原さんのこと嫌だったんだね」
「考えてみれば、あの子たちは二学期にはちょっと離れてたよね。あの子たちだけで行動してたり、他のクラスの子と一緒にいたり」
「うん。松原さん、そういうとき、ちょっと気にしてたよね」
「けど、まさかこんなにはっきり離れるとは思わなかった」
さらに数日後、一部の女子たちも華恵のグループから距離を取るようになった。
莉乃もその一人だった。
こういうことが起き始めた頃には、華恵たちが離れていった女子たちのことを悪く言っているのが聞こえてきた。
しかし、十数名いた華恵のグループが五名ほどになった頃には、何も言わなくなっていた。
莉乃は華恵のグループから一緒に離れた女子たちと過ごすようになり、その周りに男子たちが集まるようになった。
莉乃の明るい笑い声が聞こえてくる。
由奈が健斗を見ると、晴基たちとふざけ合って笑っていた。
(……もう、莉乃ちゃんを気にしてないのかな)
由奈はそっと息を吐いて目を逸らした。
もう一度顔を上げて見回すと、数日前までと同じ教室なのに、なんだか違う場所みたいに見えた。




