第51話-B 高校1年生 ~異世界に到着 2~
扉から外に出て、由奈は思わず息を飲んだ。
そこには、異世界編を読んで想像していた通りの世界が広がっていた。
「すごい……」
晴れ渡る青い空のもと、
見渡す限り草原が広がっている。
風が草を波のように揺らす。
少し離れたところに木々が並び、風になびいている。
そして、その景色を見下ろすように、巨大な城がそびえていた。
灰白色の石で築かれた城壁。
幾つもの尖塔と深い灰青色の屋根。
陽光を受けた窓硝子が静かに輝いている。
まるで、絵本や歴史資料の中から、そのまま抜け出してきたような城だった。
陽射しは夏のものなのに、空気は驚くほど軽い。
湿気を含んだ日本の暑さとはまるで違う。
乾いた風が草原を渡り、石壁の匂いと土の香りを運んでくる。
由奈は静かに空気を吸い込んで、桂花の方を見た。
「……空気が気持ちいいね」
桂花も目を凝らして景色を見ていた。
「うん」
健斗が自分たちが出てきた建物を見上げて言った。
「ここ、こんなに立派なんだな。小屋って言われてたけど……」
小屋とはいえ、灰白色の石で造られた重厚な建物だった。
尖った屋根や細長い窓は王城本体とよく似た意匠で統一されており、まるで城の一部を切り取ったようにも見える。
晴基が健斗を見て頷いた。
「ああ。それよりも、ここが異世界ってことさえ、まだ実感できてねぇし」
「だよなぁ」
アレルは男子二人の言葉を聞いて小さく笑い、低く落ち着いた声で言った。
「それは、私も同じです。まさか、こんなことが本当に起こるなんて。
あなた方とこうして会話をしていても、まだ実感がありません」
健斗が笑った。
「ですよねぇ」
「それにしても、確かにここの空気はいいな」
そう言って晴基が深呼吸していると、アレルが促した。
「さぁ、城内へ行きましょう」
建物の外にあるレンガ造りの回廊を少し歩き、城内へ続く扉から中へ招き入れられる。
その瞬間、荘厳な光景が目に飛び込んできた。
壁には燭台が並び、昼間でも炎が静かに揺れている。
吹き抜けの高い天井からは旗や紋章が垂れ下がり、
窓の外には中庭と城壁、そして遠くの山々が見えた。
桂花が目を丸くして言った。
「……お城の中、ほんとにこんなふうなんだ」
由奈も息を飲んだ。
「ほんとに絵本や資料集で見たままだよね。すごいなぁ」
歩きながら晴基は辺りを見渡した。
「なんか……あっちの建物はわりと質素だな」
廊下の窓から見える、少し離れたところにある建物は実務的で無駄がない印象だった。
廊下を奥へ進むにつれて装飾は増え、どこか優雅な気配が漂い始める。
馴染みがなく落ち着かないが、特別なところに身を置いている気がして気分は悪くなかった。
つい、歩きながら辺りを見回してしまう。
由奈は小さく息をついた。
(こんなところで生活するなんて、なんだかピンとこないな)
やがて、一行は両開きの扉の前で立ち止まった。
シェルシェが扉を開いた。
その向こうには、金色の装飾と深紅の絨毯が敷かれた広間が広がっていた。
中央には長い机。
どこか甘く落ち着いた香木の香りが漂っている。
シェルシェが四人に入るよう促した。
四人はそわそわしながら中に入った。
「王太子殿下が、まもなくお越しになります。
どうかこちらでお待ちください」
二人が下がると、広間に静寂が落ちた。
四人はそれぞれ、緊張と好奇心の入り混じった表情で辺りを見回した。
桂花が由奈を振り返りながら言った。
「……さっきから、“王太子”って言ってるよね?」
健斗が首を傾げた。
「王太子って何?」
晴基が言った。
「響きは皇太子と似てるな」
由奈は、台の上に飾られた花を見ながら呟いた。
「うん……王太子って、王様の王に太子ってことだよね?
てことは、皇族じゃなくて王族?
王族だから、“王太子”?」
みんな、納得した顔で由奈を見た。
にわかに、四人の中に落ち着かない空気が流れた。
健斗が慌てたように言った。
「やべ、じゃ、王族じゃん」
「そうだね。記録でも、最初に王太子に迎えられることが多かったみたいだよね」
「……確かにそうだったな」
「えー、来ていきなり、こういう展開なんだっけ?」
「まぁ、身元もわからない人間がお城の中で寝泊まりしてうろうろしてたら良くないから、最初に王族に顔見せってところかな」
「それに、向こうだって、最初に話しておきたいことあるだろうしな」
桂花がため息混じりに言った。
「一応、服装は考えてきたけど、こんな所に住んでる人たちからしたら、私たちなんて、全然ちゃんとしてないのかも」
由奈も頷いた。
「そんな感じするよね」
健斗が女子二人を見ながら言った。
「えー、みんな、ちゃんとそこまで考えてたわけ?」
健斗はそこで、はっとしたように晴基を見た。
「言われてみたら、晴基もいつもよりちょっと落ち着いてる感じ?」
晴基は苦笑した。
「まぁな。特別ってことはないけど」
黒に近い紺色のシャツに細身のパンツ。
均整の取れた体格によく合っていて、自然と様になっていた。
由奈と桂花は顔を見合わせてぼそりと言った。
「まぁ……ね、一応」
「そりゃ、お城って言われたら……」
「でも、高野くんだって、そんなに変な格好じゃないと思うよ」
「うん、みんな、同じようなもんだよ」
三人は揃って頷いた。
健斗はカーキ色のシャツの襟元を気にするように触った。
「それならいいけど……」
由奈が小さく笑いながら言った。
「さっきの、アレルさん見たら、Tシャツにジーンズでもありなんじゃないかと思った」
桂花がぽつりと言った。
「あー、あれ、かっこよかったね。古山が着たら様になりそう」
健斗も頷いた。
「確かに。晴基、ああいうの、いけそうだな」
晴基は少しはにかんだ。
「そうかな」
結局、雑談に落ち着く。
それでも、なんとなくそわそわしながら、四人は待ち時間を過ごした。




