15話
風呂からあがった月美は俺の用意した白のスウェットを着ていた。やはりというか当然というかサイズはあっておらず、だぼだぼ。しかし胸は苦しそうな感じだった。
こりゃチョイスをミスったかな?と思ったが、Tシャツでもなんでもこの大きさなら全て同じだとすぐに気がついた。理性さんは言った。「......すぐに忘れろ。今すぐにだ。二度とそこを見るな......油断すれば死を招くぞ。わかったな?」と。サー、イエッサー!と返事をする。
「......良いお湯でした」
わしゃわしゃとバスタオルで髪を拭く月美。ほんのり桜色になっている白い肌に再び理性さんに怒られそうになり、首を振る。
「それは良かった」「はい!」
ぺたぺたと素足がフローリングに触れる音がする。月美、スリッパとか欲しいかな?とかそんな事を考えながら俺はソファに腰掛けスマホのアマゾネスのページをタップ。すると向こうから冷蔵庫の開く音がした。
(冷蔵庫?牛乳でも飲むんだろうか......あ、カップもいるかな?)
と、どうせなら全て月美に選ばせようと、彼女の方をみれば。冷凍庫からちょっとお高めのアイスを出し、こちらを見ていた。
「.......」
あれは俺が週末にご褒美に食べようと買っておいたアーゲンダッツの抹茶。
「「.......」」
アイスを両の手のひらに乗せ、そのまま無言で見つめてくる月美。俺はなんとも言えない気持ちで彼女の目を見つめ返す。
月美は少し微笑んだ。その切なそうな表情に俺は胸が締め付けられる思いだった。可愛い.......クッソ可愛い。
次第にうるうるとし始める瞳。「私、これ食べたーい!」とか言ってくれれば、「いやそれはダメ」と断れるのに......なぜ無言で訴えてくるのか。やり方が汚えぞ!童貞を手玉にとっていやがる!!けれど逆らえない!可愛い!!
「......食べたかったら食べろよ」
「わーい!やたー!」
にぱーっ、と先程の泣きそうな顔が一変。満点笑顔になり、月美はバレリーナよろしくその場でくるくると回った。くそが!可愛い、可愛いじゃねえか!!と俺は内心毒づく。
「やっぱりアイスは抹茶ですよねっ!ふんふふーん♫」
鼻歌を歌いながら月美は俺の隣にボフッと座る。ちょっと男子〜、ソファに乱暴しないでよ!壊れたら捨てるとき大変なんだよ!?これだから男子はあ〜!と、女子中学生ムーブを心の中で展開する俺。
(って、いや......?)
なんで俺の隣に座るの?座布団あるやんけ。って、あれか.......ソファが良いのか。仕方ねえ。
俺がソファから腰をあげそのばから離れようとすると、月美は俺の服の裾を掴み止めた。
「どこいくんですか?お手洗い?」
「え、いや、下に座るんだけど......?ソファ使いたいんだろ?お前」
「え、一緒に使えば良いじゃないですか。なんですか急に離れようとして......」
「いや、だって理性さんが.......」
「誰!?」
何でしょうね。今朝とかフツーにゲームして遊んでたけど、度重なるあれ(裸体や涙を見てしまう等)で側にいるのがなんというか緊張しちゃうといいますか......恥ずかしい。こんな三十代やなんだけどマジで。
流石は童貞と言ったところ......いや、これが童貞たる所以か。そんなだから童貞なんだよ、ばーか!ばーかばーか!と心の自傷行為に及んでいると月美が掴んでいる裾をくいっと引いてきた。
「あの......っていうか隣にいてほしいんですけど」
「え.......」
「離れたら手を繋げないじゃないですか」
「手を......繋ぐ?」
ばっくんばくんと動く心臓。俺の寿命はあと何時間だ?鼓動よ止まれ......いや、止まるな!!
「......魔力、ください」
「あ」
そこで現実に引き戻される。あ、そーだ魔力を供給し続けてみるとかそんな話......してたなあ。
「そうだったな。すまん」
「あ、いえ」
俺は意を決して月美の隣に座りなおす。......さっきは意識しないようにしていたが良い匂いしやがる。いや、家のシャンプーとボディーソープなんですがね。
「それじゃあ、はいっ」
片方の手をこちらへ差し出す。あの日を思い出す。
(......なんでこんなに緊張するんだ?)
あの時と今で何が違う?ふつーに触れていられただろ、あん時は。理性さん教えてくれよ。どうして......彼女が異様に可愛く見えるんだ。
俺は、ふう、と溜息を吐き出しその小さな手に触れた。ぎゅっと握り返す月美。彼女は少しだけ微笑みこういう。
「......あったかい」
胸の高鳴りがより一層激しくなるのを感じた。けれどそれを彼女に悟られる訳にはいかない。知られればこの魔法が解けてしまうかもしれない.......そんな風に思えたからだ。
「月美」
「?」
「それ、溶けちゃわね?」
指差すアーゲンダッツ。
「ああっ、やばい!!」
急いで片手で開ける月美。しかし蓋の下に貼られていたフィルムは流石に片手とはいかない。
「む、むうぅ」
なんとか剥がそうとする月美。一瞬俺と繋いでいる手を離せば済む話だが、彼女は離さない。
「ふふっ、はは」
「む!?なに笑ってるんですか!溶けちゃうんですよ!早くしないと!!緊急事態なんです!!」
「すまん、ふふ......あまりに必死な顔してるから」
「んなあーっ!」
憤る彼女をよそに俺はアイスのカップに手を伸ばす。そして月美がフィルムを剥がせるよう、本体が動かないように固定した。
「これで剥がせるだろ?」
「わーあ!ありがとうございます!」
ぺりぺりっと綺麗に剥がされるフィルム。月美は嬉しそうにアイスをスプーンでひとすくいし、頬張る。
「ん~~!!美味しいーっ!!サイコーです!!さっすがアーゲンダッツ様ぁ!!」
ホント幸せそうな顔しやがる。いくら高いとはいえこいつの笑顔が見られるならこれくらいは安い方か。......ってか、アーゲンダッツ食ったことあるんだな。
月美はまたひとすくい。そして
「はいっ」
俺の顔の前へそれを運んだ。
「え?」
「二人で開けたから、二人で食べましょう......?」
り、理性さん......これは。
「はい、あーん」
「......あ、あーん」
ぱくり、と食べるそれは意識したくなくてもしてしまう。月美との間接キスだった。
初キスは猫。
――魔法にかけられているのは、もしかしたら俺なのかもしれない。
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