第50話-B 高校1年生 ~出発当日 2~
荷物を手に、四人は歩き出した。
小学校へ向かう道。
小学校を卒業してから、ずいぶん経つ。
こんなに足を運ぶことになるなんて、想像もしなかった。
特に今日は――
期待と不安。
胸の奥で、その両方がせめぎ合う。
けれど、四人はいつものように話しながら笑って歩く。
誰も口に出さなかったけれど、
――もう、今までと同じではいられない。
そんな思いが、それぞれの背中に静かに宿っていた。
男子二人が前を歩く。
暑さとキャリーケースの車輪の音で、だんだん四人の口数が少なくなっていく。
誰も何も言わない。
学校の敷地に入り、正面玄関に行くと、既に先生が待っていてくれた。
「先生、お待たせしました」
先生はいつもの笑顔で迎えてくれた。
「健斗、結局、荷物、それだけか?」
先生が健斗の荷物を見て驚いた。
「はい」
晴基がすかさず言った。
「しかも、ここにポテチ三つ入ってるらしいですから」
「え? それじゃ、ほとんど自分の荷物がないじゃないか」
「そうなんですよね。さすが健斗っていうか」
「そうだな」
「あちらで、すぐにいろいろもらえるんじゃないかな。あの本にもそう書いてあったし」
健斗はさらりと言った。
それを聞いて由奈は笑う。
「そんなこと言って、準備するの面倒だっただけじゃないの?」
「まぁなー」
先生が笑って玄関の扉を開けてくれた。
由奈が靴を脱ぎながら言った。
「今日は、靴、持ってかないとね」
「あっ、そうだよな」
「高野くん、袋とか持ってる?」
「いや、ここに直接入れてくしかない……かな」
「はい、これ、使って」
由奈はビニール袋を差し出す。
「おっ。ありがとう。さすが由奈だな」
「私も、何も持ってないな」
桂花が言うと、由奈は袋を差し出す。
「ありがとう」
「一応、みんなの分、持ってきたの。
けど、ごめん、こんなことなら連絡すればよかったね」
「俺はちゃんと持ってるから」
「さすが、晴基」
それぞれ靴をビニール袋に入れてから荷物にしまった。
玄関横の事務室の職員たちは、志野先生に気づいて頭を下げたが、卒業生が一緒にいることはたいして気にしないようだ。
そして、由奈と桂花はキャリーケースを廊下で引きずらないように持ち上げて歩いた。
図書室は二階。
階段のところで、先生が由奈と桂花の荷物を見た。
「荷物持って上がるの、重いよな」
「あ、なんとかなりますよ。そんなには入ってないんで」
由奈がそう言ってキャリーケースを持ち上げようとしたとき、健斗が持ち手に手をかけて言った。
「持つよ」
「え?
私は大丈夫だから。それなら桂花のを……」
健斗は何も言わずに由奈のキャリーケースを持ち、階段を上り始めた。
「ちょっと、聞いてる?」
由奈は慌てて健斗についていく。
先生は呟いた。
「健斗、優しいなぁ」
先生はそう言って、桂花のキャリーケースを持って階段を上がり始めた。
「あっ、先生、ありがとうございます」
桂花はその後ろをついていく。
晴基は四人を眺めながら、一番最後に階段を上った。
二階の廊下を歩くときも、健斗は由奈のキャリーケースを持ったままだった。
「あの、高野くん、ありがとう。
私、持つから」
健斗は笑いながら言った。
「いいよ、別に。この前は、めっちゃ軽い由奈のバッグでも持ったし」
「うん、最近、いつも持ってくれるけどさ。
私、大丈夫だよ。結構、力あるからさ」
「いや、いいって」
「もう、意味わかんない」
二人のやり取りを見て、先生は桂花に尋ねた。
「仲良いな」
「最近、あんな感じなんですよ。
由奈は……多分、わかってないですけど」
「はぁ、そうなんだ……」
そうこうしているうちに図書室前に着いて、先生が鍵を開けた。
由奈は小さく深呼吸をした。
由奈の荷物は健斗が持ったまま、室内に入った。
書庫に入り、小部屋の扉を開ける前に、桂花が静かに言った。
「今更だけどさ、こんな準備してきて、魔法陣が動かなかったら……って思わない?」
由奈は笑った。
