第51話-A 高校1年生 ~異世界に到着~
魔法陣の中――
光が、ゆっくりと引いていく。
まぶしさが、薄皮をはぐように少しずつ和らいでいった。
――音が、ない。
由奈はゆっくりと目を開けた。
すぐには頭が働かなかった。
少し首を動かしたり、手を動かしたりしてみる。
(頭がぼんやりしてる……)
呼吸を整えるうちに、
徐々に意識がはっきりしてきて、
由奈は左側に桂花の体重を感じた。
そこで、自分が床に座り込んでいることに気づいた。
桂花も顔を上げ、ぼんやりと辺りを見回していた。
「……桂花、大丈夫?」
由奈は呟くような声で言った。
桂花はゆっくり由奈の方を見た。
「……由奈。
ここって……?」
桂花もまだ頭が働いていないようだった。
「うん……。
多分……」
(さっきまでの書庫の小部屋じゃない)
由奈は部屋を見回し、思わず息を呑んだ。
天井の梁は太く、ところどころに鉄の飾りが打ち込まれていた。
掌の下にある床は硬く、学校の床とはまるで違う。
ワックスの匂いも、
紙と埃の混ざった書庫の空気もない。
代わりに、
乾いた石の冷たさがじわりと伝わってくる。
「……ここは……?」
声に出すと、それが少し遅れて返ってきた。
反響している。
どこか広い場所。
天井が高い。
やがて、音と重みがゆっくりと世界に戻ってくる。
「大丈夫か……?」
晴基が由奈と桂花の方を見た。
「うん……」
健斗もまだ少しぼんやりした顔をしている。
晴基が少し目線を上げ、小さな声で言った。
「あ……どうも」
みんな、つられるように同じ方を見た。
見知らぬ男性が二人、
息を飲んだ表情でこちらを見ていた。
ひとりは、深い緑の軍装に身を包んだ精悍な武官とわかる男だった。
肩や胸元には革と金具による補強が施された細身の制服。
腰には細身の剣を提げ、短く整えられた髪と鋭い眼差しが精悍な印象を与えていた。
もうひとりは、白いシャツに灰銀色の長衣を纏った文官風の男。
首元まできちんと整えられた衣服は、装飾こそ控えめだが上質な仕立てだとわかる。
整った立ち姿と落ち着いた物腰に、自然と目を引かれる品格があった。
四人は息を飲んだ。
互いに顔を見合わせ、誰も言葉を発せない。
やがて、文官らしき男が静かに口を開いた。
「……異世界の勇者殿、ようこそお越しくださいました」
「あ……日本語……」
健斗が思わず言った。
文官は軽く微笑んで頷いた。
「はい。私たちは、あなた方の言葉をお借りしています。
遠い昔、あなた方と同じ世界から来られた初代の勇者がこの地を救われて以来、我らは“勇者の言葉”を、この国の公の言葉として受け継いできました」
その男の穏やかな笑顔に、空気が少し柔らかくなる。
(記録の書に、書いてあったとおりだ)
「……本当に、通じてるんだな」
晴基が驚きを秘めた声で言う。
「夢じゃない……」
桂花が呟いた。
文官は静かに一歩前に出た。
「私は王太子殿下付きのシェルシェ・トゥルヴェと申します。
こちらは殿下直属の警備副長、アレル・ヴォレー。
ようこそ、勇者の皆様──グランデリゼ王城へ」
二人は深々と頭を下げた。
「転移の際に、お怪我などされていませんか?」
アレルが少しかがんで四人の顔を覗き込んだ。鋭い眼差しが緩む。
健斗がアレルを見て答えた。
「光に包まれてから、落ちるような感じがして。
気付いたらここにいて……」
由奈も頷いた。
「うん。足元が不安定な感じだったよね」
晴基が三人を見て言った。
「みんな、まだ、少しぼんやりしているんだと思います」
シェルシェが心配そうな顔をした。
「そうですか。動けなさそうでしょうか?」
由奈は首を横に振る。
「いいえ、多分、もう立ち上がれると思います。
……桂花は?」
「うん、多分、大丈夫」
由奈と桂花が立ち上がろうとすると、シェルシェとアレルが腕を取って支えた。
「ありがとうございます」
健斗と晴基は自力で立ち上がった。
「この場所は王城の一角、“転移の間”でございます。
城内へご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
アレルが扉をわずかに開けると、向こうからかすかな風が吹き込んだ。
緑の匂いに、かすかに土の気配も混ざっている。
由奈はそちらに目を向けた。
(気持ち良さそう)
足元のキャリーケースを起こし、持ち手に手をかけると、アレルがそばに来て手を差し伸べた。
「あ……いいんですか?」
「はい、お任せください」
アレルは桂花の方にも手を伸ばし、二人分の荷物を軽々と持ち上げた。
シェルシェが、ついてくるよう目で促す。
由奈と桂花がシェルシェに続くと、健斗が控えめに言った。
「あの、これは……」
抱えていた記録の書を指す。
「確か、この魔法陣のそばに置いておくものだって」
由奈が振り返った。
「あっ、そうだよね」
「健斗、よく気づいたな」
晴基が感心したように言った。
シェルシェが健斗を見た。
「ひとまず、城内へお持ちください。
この後、この小屋には限られた者しか立ち入れぬよう、結界を施す予定ですが、今、ここに置いていくのは心配でしょう」
「……確かにそうだよな」
健斗は記録の書を抱え直した。
「では、参りましょう」
再びシェルシェに促され、四人は扉の外へ出た。




