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図書室からつづく異世界   作者: 柚子水
第一章 小学校時代
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第11話-A 参観日の日

三学期のある日、六年二組の教室に小さな爆弾が落ちた。


午前中に参観授業があった後の昼休みに起きた事件が一気に教室の空気を変えた。


授業は少し早めに終わり、空いた時間はほとんどの生徒が親と話していた。


由奈の母親は仕事に向かうと言って早々に帰っていったので、由奈は席に着いてぼんやりとクラスの様子を眺めた。


(あっ)


莉乃が母親と話す姿が目に入った。


莉乃は母親と笑い合い、母親は笑いながら手櫛で莉乃の髪を整えていた。


(おばさん、久しぶりだな。

莉乃ちゃんと遊ばなくなったから、おばさんとも会ってなかったけど。

莉乃ちゃんの髪型、おばさんがいつもやってあげてるのかな)


由奈は次々と視線を移した。


(みんな、やっぱり普段とは違う)


みんなから一目置かれている子も、大人っぽく見える子も――親と話す姿は年相応に思えた。


教室の居心地があまり良くなさそうな子は、普段より柔らかい表情に見えた。


一瞬だけ華恵を捉え、すぐに視線を外した。


(あの子も親の前だとあんな感じなんだ)


華恵は母親と楽しそうに話している。


由奈はモヤっとした。


(あれじゃ、あの子の親も何も気付かないよね)


――そのとき、


「由奈ちゃん、久しぶりだね」


ふいに声をかけられて由奈は声の方を見た。


――莉乃の母親だった。


近くに莉乃も立っていた。


「あ……こんにちは」


「さっきまで、おばさん、由奈ちゃんのお母さんと一緒にいたけど、お仕事に行っちゃったね。

おばさん、最近、由奈ちゃんにあまり会ってないなと思ってたの。

元気だった?」


少しふっくらした顔の莉乃の母親は、快活そうなよく通る声で話す。


由奈は頷いてちらっと莉乃を見る。


莉乃は気まずそうな笑いを浮かべていた。


(……おばさんは、何も知らないよね)


「由奈ちゃん、また、うちにも遊びに来てね」


莉乃の母親はそう言って微笑んだ。


「うん。ありがとうございます」


由奈は小さく頷きながらそう言った。


給食の時間が近づき参観日に来ていた親たちが徐々に帰っていった。


――そして、昼休み。


給食を食べ終わった由奈と桂花は教室から出て行こうと扉の方に向かっていた。


教室の真ん中では健斗と莉乃が話していた。


その周りに数名の男女が集まっている――いつもの光景だった。


由奈は反射的に目を伏せた。


健斗の声はいつもよく聞こえる。


そのときのやりとりが嫌でも耳に入ってきた。


「ねぇ、あれってマジで莉乃の親?」


健斗はいつものように笑いが混ざった声で軽くそう言った。


莉乃の嬉しそうな声も聞こえた。


「そうだよ。健斗、見てたんだ?」


「うん。でもさ、なんかちょっと意外だった」


「えっ、意外?」


健斗は屈託ない表情で頷き、笑いの混ざった声で言った。


「うん。なんか、見た目とか莉乃の親っぽくないなって思って見てた」


次に聞こえたのは、感情のこもった、重みのある聞き覚えのない声だった。


「は?……それってどういうこと?」


次の瞬間、教室内が静まりかえった。


(え……)


由奈は空気が張りつめたのを感じて、思わず莉乃を見た。


――莉乃の表情が固まっているかのように見えた。


よく見ると口元が震えている。


(莉乃ちゃん……?)


健斗は軽い口調で続けた。


「いや、莉乃と全然違ってたからさ」


桂花が自分の腕で由奈の腕を小突いた。


桂花は好奇心といたたまれなさが混ざった表情をしていた。


由奈はすぐに莉乃に視線を戻した。


莉乃は眉をひそめて健斗を睨むような顔をしていた。


そして、表情を崩して泣きそうな声で言った。


「なにそれ……。

健斗、今の言い方、バカにしてたよね?」


そして、莉乃は顔を手で覆ったかと思うと、よろよろした足取りで自分の席に戻り、声を上げて泣き出した。


健斗が立ち尽くしたまま目を見開いていた。


「え……っ」


健斗はそう言ったように見えたが、その声は莉乃の泣き声とクラスメイトのざわめきにかき消された。


由奈は少しの間、身動きがとれなかった。


その間、他のクラスメイトも同じように息を飲んで健斗と莉乃を交互に見ていた。


由奈は呼吸を調えて健斗に目を向けた。


健斗自身もその場から動けなくなっているようだった。


由奈はいったん目を伏せて顔を上げると、少し冷めた目で健斗と莉乃をかわるがわる見た。


(高野くんに悪気はなかっただろうな。いつもの感じで言っただけ)


莉乃を見ると、声を上げて泣いていて、数名の女子が周りで慰めていた。


健斗は困ったような笑い顔で莉乃の様子を窺っていたが、近づこうとすると莉乃の泣き声が大きくなったように感じて、後ずさった。


(高野くんは気まずいだろうな。ほんとはここに居たくないよね。

それとも……莉乃ちゃんに謝って仲直りしたいのかな)


ほとんどのクラスメイトが声を上げて泣いている莉乃を見ていた。


教室全体が静まりかえって莉乃の泣き声がいっそうよく聞こえる。


(いつも明るい二人がこんなふうになったら、みんな、なんとなくショックなのかな)


由奈はため息をついた。


「……高野くん、バカだよね。言い方が悪いんだよ」


由奈は桂花にだけ聞こえるようにさらっと言った。


「まぁ、高野ってそんなもんじゃない?」


桂花は淡々と答え、少し考えた顔をした後に続けた。


「でもさ、渡瀬さんがあんなふうになるのは想像できなかったかも。普段、明るいから」


「まぁね。莉乃ちゃん、昔から悲しいときや悔しいときに泣いてたけど。

あそこまでじゃなかったかな」


由奈は健斗を見た。


「きっと、高野くんもここにいたくないだろうな……」


「自業自得だよね」


健斗は莉乃に近づいて謝ろうとしていた。


「莉乃、ごめん……冗談だってば」


力のない声で健斗が言うと、莉乃は首を横に振って、


「冗談ってなに?

