13話
俺は汗をたらりと垂らしながら言った。
「つ、月美さんの好きなドラマ......録画し忘れてました」
「んにゃーんてこったい!!」
ぴょーんと飛び跳ねる月美。
「もうすぐ始まるから、早く帰ろう!」「行きましょう!!ナツ、ではまた!」
俺は急いでホースを外し、ブラシを拭き、車に放り込む。
「悪い、ナツ!また来るから!」
そう手をふるとナツは立ち上がり「うん、わかった!今日はありがとう!ばいばーい!」と両手を振る。
「おう!またな!」
「ばいばーい!」
バタンと車の扉を閉め、エンジンをかける。月美側の窓を開けてやると、彼女はそこから顔を出しナツへ手を振る。ドライブへギアを入れゆっくりと走り出す車。
サイドミラーで見たナツの姿は、どこか寂しそうだった。
坂道を下り、月美が呟くように言う。
「......もしも、ナツも人の姿になれたなら.......一緒に暮らせるんですかね」
いや、家......ペット禁止なんすけど。なんて冗談が言える雰囲気ではないが、月美はもう俺と暮らしていると思っているらしい。
「どうかな。いうて熊だからな......」
「そんな言い方......可哀想じゃないですか」
可哀想、可哀想ね。
「けど万一、一緒に暮らすことになったとして、何かの拍子にあの子が熊の姿に戻ったら......そしてもし、それを俺以外の住民が目撃してしまったら?」
「!」
「人里に降りてきた熊なんて、捕獲されて殺されるかもな」
「......すみません」
「あ......いや、悪い。殺されるとか......おまえの友達なのに」
「いえ、本当にその通りだと思いました。人にとって熊は危険な生き物ですから......猫の私とは違うんですよね。軽率でした」
しょんぼりする月美。......ざ、罪悪感が。
「まあ、あれだ」「?」
ポン、と月美の頭を撫でる。
「俺の魔法がしっかり分かれば人の姿をずっと維持できる方法があるかもしれない。解明するのにこれから色々やってみようぜ?」
月美のしょんぼり尻尾が再び上機嫌尻尾になる。ぱたぱたと動きはじめた。
「はい!私、頑張りますね!」
そう言うと彼女は俺の膝下へ乗った。
「え、なにしてるんすか?」
「魔力充填中」
「俺は充電スタンドか......!?」
「この場合、充魔スタンドですね」
危ないんだけど。と思ったが丁度家に到着。キーを抜き取り月美を抱きかかえる。
「ふにゃ」
左手のポケットから家の鍵を取り出し扉を開ける。しっかり戸締まりしてたから熱気がこんもり溜まってやがる。最近は田舎だからといって油断するとふつーにど泥棒に入られるからな。仕方ない。
「ほい」と月美を床に下ろす。しかし彼女は動かない。もうすぐドラマ始まっちまうぞ?
「......どした?」
「あ、いえ。できるだけあなたに触れていようと思いまして......」
「え?ああ」
魔力の充填か。なるほど......好きなドラマよりもアキの方が大切ってわけね。
「お、重ければ......別に大丈夫です。疲れさせてしまうのもあれなので、にゃっ!?」
靴を脱ぎ終わった俺はひょいっと月美を再び抱きかかえる。
「あれってどれだよ。別に重くない。それに......さっき酷い事言っちゃったからな。俺にも協力させてくれ」
「は、はい!ありがとうございます!」
ぱたぱたと尻尾が動き俺の顔面にポフっと当たった。
「ああっ、すみません!つい......」
「いや、大丈夫。とりあえず手足洗うぞ」
「りょうかいしましたっ!」
玄関から今への扉を経て浴室へと進む。ガラッと曇りガラスの扉を引き、シャワーを出す。サアッと出る水。お湯になるまで少し待たなければならない。
「あの」
「ん?」
「な、なんか......」
「?、なんか......なに?」
「ヤバいかもしれないです。体が熱くなってきました......」
「え、あ......!?」
今気がついたが、よく見ると俺の体から月美へと大量の魔力が流れ込んでいた。
「これ、まさか......」
ふわりと、あの日の温かい風が浴室に吹いた。湯気が舞い、その中から現れる一人の少女。濡れた髪と肌、煙の中から美女が出現した。
人の姿になったことを自身の体を見て気がつく月美。すぐさまかがみ込み、真っ赤な顔でこちらをジッと見てくる。「〜〜ッッ!!」と声にならない叫び。涙目で睨む彼女に俺は慌てて後ろを向く。
「わ、悪い!服とタオル持ってくる......!ごめん!」
慌てて浴室から飛び出る俺。側に置いてあった洗濯機に足がかかり転びそうになる。
「だ、大丈夫、ですかっ」
月美の心配する声が扉の向こうから飛んできた。
「大丈夫だ!!」
ダッシュで自室へ行き、できるだけ綺麗なシャツを探す。洗ってあるとはいえヨレヨレの物ばかりで、それを着せるのはちょっと申し訳ない。
(......これでいいか)
黒いTシャツ。それと、下は......適当なジャージで、っておお?タンス奥を大捜索していると思わぬものを見つけた。それは数年前、友達に貰った白いスウェットの上下。部屋着にと言われていたが、結局洗い物が増えるのが億劫という理由でしまい込んでいた。
(白いと汚れが目立つからな......まあ、けど)
これは良い。俺のサイズに合わせているからダボつくだろうけど無いよりはマシだ。アマゾネスで注文した月美の服がくるまではこれを着ていてもらおう。
パチン、と値札を切り落とす。新しい服を出すのなんて何時ぶりだ?と、そんなことを考えながら浴室へと戻る。
その道中にドラマの録画を設定し、一安心。その時、風呂場から聴こえてくるそれに俺の動きが止まった。
「〜♫」
月美が歌を歌っていた。
(......上手いな)
小声ではあるが、柔らかく繊細なファルセットと正確に辿る音程。何よりも特徴的な、透明感の澄んだ声色。
こいつ、絶対カラオケ上手いな。今度連れて行くか。歌好きそうだし......てか、そっくりだな。
数年前に現れた歌姫。YouTubeに投稿したたった一つの歌ってみた動画。そのあまりの歌唱力の高さにSNSなどでの口コミで瞬く間に再生数100万を突破したアーティスト、柊 撫子に。
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