第11話 噂のあとに残ったもの
三学期のある日、教室に小さな爆弾が落ちた。
「健斗のせいで、莉乃が泣いたらしい」
そんな噂が、昼休みに一気に広がった。
聞けば――
健斗が莉乃の“家族のこと”を冗談交じりに茶化したという。
本人に悪気はなかったのだろう。
「マジ? あれ莉乃の親? 全然似てないじゃん」
そんな軽口が、思いのほか鋭く刺さった。
「……高野くん、バカだよね。そんなこともわからないのか」
由奈はさらっと言った。
だが、その声には淡い怒りが滲んでいた。
「まあ、そんなもんじゃない? 高野って、考え浅そう」
桂花は淡々と答えた。
「由奈ちゃん……私、健斗のこと、嫌いになった」
放課後、莉乃はぽつんとそう言った。
今はもう違うグループにいる二人だが、まだ、幼い頃のつながりが残っている。
由奈は莉乃の家族の事情も少し知っていたから、何も言わずに聞いた。
「だって、あたしの家族のこと、変なふうに言ったの。笑っていいと思わなかった」
由奈は小さくうなずいた。
「そっか……それは、そうだね」
桂花は思った。
(……なんという愚かしい話か。あれだけクラスを賑わせた二人の幕引きが、こんな形なんて)
健斗は、ただ「可愛い莉乃の親っぽくなかった」から軽い冗談を言っただけだろう。
けれど、それがどれだけ相手を傷つけるか、考えもしなかった。
その無神経さが――やっぱり、子どもなんだ。
不思議なことに、二人の関係が終わると同時に、クラスの空気が少し変わった。
中心女子たちの目が緩み、由奈と桂花に話しかける声が増えた。
「なんだろ、急に」
二人で笑い合う。
前より少しだけ広がった世界の中で、それでも由奈と桂花は並んで歩いていた。
健斗と莉乃の関係が、元に戻ることはなかった。
人気者同士のカップルという夢が消え、教室は静かに均されたようだった。
あと半年で卒業。
もう二人が並んで話す姿は見なくなった。
莉乃の近くで、健斗の話に笑う女子はいたが、莉乃は視線を逸らした。
「多分、二人とも戻ることないよね。戻ろうとしても、あの出来事がチラつくでしょ。だって、泣かせたほどのことだよ」
昇降口で靴を履き替えながら、由奈が言った。
「ほんとは、二人の間には、もっといろいろ積み重なってたのかもね。
誰も知らないようなこと」
桂花は思う。
由奈は理由を考えるのが好きな子だ。
人の気持ちを観察し、言葉にするのが好き。
それを聞くのが、桂花は嫌いじゃなかった。
「ま、私にはなんでもいいんだけどさー」
「私もそう。あの二人、中学校でまた仲良くなるかもしれないしね」
二人は笑った。
けれど、笑い声の奥に――“きっと戻らない”という静かな確信があった。
春を待つ空気の中で、噂は少しずつ薄れていき、誰も話さなくなっても、
あの日の空気だけが、まだどこかに残っている気がした。




