14話
コンコンとノックをし、扉を開ける。曇りガラスに映る彼女はぼんやりとしているがそのスタイルの良さが際立つ、って見てんじゃねえよ、俺。
「ここ、着替置いとく。注文したのが届くまで、とりあえずこれ着てくれ」
「わ、わかりました!」
「あと湯船、お湯ためても良いからな。ドラマは録ってある......じゃ!」
立ち去ろうと踵を返したその時。ガラッと後ろから音がした。振り向けばわずかに開いた曇りガラスの扉。そこから月美が覗いていた。
「あ、ありがとうございます......!」
濡れた前髪が頬に張り付いている。湿度の高い空間だからか、潤んでいる瞳が綺麗だ。どれくらい綺麗かというと一刻も早くこの場から離れなければ心臓麻痺で死んでしまうのでは?というくらい心臓が動いてしまうくらい。
「あ、ああ......!また後で!」
浴室を後にした俺は居間をぐるぐる歩き回っていた。何故かって?気持ちを落ち着かせるために決まってんでしょーが!あんな綺麗な子の裸を見て平常でいられるわけがない。
(落ち着け、落ち着け〜......)
心臓が過労死しかねない勢いで鼓動する。そういや確か動物には心臓が刻める脈の回数って決まってるとかって話を聞いた事があるな。それが本当なら月美といると早死しそう。
つーか、あれだな。こうして魔力を補充すれば人の姿になれるなら、これからは一人で風呂入れるな。これで月美を洗ってる最中、変なとこ触って引っ掻かれることもなくなる訳だ。
......変なところ。俺、どこ触っちゃってたんだろう。
再びもんもんと思い出される彼女の裸体。もしかしてあのふくよかな胸に触れていたのか?それとも......。
くそ、煩悩が......!
ぶんぶんと首を横に振り、忘れろ!と自分に言い聞かせる。猫だぞ、月美は!欲情してんじゃないよ!!
「キャーッ!!?」
おおおうっ!?俺が煩悩どのバトルに挑んでいる最中、まさかの緊急クエストが発生。
「どーした、月美!?」
「た、助けて......くださぃい......」
弱々しい彼女の声。ぐすっ、と啜り泣くような声もきこえてくる。
「あ、あけるぞ......?」
そう聞くと扉は勝手に開かれた。
「へえっ!?え!?」
そして更には俺に抱きついてくる月美。二の腕に腕を絡ませてくる彼女......ぎゅうと柔らかなそれに挟まれる俺の神経は腕に全集中し研ぎ澄まされる。
(うわ、ああっ、やわらけえ......ヤバすぎる!!)
月美の体をおおっていた水分が俺のシャツに染み渡る。なんだかえっち!って、んなこと言ってる場合じゃねえ。
「ちょ!?な、な、どーした!?」
「い、いるっ、いるんですよー!!」
震える指が指すその先。そこには.......。
「お、ゲジゲジ......!」
「あれ、いやあ......」
ゲジゲジとは。簡単に言えば脚の長いムカデみたいな見た目の虫。そのグロテスクな姿からよく嫌われ駆除されがちだが、実は益虫。
人を噛むことも無ければ、毒もない。それどころか害虫である蜘蛛や蝿を捕食してくれてそのやべえ見た目にさえ目をつぶればとっても良い子な虫だといえる。
(......けど、悪いな)
風呂場の外へ通じる窓を開ける。そして俺はゲジゲジを手に取った。
「ひいい!?」
青ざめ後ずさる月美。おお、びびらせて悪い......けど、仕方ないだろゲジゲジなんとかしないと。捕らえたゲジゲジを外にひょいっと放りだす。
(......すまんな)
「これでよし、と......いなくなったぞ」
一応シャワーを出し手を洗う。月美に嫌がられたら悲しいからな。
「あ、あ......ありがとう......ひっく」
ぎゅうっと再び背後から抱きつく彼女。シャツを握る指が震えている。余程怖かったみたいだな。けど俺も怖いよ......頑張れ俺の理性!!
そこで一つ気がつく。
「あれ、でもお前......俺のとこに来るまで外で生活していたんだよな?外にはああいうの沢山いただろ」
「ま、まあ......けど、今は無理!生理的に無理!!」
もしかして、猫の時と人の時で物の感じ方が違うのか?
「そっか......」
「ごめん」
「?、どうして謝るんだ?」
「......こんな事で、呼んで......めんどくさくてごめん」
ああ、そういうことか。迷惑をかけたって意味ね。
「いや、めんどくさくなんてない。だから大丈夫......そろそろ出たいんだけど、離してくれる?」
「あ、ご、ごめん......」
あぶねえ、俺の中の理性さんも「もういいだろう!撤退だ!これは命令だ!!撤退だあああ!!死にたいのか貴様あああっ!!」と叫んでいる。
ちらりと横目で見た月美は本当に悪いことをしてしまったと思っているのか、表情は暗くしょんぼりしている。猫の姿なら間違いなく尻尾がしおれだらりとしているなこれは。......うーむ。
「月美」
「?」
「あー......俺、虫好きなんだ。ゲジゲジとか久しぶりに見れて嬉しかったよ。だからまたいたら呼んでくれ」
「え......」
ぽん、と頭を撫でる
「蜘蛛でも蜂でも何でも好きだからな。すぐ呼べ。......ほら、風邪ひいたら大変だぞ。ちゃんと湯船に浸かって温まれよ」
おそらく何を言われたのか理解できずにフリーズしていたのだろう。五秒くらいぽかーんとした後、こくこくと月美は頷いた。そして――
「......ありがとう......ございます」
――かすれるような声で彼女はお礼を言った。その声色の美しさに俺は......
なぜか、一抹の不安を抱いた。
......声が似ている。
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