第8話-B 雨の図書室 ~書庫で見た光~
七月の委員会の日――夏休みが見えてきた頃。
梅雨の終わりを告げる頃の強い雨が図書室の窓を絶え間なく叩いていた。
この日の活動は図書室の掃除と本の整理だった。
由奈と桂花は口元を押さえながら、書庫に入った。
先生からはどこをやってもいいと言われたが、ほとんどの委員が閲覧室にいた。
「前に書庫に入ったとき、秘密の場所って感じがして安心したな」
由奈がそんなことを言ったのがきっかけで、二人は書庫を選んだ。
バケツに水を汲んで雑巾を数枚持って中に入ると、他には誰もいなかった。
由奈が部屋を見回しながら言った。
「わりと涼しいね」
桂花が少し顔をしかめた。
「でも、やっぱり埃がすごい……」
由奈が埃の積もった本を見て言った。
「たぶん、ずっと誰も触ってないよね」
桂花も近くの本を見た。
「軍手を借りてきたいレベルだね」
「そうだね……」
由奈が近くの本の背表紙を少し拭うと、指先に古紙の匂いがついた。
「うわ、ほんと、埃すご」
「うん、くしゃみ出そう」
「まず、本棚からやる?」
二人で文句を言ったり、笑い合ったりしながら書棚に付いた埃を拭き取る。
桂花は棚を拭きながら部屋を見回した。
窓のカーテンが締まっていて電気をつけても薄暗く感じる。
広さは教室より少し狭いくらいだが、ほとんどが書棚で埋まっている。
他の生徒が入ってくる様子もない。
きっと、このまま二人で掃除して終わるんだろう。
(確かに、ちょっと安心できるかも)
桂花が目の前の書棚に視線を戻したとき、
ぎい、と扉が開いた音がして、閲覧室のざわめきが聞こえてきた。
「え?」
由奈と桂花は顔を見合わせた。
棚の影に視界を遮られて、誰が来たのかすぐにわからなかった。
扉が閉じて静かになったと同時に、聞き覚えのある声が聞こえた。
「さっき、お前らここに入ってったなぁと思って」
――健斗だった。
「なんだ、来たの?
せっかく静かだったのに」
由奈が通路の方に出ていきながら言った。
健斗が笑った。
「なんだよ、俺がうるさいみたいじゃん」
由奈が笑いながら言った。
「えっ、うるさいじゃん」
桂花はちらっと健斗を見た。
相変わらずの笑顔を由奈に向けている。
(高野が来ると、なんとなく雰囲気変わるんだよね)
そして、桂花は由奈のこともちらっと見た。
由奈は健斗に拭き取った埃を見せていた。
「ちゃんと掃除する気あるの?ほら、ここ、こんなに埃あるんだよ」
健斗は雑巾を見て驚いた顔をした。
「マジか、やばいな、ここ」
「でしょ。だから、ちゃんとやってよね」
桂花は視線を手元に戻した。
(まぁ、たいていこんなもんかな)
そして、もちろん、晴基も一緒に書庫に入ってきていた。
健斗が晴基を見て言った。
「晴基、俺たちもここでやろう」
晴基は天井を見上げながら答えた。
「あー、別にいいけど……埃っぽいな」
「先生の目がなくて気楽だからいいじゃん」
「まぁ、そうだな」
健斗の言葉に晴基が肩をすくめた。
由奈が健斗と晴基に雑巾を手渡した。
桂花は、再び目の前の書棚の埃を拭き始めた。
(あの男子二人、こんなとこ、やるのめんどくさいからやめたって言いそうなイメージもあるけど……やるんだ)
三人を一瞥してから、桂花はこれまで以上のペースで黙々と埃を拭き取った。
(平和は乱れたけど、私は掃除してればいいし)
由奈も再び埃を拭き始めた。
健斗もつられたようにその場で拭き始めたが、すぐに由奈に話しかけている。
少しして桂花がふと三人を見ると、晴基は少し離れたところにいて、意外と真面目に埃を取ったり、本の順番を考えながら並べ直したりしている。
一方で、由奈と健斗は一緒に本を手に取って少し中を見ては戻すのを繰り返している。
二人は時々、本の挿絵を見て盛り上がっている。
「これ、あのゲームに出てくるお城と似てない?」
「うん、そうかも」
そんな会話が聞こえてきて、桂花は小さく息を吐いた。
(まぁ、いつも通りだな)
すると、少し離れた棚を拭いていた晴基が言った。
「おい、お前ら二人もちゃんとやれよな」
その直後、由奈が桂花の背中側で言った。
「あっ、ねぇ、この下のほう……なんか、おかしくない?」
由奈の声色が急に変わった。
桂花も振り向いた。
由奈がしゃがんで、そこを覗き込んでいる。
「どうしたの?」
桂花も由奈と並んでしゃがんだ。
由奈が指差した先を覗き込む。
そこには数冊の本が収められた外箱が二つあった。
「なんだよ?」
少し離れたところで作業していた晴基も近づいてきて、健斗と一緒に後ろから覗いた。
そのとき――本の隙間から淡い光がふっとこぼれた。
「やっぱり!」
「――あれ?」
「えっ?」
「今……光った?」
四人は同時に息を呑んだ。
「……見えたよね?」
由奈が三人の顔を見た。
健斗が目を見開いて頷いた。
桂花は外箱に入った本へそっと手を伸ばした。
(いや、やっぱ怖いし……)
そのとき、
「小藤さん、やめとけよ」
晴基が声をかけた。
桂花が見上げると、晴基は首を振って見せた。
「うん……」
外箱に入った本は、ただ色褪せた事典のようにしか見えなかった。
「……気のせいじゃなかったよね?」
「うん」
健斗と晴基も顔を見合わせた。
だが、光はもうどこにも見えない。
「……さっきの、気のせいじゃないよね?」
「うん、絶対光ってた」
「先生に話す?」
「うーん、これ見せても、きっと、気のせいって言われる気がする」
「そうだよね、もう光らないもん」
四人はしばらく気にしながら作業していたが、もう、本が光ることはなかった。
そして、委員会の時間が終わりに近づき、四人は書庫を後にした。
「……なんだったんだ、あれ?」
桂花は書庫から出るとき一度あの書棚の下を覗き込んだが、やはり光は見えなかった。