いやだ。許せない」


そう言いながらますます大きな声で泣いた。


「あれは……、高野くんはつらいね……」


由奈は呟いた。


「まぁ、どうしようもないね」


桂花は相変わらずあっさりしていた。


健斗は何度も謝ろうとしたが、莉乃は耳を傾けず、昼休み後の掃除の時間も泣き続けた。


掃除の時間に教室にやってきた担任の先生が泣いている莉乃を見て、周りの生徒に事情を確認しながら莉乃を宥めていた。


――その日の放課後、由奈は教室を出たところで莉乃に呼び止められた。


泣き腫らした顔だと誰が見てもすぐにわかる。


由奈は立ち止まって莉乃を見た。


「由奈ちゃん……わたし、あんなこと言われて嫌だった。

健斗、お母さんのことバカにしてたよね……」


莉乃はぽつんとそう言った。


由奈は黙って莉乃を見た。


そして、言葉を探してから静かに言った。


「……高野くんはいつもみたいに莉乃ちゃんが笑ってくれると思ったのかな……」


莉乃はまた少し涙を浮かべた。


「……わたしの家族のこと変なふうに思われたの、笑えなかったし悲しかった。

それにさ……」


莉乃は手で涙をぬぐった。


「健斗がわたしにひどいこと言ってくるなんて思ってなかった。

わたし、健斗のこと嫌いになった」


由奈は小さく息を飲んだ。


少しの間、由奈は黙っていたが、やがて静かに言った。


「莉乃ちゃん、言われたこと、気にしなくていいと思うよ」


「うん、ありがと……」


「でも、そんな顔で帰ると、おばさんが心配するよ?」


「あっ、ほんとだ。こんなことお母さんに言えないし、どうしよう……」


由奈は小さく息をついて少し考える顔をした。


「……学校で飼育してる動物が死んじゃいそうで悲しかったって言うのは?」


「あ……そっか。由奈、すごい。

そういうことにする!」


莉乃は少し明るい顔になって教室に戻っていった。


じっと会話を聞いていた桂花の方を見て、由奈は言った。


「桂ちゃん、ごめんね、待たせて」


「ううん、なんか、大変だね」


再び由奈と桂花は廊下を歩き出した。


桂花がぼそりと言った。


「渡瀬さん、わざわざ由奈を追いかけてきたんだ。

しかも、『由奈ちゃん』って言ってた」


由奈は苦笑した。


「うん。なんでだろうね。ずっと前はそう呼んでたからかな?」


「無意識っぽくない?」


「うん、なんとなくね」


「……そっか、由奈は渡瀬さんの家族と知り合いだもんね」


「……うん」


少し無言で廊下を歩き、昇降口に着いたとき、桂花がぼそりと言った。


「高野はさ、軽い冗談を言っただけなんだろうけどね。

でも、あんなことをわざわざ言わなくてもよかったのにさ。

渡瀬さんと楽しく話せると思ったのかなぁ」


「うん。たしかになんかちょっと……嫌な言い方だったね」


「うん、私、あれはヤバいなって思ってさ、思わず由奈の方、見ちゃったもん」


「……空気が凍ったよね。びっくりした。

……高野くんはあんなことになるなんて思わなかっただろうね」


「渡瀬さんといつも笑ってたから、想像できなかったかもしれないね。渡瀬さん、普段ノリいいしさ。

でも、やっぱり高野がバカだな」


桂花は小さく笑いながら言った。


そして、少し間を空けて桂花はぼそりと言った。


「……あれだけクラスを賑わせた二人がこんなふうにダメになるなんて……。なんか変な気分」


***


その夜、由奈はお風呂に浸かりながら学校でのできごとを思い出していた。


帰り際の会話――


(莉乃ちゃんは高野くんに家族をバカにされたことが悲しくて泣いたんだろうけど。

でも、莉乃ちゃんは、“高野くんが自分にひどいこと言うと思ってなかったのに”って怒ってるみたいにも見えた)


(なんか、スッキリしない。

……なんでだろう。

莉乃ちゃんが私の家族を知ってるのに、クラスでは私の悪口言ってるから?)


由奈は湯舟に肘をついた。


(私は莉乃ちゃんにそんなことされてるって家族には言えない。

だって、お母さん、お父さん、おばあちゃんやおじいちゃんも莉乃ちゃんを知ってる。

莉乃ちゃんは昔からの友達だと思ってる)


(それに、莉乃ちゃんだって松原さんたちと私や他の子にもひどいこと言ってるし)


(なんでわざわざ私に言いに来たの?

私が莉乃ちゃんの家族のことを知ってるから?)


――それに


(莉乃ちゃんは簡単に高野くんのこと嫌いになったって言った。

……なんで?

私は高野くんを好きな気持ち、諦めるの苦しかった……)


由奈は徐々に怒りが沸き上がって頭がクラクラした。


(莉乃ちゃんは今日、悲しかったんだから責めちゃいけない。

……でも、なんか虫が良すぎって言葉が浮かんでくる)


由奈の目に涙が浮かんできた。


(……なんで)


由奈は湯舟に涙が入らないように身を乗り出して、声を殺して泣いた。



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