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図書室からつづく異世界   作者: 柚子水
第一章 小学校時代
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第9 話 夏休みの図書室

夏休みに入っても、小学校のプールや図書室は開いていて使いたい生徒たちは学校に来る。


図書室は午前十時から午後三時まで開いている。


由奈と桂花は夏休み前に図書室に行く日を約束した。


だいたい週に二日から三日で一日一時間くらいの予定。


夏休みに入った最初の週――桂花の初めての読書の日。


夏休み期間、冷房の効いた図書室に入ると、司書さんの笑顔とひんやりした空気が迎えてくれた。


「そこに名前と時間、書いてね」


夏休み中は図書室への入室前に、入室者管理簿に名前と入室時間を書き、退室時には退室時間を書く決まりになっている。


管理簿に記入した後、由奈は早速、図書室の貸出カウンターの中から記録の書「異世界編」を取り出して桂花に渡した。


そして、自分は「現実世界編」を抱えてカウンターから出てきた。


二人は閲覧室の一番奥のテーブルに並んで腰かけた。


部屋に出入りするのは本を借りたい生徒のみで、静かな時間が流れている。


桂花は異世界編をテーブルに置いて、じっと見つめ、ぼそりと呟いた。


「これ、夏休みで読み終わらない気がする……」


「大丈夫だよ。この前、読みやすいって思ったでしょ?」


「うん……。だけど、分厚いもん」


「それはそうだね。

私もこれ、読み終わるのが目標だから一緒にがんばろ」


由奈がテーブルに置いた「現実世界編」を指して言った。


「由奈は余裕に決まってるじゃん。そっちの方が少ないし」


桂花は苦笑した。


現実世界編は異世界編の半分ほどの分量しかない。


「読み出したら早いって」


由奈はそう言って現実世界編のページをめくった。


由奈が読み始めたのを見て、桂花も異世界編のページをめくった。


桂花が本に目を落としてからまもなく、由奈が首を傾げた。


目次を見たりパラパラとページを先にめくっていき、少しの間、同じページに目を走らせると、また少しめくった。


由奈は同じことを何回か繰り返した。


(……ん?)


桂花は横目で由奈を見た。


そして、由奈は納得したような顔をして元のページに戻った。


その後は、いつもの調子で本に目を通していた。


桂花は小さくため息をついて、本に目を戻した。


(宿題じゃないし、気楽に読もう)


桂花も本に目を通し始めた。


桂花はときどき、図書室内を見回したり、時計を見たりしては本に目を戻した。


三十分くらい経ったとき、隣に座る由奈を見ると、相変わらず黙々と読み進めていた。


(由奈、すごいな……。

私なんて、まだ3ページくらいしか進んでない……。

……あと30分もある)


桂花が再び本に目を落とした。


とりあえず文字を目で追ってページをめくった。


そして、一時間くらいが経過したとき、由奈に声をかけた。


「由奈、1時間経ったよ」


由奈は顔を上げて言った。


「あとちょっと読んでいい?」


「うん、いいよ」


桂花は本を閉じて外箱に収めた。


五分ほどして、由奈も顔を上げて本を閉じ、外箱に収めた。


「行こっか」


「うん」


二人は立ち上がってカウンターの中に本をしまった。


「ありがとうございました」


司書さんに挨拶して図書室を出た。


廊下の蒸し暑い空気がまとわりついてきて、一瞬、呼吸がしにくかった。


歩きながら桂花は由奈に言った。


「そういえば、由奈が読んでた方も最初は難しいこと書いてあったの?」


「うん、書いてあったよ」


「そっかぁ。私の読んでる方、あそこ意味わかんないから飛ばしたけど、由奈は意味わかるの?」


「うーん、なんとなくね」


「へぇ~、すごいね」


「なんとなくしかわからないよ」


「それでもすごい」


「桂ちゃん、この後、帰る?」


「あ、どっか行く?」


「うちに来る?」


「うん、行く!」


由奈と桂花は由奈の家に向かって歩き出した。


「ねぇ、由奈、現実世界編を読み始めたときに、ページをパラパラめくってたのはなんで?」


「ああ、だって、異世界編と全然感じが違ってたから。でも、登場人物は同じだし。

少し先にめくってみて、なんとなく理由がわかったんだ」


「へぇ、そうなの?」


「うん、でも桂花はまだ全然読んでないから理由は教えてあげない」


「えー、気になるじゃん」


「桂花、今日、あんまり進んでなかったでしょ。きっとまだ、選ばれた人たち、全部出てきてないよね?」


「だって、なかなか進まないんだよー」


「だんだん面白くなるからさ」


「うん、異世界の方に入っていったら面白くなりそうなんだけどな」


「異世界に行く前も面白いよ。途中、仲間と協力して異世界にたどり着くところとか」


「そうなんだ。今みたいにちょっと聞くと読みたくなるかも」


「じゃ、今度はちゃんと読んでね」


二人は記録の書の話を続けながら、夏の陽射しが降り注ぐ道を由奈の家へ向かって歩いた。


***


由奈と桂花が図書室での読書を約束した別の日。


その頃、由奈は現実世界編を半分以上読んでいた。


桂花は由奈をちらっと見た。


(相変わらず読んでるなぁ)


桂花も本に目を落とした。


(さっきのところ、ちょっと読みにくかったけど、ここ読みやすいな)