「大丈夫だよ、あんなにそっくりに描けてるんだから」
「……そうだけどさ、魔法陣が動かなかったら、まだしばらくこちらにいられるよ。
“今はまだ無理だっただけ。後でちゃんと行く”って、自分に言い訳できる」
「……まぁ、そうだね」
由奈はそう言って少し首を捻ったが、すぐに桂花の顔を見た。
「けどさ、行くしかないんだし」
「……そうだよね」
桂花はそう言って目を伏せた。
「桂花、どうしたの?」
「……みんな、行きたくないって思ってるんじゃないかなと思って。
私でさえ、昨日、家族と過ごして少し名残惜しかったから」
晴基は軽い声で言った。
「まぁ、それはそうだけどさ。
由奈の言う通り、行くしかないんだし。
だからこそ、二週間で一旦戻ることにしよう」
健斗が続いた。
「うん。俺もみんなみたいにちゃんとできる気がしなくて不安になる」
先生が苦笑した。
「健斗、そんな風に思わなくてもいいのに」
「みんな、得意なことありそうだけど、俺にはないし。だから、俺でいいのかなって思う」
健斗は続けた。
「でもさ、もし、俺たちが異世界の勇者を待ってる立場だったら……。
来てくれないってなったら、めっちゃ腹立つよな。
しかも、最初から、“無理です”とか言われたらさ」
晴基が頷いた。
「ああ。それ、腹立つな」
由奈も頷いた。
「うん。私もどうして私が選ばれたのかなって思うけど、普通に暮らしてる人たちが困るのは嫌だから、行かないといけないって思う」
桂花は三人を見た。
「そっか。みんな、ちゃんと覚悟が決まってるんだね」
三人とも頷いた。
「じゃ、開けるぞ」
先生が小部屋の鍵を開けた。
「まず、最後の線、書き足すか」
晴基が机に置いたマジックを見て桂花に言った。
桂花は頷いて記録の書を開いた。
「じゃ、小藤さんが」
晴基は桂花にマジックを渡した。
「いいの?」
「ああ、最初、がんばってたくさん描いてくれてたから、仕上げもやってよ」
「ありがとう。じゃ、描くね」
桂花がしゃがみ込み、慎重に最後の一本を描き足した。
――マジックの先が止まった瞬間、淡い光がゆっくりと浮かび上がり、
魔法陣全体が脈打つように輝き出した。
「うわ……」
最初に声を漏らしたのは健斗。
「ほんとに光った……」
晴基が息をのむ。
「ちゃんと動いた……よかった」
桂花が胸に手を当て、ほっと息を吐いた。
「やばい、めっちゃ緊張する……」
由奈は、何も言わずに光に見入っていた。
先生がふと気づいたように言った。
「ここにも書かれたってことか」
現実世界編が光を放っている。
「……ああ、ちゃんと記されたな」
“選ばれし四人が、オートルモンドへと繋がる転移魔法陣を起動した”
小部屋の空気が静かに張り詰める。
由奈が隣の机に置かれた異世界編に目をやると、やはり光っていた。
「ねぇ、こっちにも書かれてるよ」
三人も覗き込んだ。
「ほんとだ」
「繋がったんだな、両方の世界が」
「あっ、これは忘れずに持って行かないとね」
由奈が異世界編に触れながら言うと、健斗が手を伸ばした。
「俺、荷物軽いから持ってくよ」
三人が頷いた。
「ほんとに――いよいよだな」
静まり返った小部屋に、先生の声が落ちた。
その声に、四人の背筋が自然と伸びる。
志野先生は穏やかに頷いた。
「――無事に行って、無事に帰ってこい。
正直、危ないと思ったら、無理はせずに戻ってきてほしいって思ってる。
でも、向こうで実際にどう動くかを決めるのは、きっと君たちだ。
四人でちゃんと話して、その時、一番いいと思った選択をしてくれればいい。
俺は、それを信じてる。
困ったことがあったら、何でも協力するからな」
「ありがとうございます」
「無事に帰ってきます。まずは二週間、あちらに滞在してみます」
「それくらいの気持ちで行った方がいい。
……でも、こちらでは、まったく時間が経たないんだな」
先生は小さく笑った。
「そのはずです」
魔法陣の淡い光が四人を照らしていた。
誰も声を出さなかった。
四人は互いに視線を合わせ、無言のまま頷いた。