読みやすいところなら桂花もペースが落ちなかった。


しばらく桂花も読書に集中していたが、やがて顔を上げた。


(読みやすいところはすぐに終わっちゃう。

あと、15分くらいで今日の読書も終わりか)


由奈は相変わらず読み耽っている。


桂花もキリのいいところまで進めるつもりで再び目を落とした。


時計を見て一時間が経ったとき、由奈に声をかけた。


由奈が顔を上げて小声で言った。


「いつも、あっという間だね」


「そう?」


桂花は首を傾げた。


「あっ、前に言ってた、現実世界編の難しいこと書いてあるページ、見せて」


「うん」


由奈が一巻を箱から取り出し最初の方を開いた。


桂花は思わず、声を出した。


「うわ、なにこれ……」


汝、選ばれし者よ。

一たび頁を開けば、時は静寂に沈む。

我らが地〈ノートルテール〉は眠りにつき、

彼方の界〈オートルモンド〉は目覚める。

片方が息を止めるとき、もう片方が息を継ぐ。

栞を外して、眠りし世界を呼び覚まし、時の位置を戻る。

然れど、記憶は消えず、心は時を越える。

汝が魂は二つの世界を行き来しながら、

年輪を重ね、同じ名を保ち続けるだろう。

時と世界を渡る者、忘るるな。

世界は眠るが、汝の歩みは刻まれる。

――この書を持つ限り、汝は“時空を越えた旅人”なり。


「こんなん、文字を目で追うだけでも大変じゃん」


由奈は笑った。


「だよね。昔の文章みたいだよね」


二人で本を覗いてると、人影が本に落ちた。


二人は思わず顔を上げると、一人の男子が小さく微笑んでテーブルの向かい側に立っていた。


「佐山さん、小藤さん」


「あっ、足立くんも来てたんだ」


由奈がその男子を見て微笑んだ。


同じ学年の足立(あだち)侑真(ゆうま)だった。


侑真とは、由奈も桂花もこれまでに同じクラスになったことはないが、図書委員会や学年を越えて遊ぶ時間のグループが同じだったことがあった。


健斗や晴基と比べたらおとなしめだが、暗いと思われるタイプではなく、誰にでも優しく会話も面白い。


桂花は近くに立って由奈と話す侑真をまじまじと観察した。


侑真は由奈と話すためにときどき六年二組を訪れることがある。


(この子、こう見えて、案外、由奈に積極的だし。

それに、なんとなく、前より顔が良くなったように見える)


「佐山さん、夏休みもときどき図書室来てるよね?」


「うん、桂花と読書してるの」


「そっか」


由奈と話している侑真は、とても嬉しそうだった。


「私たち、今日はもう読書済んだし、帰ろうと思って」


「そっか、僕も帰るよ」


由奈が本を抱えてカウンターに向かうと侑真は横に並んで歩いた。


桂花は本も抱えてその後ろをついて行った。


「あっ」


突然、由奈が立ち止まった。


「……あっ」


桂花も気づいて立ち止まった。


松原華恵がカウンターに向かう途中にあるテーブルに一人で座りながら三人が歩いてくるのを見ていた。


睨むわけでもなく近寄ってくるわけでもなく、ただ静かに見ていた。


侑真が由奈を見た。


「佐山さん?」


「由奈、行こう」


「うん」


由奈と桂花はカウンターの中に本を戻した。


入室者名簿には華恵の名前が書いてあった。


侑真は由奈と桂花より三十分くらい後に入っていて、華恵はその少し後に入っていた。


華恵は由奈と桂花が図書室にいたことも知っているはずだ。


由奈と桂花は顔を見合わせた。


由奈と桂花と侑真は一緒に昇降口に向かった。


「松原さん、一人だったね」


桂花がぼそりと言った。


由奈も頷いた。


「うん、なんか珍しい」


侑真が由奈に尋ねた。


「さっき図書室にいた子、佐山さんと同じクラスだよね?」


「うん……。でも、あんまり話さないかな」


「そっか。佐山さんや小藤さんとは雰囲気違うもんね」


桂花は思わず侑真を見た。


(なんか、足立って大人だな)


「足立くんは松原さんと話したことある?」


由奈が侑真を見た。


「うん、話したことあるよ」


侑真はそう言って小さく笑った。


桂花は由奈を見た。


(そっか。由奈は知らないのか)


由奈が教室にいないときに侑真が来ると、華恵はいち早く侑真のところに行く。


そして、「由奈は今いない」というようなことを話すのだろう。


桂花は侑真と話すときの華恵の顔を思い出した。


(松原さんて、こういう優しそうな子がいいのかな)


桂花は視線を侑真に移した。


(まぁ、足立、いいヤツだし。

でも、松原さんみたいなタイプって高野や古山みたいな目立つ男子をいいって言うかと思ってた)


「足立くんは松原さんとも仲良いんだね。足立くん、誰とでも話せるもんね」


由奈が言うと、侑真は首を横に振った。


「いや、そんなことないよ。少し話すだけ」


「そうなんだ」


由奈はそれ以上何も言わずに侑真に手を振った。


「じゃ、足立くん、また図書室で会ったらね」


侑真は少し息を飲んだような顔をして手を振った。


「うん、またね」


(足立はもうちょっと話したかったよね)


桂花は侑真から視線を外し由奈と並んで歩き出した。










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